第十七話(1/3):天使の塵


 タンッ、と動き出したのは同時だった。

 殺したはずの二人の異能者、敵対していはずの二人。

 彼らが隠そうともしない敵意のままに動き出した。


 ――っ、何故?! 死んだはずじゃ……!? いや、それでも怪我の一つや二つぐらい。


 ひゅっとした呼吸音が思わず口から漏れ、そんな益体もない思考が道成寺の頭を満たした。


 意味のない仮定だ。

 何故なら道成寺は確認しなかった。


 死んでいるであろう、

 仮に死んでなくても重傷を負っているであろう、


 それはどちらもただの道成寺の推測だった。


 常識的に考えればあの密閉空間で不意を突いての液体爆薬を利用しての爆発だ。

 威力を考えれば近距離で食らったのなら死んでいるだろうと思うのも、仮に死を免れても何がしかの重度の傷ぐらいは負っているだろうと思うのも当然である。


 だが、相手は|外れ者(アウター)。

 理から外れた存在。


 道成寺はそれを知っているはずなのに確認を怠った。

 推測で良しとした。



 いや、もっと言うのであれば――。



「……な、舐めるなァ!」


 道成寺は叫んだ。

 それ以上を考えること避けるように……。


 咄嗟の判断としては上々ともいえる行動、地面に満ちている大量の水を支配下に置いて迎撃へと回す。 

 倉庫の時とは比べ物にならないほど水量がうねり形を変えて宙を浮き、


 ――……ど、どこにっ!?


 真正面から突っ込むかと思われた飛鳥が左へとステップを刻み、尊の方もそれに合わせるかのように右へと身体をズラした。

 打ち合わせでもしていたのかと言うほどにタイミングのあった動きに、道成寺は行動を一瞬だけ躊躇い……決断する。


 ――狙うならまずは女の方だ! やつはもうガス欠、間近だったのは変わりないはず! ほんの少しだけ回復したようだが……。


 身に纏う輝きも鈍く、維持できたとしても一分が限界であろうと道成寺は見抜いた。


 ――ならば先に奴を仕留めてそれから……っ!


 倒しやすい方から先に仕留める。

 道成寺のそんな思考に従い水塊は収縮を始め、得意とする超圧縮の水流……それも先程までの威力とは比べ物にならない大水流を放とうとし、


「させるかっ!」


「ぬぉっ!?」


 背後から迫ってきた男の攻撃に慌てて水塊を使って牽制させた。

 何十キロというレベルの水塊を一塊にして勢い良く叩きつける、ただそれだけの行為も質量と速度を持てそれなりの威力となる。

 ハンマーを振るうかのように横薙ぎに振り払う軌道、


「――っと」


 迫る水塊をタンッと地面を蹴って後ろに下がることで難を逃れる尊。


「逃がすか――」


 追撃をしようと水塊を収縮させ、


「そこォっ!」


「っ!? こ、この……っ!」


 隙をつくように踏み込み、光の輝きを纏ったままに殴りかかってきた飛鳥。

 間一髪のところでその存在に気付き、道成寺は慌てて防御のために水の塊を自身と少女の間に移動させる。

 大量の水が純粋な体積と質量を以て壁となって防ぎにかかる。


「それが……っ、どうした!」


 それを飛鳥は震脚を踏んでの拳のただの一撃で――吹き飛ばした。


 大地よ、砕けよと言わんばかりの踏み込み、

 放たれるは猛々しい豪快なまでの拳の一閃、


 圧倒的な運動エネルギーは目の前にあった大量の水を、まるで爆発させたかのように消し飛ばした。


「…………っ、ぅ!?」


 ――なんて馬鹿げた力だ?! い、いかん、距離を取らねば……っ!


 障害物を力技でどかし、一気に迫ろうとする飛鳥。

 道成寺は必死になって|祝福(ギフト)を行使し、相手の足元の水を絡みつかせるように巻き付かせる。

 一秒でもその進攻を妨げられるように念じながら、


「よ、よくも――」


 自身を叱咤するように道成寺は怒声を張り上げようと口を開き。



「こっちだ、おっさん」


「――ぐふぅ!?」



 意識を反らした瞬間を狙うように真横から飛んできた脚に道成寺はなすすべなく蹴り飛ばされた。

 二転三転と水に濡れたコンクリートの地面を転がった。


「……っ、この」


 水と混ざりドロドロとなった不快な泥が衣服を汚し、口の中にまで砂利の味がした。

 その事実に道成寺は怒りを覚えた。


 ――この俺が砂利を食わされてる……? ガキにいいようにやられて、足蹴にされて……この俺が? 選ばれたはずの俺が……!?


「~~~~っ! 良くもぉっ!」


 怒りを力に変えて立ち上がろうとして顔を上げた瞬間、迫る二人を見て慌てて道成寺は全力で防御のために|祝福(ギフト)を行使した。

 とにかく近づけないようにと手当たり次第に周囲の水を支配下に置き、そして相手へとぶつけるように向かわせた。


 ただの人間相手ならばそれなりに効果のあったかもしれない行動。

 だが、相手が障壁を以て防げる尊と光のオーラで全身を覆っている飛鳥では意味を為していない。

 時間稼ぎにもなっていない無意味な行動を無意味であると理解しながらも続けながら、道成寺は必死に頭を巡らせた。



 ――ここからどう戦う? 俺はどうやって戦えば……っ!?



 自身が使える手札を眺め、追い詰められた状況から逆転するための方法。

 それを考え抜き、


 そして、道成寺は気づいてしまった。


 得意とする高圧水流の攻撃、

 相手の体内の血液を操作する攻撃、


 そのどちらも一瞬の溜めと集中を必要とする技だった。

 余裕がある時ならばそれでも良かった。

 あるいはこちらが優位を取れている状況ならば十分に性能を発揮できる業だった。


 事実、これまで何人かの|外れ者(アウター)を処分した時も一方的な戦いとなっていた。

 だからこそ、道成寺は自信を持っていたのだ。


 自身は強者である、と。

 強者となったのだ、と。


 故に気付かなかった。

 自身が常に優位な立場であるのが当然と考えていたが故に、こちらが常に攻める側だと思い込んでいたが故に……。


 ――俺には……ここから反撃できる術がない……?


 道成寺にとって己こそが上であり、それ以外は下でしかなかった。

 戦いというものも常にこちらが余裕をもって狩る立場であり、嬲る側でしかないと信じていた。


 だからこそ、こうして守勢に追い込まれそこから反撃をする方法など、想定など考えたことすらなかった。


「……く、来るなぁあああっ!!」


 ただただ必死に水を操りぶつける道成寺。

 だが、それは既に攻撃と言えるものですらなく――




「――成敗!!」


「やりたい放題やった分のお返しだ! 寝てろ!」




 当然のように突破され、道成寺は衝撃と共に宙を舞った。


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