嫌な夢

久田高一

嫌な夢

 嫌な夢を見た。


 僕の顔には生まれつき痣がある。丸々と太った赤黒いミミズのように、左のこめかみから顎にかけて這っているそれは、いつも他人から好奇の目で見られ、時に虐げられる理由になった。

 そんな僕には妻がいる。妻は二つ年上で町役場に勤務している。

彼女とは中学生の頃に出会った。僕の痣を見ても気味悪がらない彼女に、僕はありきたりに恋をした。僕と居ることが原因で、彼女までもが虐げられたとき、僕は一世一代の勇気を奮った。そして思いを打ち明けた。彼女は僕の思いに応え、今日まで続く関係が始まった。

 かちかちと、胡桃二つを掌で弄ぶかのような音が聞こえてくる。ティータイムの時間だ。彼女はいつも私の紅茶には、ほんの一筋だけスティックシュガーを入れてくれる。そして残りは自分のカップに入れて、僕の視線に気付き、はにかむ。そういうところがたまらなく愛おしい。ほんのりと彼女の匂い――同じ部屋で暮らしている僕の匂いでもある――がする紅茶を啜り、幸せを噛みしめる。僕に痣があったのは、この時間を手に入れるためだったのだ。何にも代えがたい、僕の幸福。しかもそれはこれからも永遠に続いてゆくのだ……。


 せわしなく自動車を流し続ける都会を半歩ほど通り過ぎれば、浮浪者がたむろする路地裏がある。その内の一人が軽蔑の視線を、痣のある男に投げつけて私に言う。

「誰が石ぶつけて気違いみてぇな音出してるかと思えば、あの野郎、またお人形とおままごとしてやがる…。ああはなりたくねえな。」

 痣のある男の左手薬指にはめられているナットを見ながら私は、人間など程度の差こそあれど、皆彼と同じようなものだと言ってやりたかった。しかし、殴られても困るので、もごもごと口を動かしたまま、黙っておいた。

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嫌な夢 久田高一 @kouichikuda

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