夜の虫

 文字を追う。頭の中で声が聞こえる。知らない人の声。どこかで聞いたことがある声。いつも聞こえる声。

 窓の外は真っ暗で、私の顔がよく見える。本が行儀よく並んでいる。この図書館の昼の顔を私は知らない。子どもたちは来るだろうか。静寂を破る幼い声が、本の隙間を埋めるように遊んでいるだろうか。

 仕事が終わってから、ここに来るのが日課になっている。帰り道にある図書館を、私は素通りすることができない。窓から漏れる光に誘われて、私の羽はぶるぶると震える。

 声を殺して生きている。本を読んでいるときだけ、私は私になれる。そして私は私でなくなる。私は少女になる。少年にも老人にも、冒険家にもなる。知らない声が、私の声になる。



(300文字)


2025/02/01

#Monthly300

( @mon300nov )

第26回お題:誘う


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