長月
白い布地を汚すは蛙。
「……ねぇ、ショウ。
どうして君はボクと一緒にいてくるの?」
マグカップ片手に、たき火をつついていたタツキは何気ない様子で口を開いた。橙色の炎の中で、乾いた枝がパチパチと音を立てて弾ける。
「……そうだね。どうしてなんだろうね」
ここは秋の虫たちの声が響く森の中。あの喫茶店での襲撃以来、僕はタツキとずっと一緒にいた。彼と一緒にヨウコを追って、日本各地を点々としていた。
「……その……お店を、街を……壊したヨウコ
手を止めて、恐る恐るこちらを見るタツキ。いつもたったひとりで敵に立ち向かう少年と同一人物とは思えなくて、僕はつい頬が緩んでしまった。
「ふふ……タツキは違うよ。
いつも一生懸命戦ってくれてるし、あのときだって、避難先の手配までしてくれたじゃん。……僕が今こうして生きているのだって、タツキのおかげだし」
……夜の森は想像以上に騒々しい。だけど、その
……ただ夜空はどんなに星が明るくても真っ黒だ。無い場所には何にも無い。
両手で握ったコップの中で、氷がカランっと音を立てた。
「……。嫌いじゃないよ。ヨウコさんのことも」
僕は冷たいコーヒーを一口飲んで、そう一言だけ呟いた。……少し小さめの声で。
「……」
タツキにはそれが聴こえたのか、聴こえなかったのか。わからないけど、ただ「ありがと」と言ってた気がする。……もしかしたら、「ごめん」とも言ったのかも。
……でも、もう分からない。あれは虫のうるさい夜だったから。
僕は再びたき火に視線を落とし、両手で包むように持っていたコーヒーにふぅーっと息を吹きかけた。……アイスコーヒーなのに!猫舌のくせが出てしまった!
横でクスクス笑っているタツキを見て、ふと、喫茶店のメルさんのことを思い出す。彼はいつも優しくて、いつも美味しいコーヒーを淹れてくれた。僕が初めて飲んだのも、彼の作ったコーヒー牛乳だった。
幼い頃。周りの大人たちがみんなコーヒーを飲んでいるのに、僕ひとりだけ飲めないものだから、いつもむくれて拗ねていた。
そんな僕に、彼が微笑みながら差し出してくれたのがコーヒー牛乳。あの素敵な香りの褐色が甘くてすっごく美味しかったことはいつまで経っても忘れられない。
家で自分で作っても、お母さんに作ってもらっても、同じ味にはならなくて。メルさんの淹れるコーヒー自体が美味しいのだと気づいた。だけど、コーヒーだけじゃまだまだ苦くて……。最近やっと、砂糖を入れれば飲めるようになったのだ。……なのに。なのに、もう彼のコーヒーは二度と飲むことができない。
突然、ピタッと虫の声が止んだ。
周りの木々がざわめいて、生臭い香りがプーンと漂う。タツキは黙って僕にうなずき、飲み残していたコーヒーで、たき火の炎をピシャッと消した。
腐った水のような香りが強くなり、バキバキバキと木々の幹や枝が折れる音が響く。
息を殺して闇を見つめる。ペチャペチャと湿った足音が近づいてくる。
「ウザいハエちゃんたち見ーつけた」
暗い森から現れたのは、山のように大きなカエル。背にはヨウコが乗っている。
……メルさんは彼らによって殺された。
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