第9話 これぞという感じのが出てきた

 朝ご飯のときにふと思ったことだった。


「育成するときに、ガードができる子がいないと、シルダの育成が……、あぁ、破綻はたんしはじめてるような気がしてきた」

「ぐあ?」

「あのね、シルダ。あなたをね、育成しようとしてるときにね、あたしの背中を守ってくれるか、そうでもなければ、危険だって教えてくれる子がいないときついかもってこと」

「ぐあ?」


 シルダはわかっているようで、あまりよくわかっていない。というより、『焼いただけの蛇肉』を食べることに夢中のようだ。


 あれから数日は、朝、ギルドにご用聞き、何もなければ山に行って育成。カナリアに『お願い』されたのなら依頼を片付け、その合間に『鑑定』を連打。実はこれが一番辛いスキル上げだっただろう。未だにレベル二に至っていない。


 今回の件で、育江もつくづく思っただろう。


「ねぇシルダ」

「ぐあ?」

「シルダ以外の他の子たち、いたの覚えてる?」

「ぐあっ」


 シルダはやはり、あちらで長年一緒に過ごした彼女で間違いないだろう。シルダもなんとなくだろうが、ほかの獣魔ペットのことを覚えているようだ。


「他の子たちを育ててたときはさ、シルダがずっと見ててくれたじゃない?」

「ぐあっ」


 ペットのレベル上限は二百五十五まで。シルダはほぼカンスト状態だったから、育江のボディガードのようなこともしてくれていた。育成代行のアルバイトをしていたときは、周りを警戒してくれたものだった。


「ほんと、あの子たち、どこいっちゃったんだろうね?」

「ぐあぁ……」


 育江の傍に立って、背中をぽんぽんとさするように優しく叩いてくれる。まるで『私がいるんだから、元気出しなさいよ』のように。


 育江はあれ以来、暇さえあればスキル上げをしていた。人の目があるところなら、鑑定連打、人の目がない場所では時空魔法連打。ぼっち気質な育江だから、時間を友好的に使う癖がついてた。


 山熊相手でシルダの育成も進んでいる。灰狼ほど、個体数が多くはないが、多いときは一日に三匹見つかることもあった。

 熊効果のおかげもあって、シルダのレベルも二十を超えたあたり。


 シルダがどれだけ強くなったかというと、わかりやすく言えば、山熊から三発連続で攻撃を受けたら致命傷だったあの当時から比べると、今は十発受けたとしても余裕で立っていられる。相変わらず、攻撃力と防御力はそれほど上がってはいないが、生命力はレベルなりに上がってきているということだ。


(あっちでは大したことないと思ってたけど、シルダ、強いんだねー)


 山熊とのレベル差が少なくなってきたからか、徐々に経験値が入るタイミングがシビアになってきた。灰狼と比べて、個体数の少ない山熊では厳しいのは仕方がない。


 ちなみに、山熊は魔物であってただの獣ではない。ただの獣は例えば、マトトマト村に出没する土猪のような個体を差す。

 体内に魔石を宿し、通常の獣よりも高いレベルに育つ個体を、ギルドでは魔物と呼んでいる。


 朝食の後、いつものルーティーンを終えて、いつもの山頂へ。散歩をしつつ『ホウネンカズラ』のような野草を採取。目視で山熊を探しながら、探索を続ける。

 困ったことに、鑑定のスキルレベルが二に戻っていない。それ故に、『範囲鑑定』が使えない状態なので、こうして探すほかないのであった。


 鑑定スキルは、レベル二に上がると、単体から狭いが範囲に変わる。レベル一に戻ったということは、範囲で鑑定が使えない。正直、どうにもならないからスキル上げを兼ねて採取を行う。


 この山は、歩いて降りると軽く一日かかってしまう。朝から晩までの一日ではなく、二十四時間という意味での一日。実際は降りたことはないが、それくらいはかかるだろうなという育江の予想である。


 そのため、ある程度探して、山熊がいなければ、散歩兼スキル上げに切り替えるようにしていた。

 定期的にパルズマナをかけ続けて、適当な場所に視線を移して『目視自身転移』を使う。その際は、シルダの手を握っておくのを忘れない。一度忘れて、シルダに叩かれたことがあって、育江は忘れないように心がけている。


「いないわねー」

「ぐあ?」

「山熊よ」

「ぐあぁ」

「あんたのせいじゃなから気にしないの」

「ぐあっ」


 実際は、シルダの育成があったから、山熊の個体数が減ったのは事実。けれどシルダが悪いわけじゃないのもまた事実だから。


 山熊の報酬は、現在のところ棚上げになっている。もし、育江が上級の探索者になってしまうと、『どのように上級になったのか』がある程度露見してしまう。そうなると、 カナリアたちギルドの運営側が、『育江のことを贔屓ひいきしている』のかと疑ってかかる者も出てくる懸念けねんがあるわけだ。


 育江のおかげで感謝するギルドの職員は多い。だがそれだけで、優先的に依頼を回しているわけでもなく、どちらかというと『塩漬け依頼』を消化してくれているから、逆に助けられている。


 ちなみに、山熊は、毛皮、肉、肝、骨など、捨てる部位がほとんどないとのこと。育江が上級に上がったときに、まとめて報酬を受け取れるようになっているので、実はカナリアの歩合もすでに反映されているらしい。

 最近ほくほく顔だった理由は、それだったのかもしれない。


 育江は見覚えのある野草を見つけた。


「あ、ホウネンカズラ」

「ぐぎゃ」


 育江をその可愛らしい右手で制して、シルダが走って行く。


「え? なんで?」


 育江の手元を見ていたからか、丁寧に茎を傷つけないように摘んで戻ってくるではないか?


「ぐぎゃっ」

「あ、ありがとう」


 シルダの頭を撫でる。


「ぐあぁ……」


 撫でられる気持ちよさにあがないながらも、『えらいでしょ?』という『ドヤ可愛いポーズ』をするシルダ。


(きっと山熊にあたしがやられたのを覚えてたのね。ほんと、なんとかしなきゃ駄目かもだわ……)


 ▼


 山熊を探すべく、山頂へ探索に行ったのだが、散歩と採取だけで終わってしまった。匂いなのかそれとも気配なのか。帰り道で灰狼にも出会わなかった。まだ『範囲鑑定』が使える状態ではないので、探しようがないとも言えるだろう。


 宿屋『トマリ』に帰ってきて、今日の状況をおさらいするべく、システムメニューを表示させる。


「ぽちっとな」


 システムメニューの時空魔法を見ていたら、経験値欄が一桁になっている。同時に、新しい呪文が表示されていた。


「あ、上がった?」


 レベル三の呪文は『短距離転移ショートゲート』。


「おぉ、『短距離転移』だって。なんか、今度こそほんとの転移っぽい」


 いつもの癖で呪文の説明書きを読む。


「……『短い距離を転移する』って、そのまんまじゃないですかー」

「ぐあ?」


 そう、思わずぼやいてしまう。


 PWOあちらで、聖王国エルニアムの王都から『迷宮都市ジョンダンここ』へ送ってもらう際、ついでにイベントを消化して教えてもらったので、『時空魔法は一度訪れたことがある場所へ転移できる』ことを知ってはいる。


 育江はもの凄く楽観的な面を持っているが、場合によっては『石橋を叩いて渡る』ほどに慎重な面もある。目視物体転移センドオブジェクトや『目視自身転移ムーブセルフ』も、この部屋でじっくりと検証したくらいだから。 


「さて、いつものやついきますかー」

「ぐぎゃ?」


 育江は、とまじゅーと同じ効果のある『パルズマナ』をあらかじめかけておく。これでもし、魔力が枯渇しても放っておけば回復し始めるから。


「んっと、『短距離転移ショートゲート


 そう呪文を唱えるが、何も起きない。魔力も減っていない。


「お約束お約束っと。『短距離転移』、……あれ?」


 二回目も、何も起きない。これまで二回続けて、何の変化も起きないのは珍しかった。


「んー? なんで? あるあるだけど、ま、これくらいでへこたれてたら、シルダなんて育てられなかったし」

「ぐあぁ」


 シルダは育江の足をぽかぽか叩く。きっと『何でそこで引き合いに出すの?』とツッコミを入れているようなものだろう。育江にとってシルダの育成は、難しい部類に入ったていたのだろう。


「……あ、そっか」

「ぐぎゃ?」

「転移先を考えてなかったかも」

「ぐあぁ……」


 シルダはまた、育江の足をぽかぽかと叩く。今度はちょっと強めに。


「シルダ、痛いってば。あたしが悪かったって、あんたを引き合いに出してごめんってば……」

「ぐあぁ」


 シルダはそう一言呟くと、横を向いて呆れたように目を細める。


「そうだね、あ、ここなら安全でしょう? 『短距離転移』」


 今度は成功したような『気がする』。その理由は、育江の持つ魔力がごっそり持って行かれたような気がしたから。


 システムメニューから確認したところ、おおよそ六割の魔力を消費していた。ただ、そんなことよりも、目の前に広がる現象の方が気になっていただろう。


 育江の目の前に、育江が普通に入れそうな高さ。おおよそ一メートル八十センチはある円形の空間。『ペットケージ』を唱えたときに出てくる、出入り口に似ている。


 そういえば『ペットケージ』のときも、見覚えがあったわけだ。PWOあちらの世界にある聖王国エルニアムの王都から、始めてこのジョンダンに送ってもらったときに見たはずなのだから。


 疲れ切って部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだとき以外はほぼ枚血に目にするおなじみの光景。その空間の先には、この部屋の風呂場が映し出されていた。

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