第三章 こちらの世界の調教師

第1話 中級になったのはいいけれど

 現在、シルダのレベルは十一。育江の調教スキルのレベルもそれなりに上がり、治癒魔法のスキルレベルにいたっては、十段階の三になりつつある。

 元々、育江の持つスキルは、料理を除いてほとんどカンストしていた。先日の灰狼に襲われて、経験値がゼロになってしまう一件のように、こちらへ来たときに被った、何らかの理由で初期値になってしまっただけ。だからゆっくりまったりでも、必ず上がることは薄々わかっていた。


 育江が使える治癒魔法は、生命力回復の初級『ライトヒール』と、体力回復の初級『ライトスタム』。毒素中和の『デトキシ』。浄化の『ピュリフィ』。

 ちなみに『デトキシ』では、生肉食べて起きる腹痛は治らないことは、あっちで確認済みだった。『ピュリフィ』は色々便利で、最近は主にシルダの足を洗う代わりにするという、少々贅沢な使い方をしていた。


 システムメニューに表示された現在の時刻は午前の九時。育江はカナリアの呼び出しに応じて、ギルドに来ている。カウンターの傍にあるテーブルで、カナリアと向かい合って座っている。シルダは育江の左隣に座り、うつらうつらと船を漕いでいる。


 中級の探索者となってしまった育江は、カナリアから初級と中級の違いなどの説明を受けていた。


「あのね、イクエちゃん」

「はい?」


 ここの『はい』は語尾が上がっているが。


「昨日ね、中級になったじゃない?」


 育江は昨日、シルダの育成帰りにギルドへ寄ったとき、中級への昇格を知らされた。


「はい」


 ここの『はい』は語尾は横い。


「私としてはね、非常に申し訳ないとはおもうんだけど」

「はい?」


 ここの『はい』は語尾が上がっているが、少々表情が曇っている。おそらくは、カナリアの言う『非常に申し訳ない』で良くない話があるものと予想してしまったのだろう。


「中級の人はね、初級の依頼を受けちゃいけない決まりになってるのね」

「はい」


 ここの『はい』はついに語尾が下がってしまう。


「初級の依頼はね、慣れていない探索者さんのための依頼になるだろうって、私が決めてるわけなのよ」

「それは聞いてるのでわかります」

「イクエちゃんはさ、灰狼の報酬を受け取れるようになったでしょう?」

「はい」

「あ、もしかして勘違いしてるかもしれないんだけどね」

「はい?」

「薬草の採取はね、一番下に貼ってるだけで、初級の依頼じゃないのよ?」

「そうだったんですか?」

「一度も剥がしてるのを見たことがないでしょう?」

「言われてみたらそうですね」

「紛らわしくてごめんなさいね」

「……いえ、その、よかったです」

「初級の人でもね、受けてくれる人が少なくて困ってるのよ……」

「そうだったんですね」

「だからね、これからも、たまにでいいから、続けて欲しいな? なんて」

「大丈夫ですよ。できるだけ頑張りますから」

「ありがとう、感謝するわ。イクエちゃんみたいにしてくれる子が少なくてね――」


 一通り説明を受けた育江。彼女が説明を受けている間、シルダは彼女の隣でひっくりかえって居眠りをしていた。それはもう、口元からいびきのような音を立ててまで。


 説明を終わると、育江はシルダの尻尾をつんつんと引っ張る。すると『ぐあ?もういいの?』みたいに三白眼のような眠い目を向けてくる。

 どこまで頭がいいんだろう? 育江はそう思ったに違いない。


「ぐあ?」

「ちょっと待ってね、これ見たら出るから」

「ぐあっ」


 シルダうんうんと頷いている。『トマリ』に帰るときや、ギルドに行くときは、シルダが育江の左手をつないだまま、引っ張って先に行こうとするくらいなのに、今はじっとして動こうとしない。


(この子、本当にあたしの言ってること、ある程度理解してるのかもしれないわね。あっちにいるときも、『中の人いるんじゃない?』って思ったときもあったもん)


 シルダの呆れるほどな人間くささがまた、可愛らしく思える育江だった。


 掲示板に貼ってある、中級の依頼が書かれたプレート。薬草の採取のように、剥がされることがないものもあるが、依頼を受けるために受付へ持っていかれたものもあって、ところどころ虫食いのようになっている。


 育江が常連になりつつある『灰狼の討伐』は、この地域に生息する魔物モンスターらしく、一度や二度討伐報告があったからといって、剥がされることはないようだ。このあたりは、薬草の採取と同じ扱いなのだろう。


 他にどんなものが中級にあるのか見てみると、比較的多いのは『ダンジョン案件』と明記されたもの。例えば、『ダンジョンに生息する魔物を倒すと、ドロップするアイテムを取ってきて欲しい』などの店舗から依頼されたものや、『ダンジョン探索のための、パーティ募集』というもの。

 風変わりなものといえば、『ダンジョン第一階層観光ツアー』というものもあり、そのほとんどが個人からの募集依頼だったりするのだ。


 ダンジョンばかりかと思えば、そうでもない。灰狼が出没する林の先には森があり、そこからだけ採れると言われている『ホウネンイソカズラ』を採ってきて欲しいという依頼もある。

 ちなみにこれは、魔力茶の材料にもなるとのことで、ギルドだけが専売というわけではないので、一般の店舗からも依頼があるようだ。


(なるほどねぇ、ダンジョンはあっちでも一度だけ入ったことがあるけど、こっちでも同じように依頼があるみたい。けど、あっちでは『調教師テイマーは除く』とか、『調教師は不可』とか、聞いたことなかったけど。何やってるんだかね、諸先輩方は……)


 育江は、こちらへ来て一月ひとつきほど経つが、同じ調教師に出会ったことは今のところない。もしくは、育江が朝早くと夕方遅くにしか町へ帰ってこないから、出会うことがないのか、それとも、調教師自体がこの町に少ないのかはわからない。


(ぽちっとな)


 システムメニューに表示された現在の時刻は、午前十時になろうとしている。昨日の夜、帰ろうとしたときにカナリアから呼び止められ、中級へ昇格したことを告げられた。その際、朝九時に説明があるから来て欲しいと言われている。

 カナリアには色々と世話になっていることもあり、育江は二つ返事でそれを了承――それで今に至っている。


「いこっか? シルダ」

「ぐあっ」


 育江はシルダとギルドの奥にある、キッチンに入っていく。


「さてと、今日のうちにやっちゃいますか」

「ぐぎゃっ」


 これから何をするかというと、先日取りまくって、山のようにストックされていた『死んでいる蛇』。これを捌いてもらったのは良かったが、『蛇肉』がインベントリに山のようにある。これを『焼いただけの蛇肉』にする作業がまだ残っていた。

 実をいうと、外で買う焼き肉や焼き鳥などは、たまにならいいのだが毎日だとシルダには塩分過多になってしまう。先日まる一日かけて焼いた『蛇肉』だったが、すでにシルダがほぼ食べ尽くしてしまった。だから今日も、焼く羽目になったというわけである。


 インベントリから取り出した『蛇肉』を、フライパンを熱して、ほんの少しだけ油を足らす。そのあと焼いていくだけ。もちろん、料理スキルを使った上でのこと。


 先日は、レベルが一まで落ちてしまった料理スキル。そのせいもあって、最初の十回ほどは予想通り、何度か『焦げた蛇肉』が生成されてしまった。十回を過ぎたあたりでやっとまともに『焼いただけの蛇肉』になってくれてほっとした。


 一日焼きまくってやっと、料理スキルがレベル二になってほっとしたのを覚えている。ちなみに、『焦げた蛇肉』は、失敗作として皿にまとめて置いていたのだが、目を離した隙にシルダが平らげてしまった。

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