老科学者は甦りの夢をみたか
カニカマもどき
父が亡くなってからの話
1
父が亡くなった。
享年76歳。世界でも名の知れた科学者として研究に明け暮れ、不規則な生活を送っていたわりには長生きしたと思う。長い入院生活もなく、安らかな死を迎えることができたのも幸いであった。
父の通夜と葬式には、驚くほど多くの人が参列してくれた。その参列者の大部分は研究関係者であり、葬儀場はさながら学会のような様相を呈していた。
科学者でもなく、父の研究の概要もわからない私は、葬儀を仕切るため忙しく動き回りながらも、自分がひどく場違いであるかのような、居心地の悪さを覚えていたのだった。
「お父様を、甦らせたいとは思いませんか?」
突然、見知らぬ男にそんな問いを投げかけられたのは、そのときである。
「え」何を言われたのかわからず、硬直してしまう。
「お父様を、甦らせたいとは思いませんか?」
男は同じ言葉を繰り返す。私と同じく40歳かそこらの、きまじめそうで不愛想な男だ。冗談を言っているようには見えない。
「あの、仰っている意味が」私が言いかけると、
「私の話に興味がおありでしたら、こちらにご連絡ください」
一方的にそう言い、名刺のような紙を私に手渡すと、男はさっさとどこかへ歩いて行ってしまった。
紙には『佐々木スミス』という名と電話番号だけが、そっけなく印刷されていた。
2
「父を甦らせたいか」という問いに対する私の答えとしては、「まあそうである」というのが妥当であろう。
研究に明け暮れた父が、家族と過ごせる時間は限られていた。一人息子の私は、もちろんそれを不満に思ったものである。ただ父は、限られた休日には釣りや将棋やキャッチボールをしてくれたし、誕生日には苦心してリサーチしたプレゼントをくれた。父は不器用ながらも家族を愛し、私も父のことが好きであった。
生きた父にもう一度会えるのならば、もちろん会いたい。他愛のない話をし、一緒に飯を食い、酒を酌み交わし、風呂に入り、登山をし、同じ景色を見、同じ音楽を聴き、同じ時を過ごしたい。
もちろんそれは、叶うはずがないと知りつつ何となく持ってしまう願望であり、何を犠牲にしても叶えたい、などというものではないのである。
役所の手続などの慌しさがひと段落した後。私は例の男、佐々木スミスの連絡先を引っ張り出すと、しばし迷った末、電話をかけた。
「では、4月23日(土曜日)14時に、〇〇駅北口へお越し願います」とスミスは言う。
「電話で詳しい話を伺うことは出来ないのですか」
「それは出来かねます。ごく内密なお話であり、話しながら見ていただきたいものもありますので」
「…そうですか」
私は迷った。行くべきか行かざるべきか。明らかに怪しい話だ。電話だけならまだしも、会いに行くのは危険ではないだろうか。
私の迷いを察してか、スミスが付け加える。
「二点、先にお話しします。まず、甦りの件は、お父様の望みでもあります。また、この件には、お父様の本当の研究が関係しています。詳しくお知りになりたければ、待ち合わせ場所にお越しください」
そう言って、スミスは電話を切ってしまった。
夢をみた。
中華料理屋のターンテーブルをはさんで、父と向かい合い座っている。広い店内に他の客はおらず、店員の姿もみえない。私は、ターンテーブルを回しラー油のようなものを取りたいが、父が麻婆豆腐を小皿によそっている最中なので、終わるまで待っている。
ふと、父に聞きたいことがあったと思い出す。
「親父はさ、生き返りたいと思う?」
私が訪ねると、父はしばらく思案しているふうで、麻婆豆腐をもぐもぐしてから、
「まあそうである」と言った。
待ち合わせ場所である駅前に到着すると、すぐに迎えの車がやってきた。
「きっと来られると思っていました」車から降りたスミスが言う。
「なんとなく、知りたい気持ちが勝ったもので」と私は返す。
私はスミスとともに、車の後部座席に乗り込んだ。
「これから向かうのは秘密の場所ですので、後部座席からは外が見えないようにしております。また、位置情報が入らないよう、スマホの電源をお切りください」と言われ、それに従う。
車が走っている間は、二人とも終始無言だった。私は、これから起こることを予想したり、父との思い出を振り返ったりしていた。小一時間ほども走った後、車を降りると、そこはどこかの地下駐車場だった。
「こちらへ」
促されるまま、駐車場内の入り口から何らかの施設の中へと入り、無機質なコンクリートの通路を歩く。何の変哲もない壁の前で立ち止まったかと思うと、スミスが壁の一部を押し、隠された端末を取り出した。端末で暗証番号の入力と網膜認証を行うと、隠し扉が開かれる。私は思わず、「おお」と感嘆の声を漏らした。
隠し扉の向こうは研究所のようだった。廊下を歩いていると、各部屋に、大型で複雑そうな実験装置やパソコンが数多く並んでいるのが見える。ときどき、装置を操作している研究員らしき人々も見かけた。
さらに奥へ進み、雰囲気の異なる部屋に到着すると、スミスが話し始める。
「では、説明に入りましょう。道中の研究施設やこの部屋は、お父様の甦りにかかわる、我々のプロジェクトのために用意したものです。実際に見ていただいた方が説明がしやすいと考え、ここまでご足労願いました。説明を聞いたうえで、よろしければあなたにもプロジェクトに協力いただきたい」
室内の左右の壁には、一面にずらりと引出しが並んでいた。部屋全体がやけに冷える。それは映画やドラマで見たことのある、遺体安置所そのものであった。スミスが、並んだ引出しの一つを引っ張り出す。
その中に安置されていたのは、先日火葬されたはずの、父の遺体であった。
「この部屋では、お父様を含む数十名のご遺体を、甦りが実現するまでの間、冷凍保存しています。我々はこれを冷凍葬と呼んでおります」とスミス。
「火葬場での遺体のすり替え、冷凍葬、極秘の施設における大掛かりな研究。どれも簡単なことではありません。これほどの労力や資金をかけ、我々が実現しようとしていることというのは」
言葉を切り、室内を見渡しながら、続ける。
「一言でいうと、偉人たちの甦りです」
3
「なぜ、偉人たちの甦りを目指すのかを説明しましょう」
遺体安置所を出て、廊下をゆっくりと歩きながら、スミスが続ける。
「人類は、先人たちの知識や技術を受け継ぎ、社会を発展させてきました。しかし、受け継がれなかった知識や、失われた技術もまた多くあります。特に、偉大な発明家や芸術家の発想を、凡人が理解し受け継ぐには限界がある。この知識や技術の断絶を防ぎ、さらに新たな発明を生み出し続ける方法として期待されるのが、偉人たちの甦りなのです」
そこまで喋り、スミスは休憩室らしき部屋に入る。「コーヒーをいかがですか」とスミスが言い、私は遠慮した。一人分のコーヒーを淹れ、スミスは話を続ける。
「もちろん現在では、技術的にも倫理的にも、甦りの実現は不可能です。しかし今後、社会がより複雑化し、人類が様々な社会問題の解決にいよいよ行き詰ったとき、偉人の甦りは法的に認められ、倫理的な壁はなくなる。我々はそう考えています」
「技術的には、実現できそうなのですか」
「甦りの方法は、大きく分けて三通り考えられています。まず、冷凍葬を行った遺体に、何らかの形でもう一度命を吹き込む方法。最も困難ですが、臓器や血管の自動修復の促進、神経系を伝わる電気信号の再現、老化のコントロールなどの研究を同時に進め、実現を目指しています。次に、冷凍した細胞を用い、クローン人間を生み出す方法。本人が甦るわけではなく、記憶は引き継げませんが、技術的な難易度は比較的低いといえます。最後に、生前のデータを元にAIを作成し、偉人の思考を再現する方法。得られる成果はデータと学習能力次第ですが、これはすぐにも実現可能です」
スミスはコーヒーカップを置き、私の顔を見る。
「以上が、我々のプロジェクトの概要です。あなたには、お父様のAI作成のため、データを提供いただくとともに、IT技術者として力をお貸しいただきたい」
少し考えてから、私は尋ねた。
「父は、ここで研究をしていたのですか」
「この場所で、ではありませんが、プロジェクトの実現に向け研究を続けてこられました。表向きには、ただ老化のメカニズムの研究とだけ知られていましたが」
「そうですか」
あと、聞いておきたいことは何だろう。私は続けて尋ねる。
「この件、断ったら、私はどうなるのでしょう」消されるのでしょうか、と言おうとしたが、やめた。
「どうもしません。そのままお帰りいただけます。今日のことを外で話されたところで誰も信じないでしょうし、もし信じても行動のしようがない。なので、我々がリスクを冒してあなたをどうこうする必要はないのです」
「なるほど」
「もちろん、協力いただけるかどうか、今すぐに返事をいただかなくても結構です」
とスミスは言ったが、
「いえ。せっかくですが、この話、お断りさせていただきます」私はそう答えた。
4
そうして、私は日常に戻った。
ぼんやりと、雲一つない空を見上げる。あのとき、なぜ断ったのか、はっきりしたところは私にもわからない。たぶん、彼らの目指すものが、私には何だかしっくりこなかったのだ。
幼いころ、父と話したことを思い出す。
「僕も、お父さんみたいな科学者になる」と私が言うと、父は、
「科学者になるのを止めはしないが、あまりおすすめはしない」と言った。
父は、本当に偉人たちの甦りを目指したのだろうか。目指したかもしれないが、少なくとも、私がそれを引き継ぐことは望んでいなかったように思う。いま考えると、スミスの言ったことがどこまで本当かもわからず、そもそも、一連のできごと全てが私の妄想だったようにも思えてくる。
でも、あれが妄想でなかったとしたら。彼らのプロジェクトが実現するのは、けっこう近い未来かもしれない。
研究も、開発も、政治も、建築も、芸術も。創造的なことは全て偉人たちが主導する、偉大な社会。しかしその社会で、偉人たちは、いつまで活躍しなければならないのだろうか。凡人たちは、何を考えて生きていくのだろうか。そのような社会の到来を考えると、私は、不安な気持ちを抑えられないのだ。
老科学者は甦りの夢をみたか カニカマもどき @wasabi014
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます