【ティモの実況】 VR恋愛ミステリーゲーム 『狂園の孤島』

@YA07

第1話


『狂園の孤島やるよー』


 できるだけ簡潔に書いた予約投稿のメッセージがSNSに無事上がったことを確認した私は、携帯端末を置いてVRSⅥ───最新没入型VRゲーム機───を遠隔起動させた。

 その画面には、私がティモという名のゲーム配信者として活動する時に使っている、ピンク色の髪を肩の辺りまで生やした美少女のアバターが映っている。VRゲームのほとんどは自分のアバターを主人公として反映できるように作られているので、ゲーム配信者の私は当然このアバターと共に数々のゲームをプレイしてきた。そんなティモは、現実の私とは似ても似つかないが、もう一人の私と言っても差し支えない存在だ。というか、多くの人からしたらティモこそが私なのだろう。


「アカウントよし。配信とのリンク……よし」


 指差し確認で最終チェックを済ませ、ティモとの同期を開始する。正常にティモに接続されたことを確認した私は、現実の世界からVRの世界へと移ったのだった。








「おはようございまーす。ティモと申します。よろしくお願いします」


『おはよう』

『遅い』

『っお湯』

『おはようございまーーーーす』

『っお湯』


 いつもの挨拶をして、リスナーからもいつもの挨拶が返ってくる。

 ちなみに、これは一人称視点となるVRゲームを配信する人たちの間で常に巻き起こっている論争だが、私はコメントを中央から若干右側にズレた位置に透過させて表示する派だ。慣れが必要だが、常にコメントを拾おうと思うとこれ以上ズラすことはできないし、かといって透過させないと邪魔なので、透過するしかないというわけだ。


「いやー、事前資料読んでないから仕様さっぱりなんだけど平気?このゲーム」


『は?』

『gm』

『知ってた』

『調べろや』


 私はこれでも企業に所属して配信業をやっている身なのだが、基本的に配信の準備というものを全くしない。というか、準備という概念がよくわからない。実際に必要になるまでそのことを考えられないし、その時困る自分を想像してみろと言われても想像できないのだ。多分何かしらの病気だろう。最近ってなんでも病気にしたがるし。


「恋愛ゲームなんでしょ?女の子に恋するっていう。百合需要ある?」


『ミステリーな』

『恋愛要素なくてもいいぞ』

『百合助かる』

『お前が恋愛できるわけねえだろうが』


 …………なんて辛辣なコメントが流れてくるのは、いつものことだ。

 コメントがこんなでは新規がなかなか増えない気もするが、正直あまり気にならないし、改善する気もない。マネージャーもこれでいいって言ってるし。まあマネージャーはもう諦めて放任にしてるだけだろうけど。


「ミステリー!?いやいや、私にミステリーの案件来るわけないでしょ」


『恋愛ミステリー』

『やっぱ案件なんだな』

『どうでもいい』

『ギャルゲ案件の方が来ないだろうが』

『さっさとやれ』


「え、マジでミステリーなの?」


『恋愛ミステリー』

『やればわかるだろうが』

『今日テンション低くね?』

『やる気なさそう』

『恋愛でもありミステリーでもある』

『今日はやめとこう』


「恋愛とミステリーって何よ。殺人現場で愛を育むわけ?」


『そう』

『ちげーよ』

『恋愛ミステリ 仙台ビフテキ』

『ティモが狂園やるのマジで笑うわ』

『餅をパン屋並みの暴挙』


 どうやら本当に恋愛ミステリーとかいうジャンルのゲームらしい。恋愛ゲームって聞いてたんだけど……まあマネージャーも私の扱い大概適当だからなあ。って言うか、人選ミスすぎるでしょ。私そういうの守備範囲外なんだけど。ただでさえVRの恋愛ゲームは昔の好感度とかが設定されてるのと違って、AIとの恋愛だから現実での恋愛と同レベルの難易度になってるのに、それに加えてミステリーって……


「まあいいや。やりますか」


『いいね』

『最初からやっとけ』

『やるよー^^』

『ゲーム起動前のトークいらなくね?』

『───三分経過───』

『ラーメンできた』

『毎回三分だけトークするの、漫才師でも目指してるの?』


 視界に移るコメントを眺めながら、私は『狂園の孤島』を起動させた。すると、私の身体が浮遊感に襲われる。そして視界も暗転し、やがてその暗闇の中に文字が現れた。









 <【chapter.0 孤島の館】

 ───今日は最悪だった。ただでさえ本土から離れた孤島に向かっていたというのに、そこに突然の嵐。運が悪ければ……いや、そんな状況でも目的地までたどり着けただけ、幸運だった喜ぶべきなのかもしれない。>



 浮かび上がってきた文字を、淡々と読み上げてリスナーにお届けする。どうにも感情移入というのは苦手なので、声優のように心を込めてお届けすることは不可能だし、ずっとこれでやっているから今更そんなこと求められてもないと信じたい。



 <しかし、この小島に本当に人が住んでいたとは驚きだ。件のタレコミがどこまで真実なのかは不明だが、警戒を強めておいた方がいいかもしれない。>



 どうやら、主人公は何かの情報を基にその孤島に住む人まで会いに来たようだ。

 ───と、そこまで読み上げたところで、身体の浮遊感がなくなって視界が晴れてきた。


「…………は?」


『唐突だな』

『お』

『????』


 突然開けた視界。そこはどうやら海岸のようで、嵐が吹き荒れ海が荒ぶっていた。

 言うまでもないことかもしれないが、ここはVRの世界。嵐にさらされているのは私であり、ゲームのキャラクターではない。


『茫然で草』

『萎えたおー』

『さっさと行けよ』

『嵐の中で 案山子となりて』

『登竜門』

『もうやめようぜ』


「…………はぁ」


 ありえないんですけどー。と心の中で呟く。


「儚い人生だった……」


『死ぬな』

『茶番いらん』

『ちなみに早く館行かないと低体温症で死ぬよ』

『船に戻ってアイテム回収しろ』


「え、本当に死ぬのは困るけど」


 本当かどうかもわからない指示コメントに煽られて、重い腰を上げる。やる気が出た時だけがんばるという私の配信流儀も、システムの前ではその程度ということだ。


「どこ目指すの?とりあえず島の中入ってけばいいよね?」


『館に決まってんだろ』

『好きなとこに行け』

『自由度高いからどこでも行けるよ』

『直行すんな』


「それじゃあ適当に歩いて行きますか」


 まさか、散策していたらRPGよろしく敵と遭遇する、なんてことはないだろう。フリとかじゃなく。


『意味ないけどな』


 そんな不穏なコメントは、見て見ぬふりをして。

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