待つ人

「いらっしゃいませ!」

 ひらひらと手を振る締まりがない顔を見て、笑顔を作ったことを後悔した。

「また来たの?」

「またってなに」

 眉を下げて笑う顔は人懐っこく見える。この顔にみんな騙されるんだろう。

「お好きな席にどうぞ」

「はーい。あ」

「はいはい、いつものブレンドね」

「うん、お願いします」

 窓際の二人席に座ったはるくんは、眩しそうに外を眺めた。いつもの席に座るはるくん。それを眺めるいつもの私。

 彼が頻繁にこのカフェに来る理由を、働き始めた頃に店長から聞いた。世間話の一つとして語られたそれは、私の心を一瞬で曇らせた。

 馬鹿みたい。待っていてもその人は来ないのに。

 はるくんが座る椅子ばかり、クッションが沈んでいく。



(300文字)


2024/05/04

#Monthly300

( @mon300nov )

第17回お題:椅子



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