2
悪夢にうなされ目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。
私は動悸が治まるのを待ってから、ゆっくりと上体を起こした。
火照った身体が急速に冷えていく。
冷房をかけていたにもかかわらず、枕とシーツは汗でびっしょりと濡れてしまっていた。
喉がからからだ。
私はベッドから立ち上がり、冷蔵庫の扉を開いた。
――何もない。
冷蔵庫から漏れ出す光と振動が、静寂をそっと撫でる。
私は食器棚からコップを取り出し、蛇口のレバーをひねった。
夏の外気ですっかりぬるくなってしまった水が、勢いよくグラスに注ぎ込まれる。
私はその水を一気に飲み干すと、冴えない頭で、浴室へ向かった。
――とりあえず、シャワーでも浴びよう。
寝間着を乱暴に脱ぎ捨て、浴室へ入ると、鏡の向こうの自分と目があった。
まるで、別人みたいだな、と思った。
この一年間で体重は十キロばかり落ちた。顔はやつれ、肌は荒れ、目の下には酷い隈ができている。
伸びっぱなしで手入れのされていない黒髪は、まるでホラー映画に出てくる女幽霊のようだ。
シャワーヘッドを掴み、出口を空っぽの浴槽に向けてから、私はレバーをひねった。
カラカラという音が数秒続いた後、まず冷たい水が流れ、やがてその水は温かいお湯に変わる。
私はその変化を指先で確認すると、シャワーヘッドを再びフックに固定しなおした。
熱いシャワーを頭から浴びると、冷え切った身体が再び温もりを取り戻す。
――この悪夢は、いつになったら覚めるのだろうか。
髪の先から床に滴る水滴を眺めながら、私は先ほど見た夢のことを思い出していた。
排水口に向かう流水の渦に巻き込まれ、カバーに絡まった髪の毛がゆらゆらと揺らめいている。
その髪の毛の揺らめく姿が、逃れようのない悪夢の渦に捉えられ、必死にもがく私の姿に重なって見えた。
そのもがいた先に待っているのは、排水口なのか、それとも決して出ることのできない絶望の穴なのか。
身体を拭き、浴室から部屋へ戻ると、ガサガサ、と郵便受けに何かが投函される音が玄関の方から聞こえてきた。
郵便受けを確認すると、手書きで書かれた手作りのチラシが一枚投函されていた。
そこには魔法陣のように見える不気味な幾何学模様とともに、とても繊細なタッチで悪魔のような怪物の姿が描かれていた。
このような不気味なイラストは本来趣味ではないのだが、病的と言えるほど細部まで緻密に描かれたその挿絵に、私は数秒の間、見入ってしまっていた。
そのチラシにはこう書かれていた。
最近、超常現象にお困りではありませんか?
家のなかのものが勝手に動く、見えない何かに後ろからつけられている、毎日夢のなかで同じ怪物に殺され続けている。
でも、こんなこと誰にも相談できない。警察も頼れない。
そんな、不可解、不可思議、常人では解決不可能な難事件はぜひ、オカルト事件の専門家にお任せください。
私の悪魔的な頭脳を持って、必ずや、あなたのお悩みを解決してみせましょう。
悪魔探偵、
何だ、このチラシは。誰かのいたずらだろうか。
あまりにも馬鹿げた内容に憤った私は、そのチラシを両手でぐしゃぐしゃに潰して、足元のゴミ箱に投げ捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます