第41話 出来損ないの嘘コクマスター

「えっ!この人芽衣子ちゃんの彼氏さんじゃないの!?」


俺が驚いて問いかけると、芽衣子ちゃんは青い顔で、コックリ頷いた。


「はい。知らない人です…。」


それを聞いた途端、背筋がゾッとした。

知らない人が彼氏と言い張り、後を付けてきている。

芽衣子ちゃんにとっては、恐怖以外の何物でもないだろう。



俺は最悪の事態に備え、芽衣子ちゃんを後ろ手でかばいつつ、目の前のジャケット姿の男から距離をとった。


「お前…、ストーカーか?芽衣子ちゃんに近寄るな!」

「京先輩…!」


長身のジャケット姿のその男=ストーカーは

長めの前髪をふぁっさーと掻き上げ、物憂げに言った。


「おいおい、芽衣子さん。ひどいな。俺を知らないだなんて、嘘ついて。中学のときあんなに何度も、愛の証(蹴り)をくれたじゃないか。演劇部のスーパースターにだった、君の運命の相手、菱山健を忘れたとは言わせないよ?」


「ん?中学?演劇部?そういえば、一つ上の先輩で、しつこく何度も言い寄ってこられた方がいたような…。好きですって書かれたバラの花とか下駄箱に入れられたり、教室で、オペラ調に告白されたり、すっごい迷惑でした。

菱川さんでしたっけ?」


芽衣子ちゃんは不快そうに顔を顰めた。


なんと、ストーカー男、中学の時の知り合い

だったのか!

いくら好きだからって、下駄箱に花入れるとか、教室でオペラで愛を伝えるとか、伝説の

黒歴史になりそうな事しでかしてんな!


「思い出してくれたんだね?素直じゃない君は熱い愛情(右足の蹴り)をよく僕にくれたよね。」


「いや、それ、愛情じゃなくて、単に危険を振り払おうとしただけですから。

私、好きな人には絶対暴力はふるわないです。」


芽衣子ちゃんはキッパリと言った。


「ははっ。また、気のない振りをして。そんなところも君の魅力の内だが、そんな事を言っていられるのも、今の内だよ?

僕はあれから、丸の上アクタースクールに通って、ペガサスの如く俳優の道を駆け上っているんだ。この頃じゃ、バラエティ番組や、ドラマでもちょっとした役をもらえる事になってね。ホラね。」


菱山は、写真とサインが付いた派手な名刺を

俺達に見せた。


『菱山健 俳優、歌手

芸能プロダクション ミギサガリ 所属

住所ー○○○○○○○○○○○○○○○

電話ー(☓☓☓)☓☓☓☓ー☓☓☓☓』


「ふーん、それはすごいですね。この名刺一枚頂いておきますね?」


「ふふっ。いいよ。君も僕に興味が湧いてきたみたいだね?」


芽衣子ちゃんはご満悦の菱山から名刺を受け取った。


「(後で、この事務所に苦情言います。)」

「(ああ、身元が分かってるなら安心だな。 事務所のマネージャーにでも叱ってもらったらいい。)」

俺とヒソヒソやり取りをすると、芽衣子ちゃんは、名刺をバックにしまった。


「実は芽衣子さんの高校での様子も、友達から聞き及んでいてね。光輝く美貌はますます冴え渡り、校内放送で告白シーンの動画を流して人気者になっていると言う事じゃないか。」


「人の情報を勝手に…!全くどこから聞いたんでしょうか。」


「しかし、動画にも出演し、君に最近付き纏っているのは、矢口京太郎という何の変哲もない、凡庸な男というじゃないか!

君の隣に立つのは俺のような才能ある美男が相応しい!

君の目を覚まさせてあげなきゃと思い、

今日は久々のオフを利用して、君のマンションから、出てくる君の後に付いて、運命的な再会シーンを演出しようと思ったんだ。」


うーん、普通にストーカーだな。

俺のことまで調べ上げて…。


運命的な再会シーンを演出しようとしたが、

芽衣子ちゃんは、菱山を覚えてもおらず、恐怖の出会いとなってしまたワケか…。


芽衣子ちゃんは、菱山の一方的な意見に当然腹を立てていた。


「何を勝手な事を言ってるんですか?私が誰と交流を持とうが、あなたには関係のない事です。それに、京先輩は何の変哲もない凡庸な人ではありません!」


「芽衣子ちゃん…。」


感動したのも束の間。


「彼は、嘘コク対応に関しては、右に出るものはいません!」


え。主張するとこ、そこ?


「なんだ?嘘コクだって?そんな事対応出来たからなんだって言うんだ?」


菱山は片眉を上げ、小馬鹿にしたように両手手を広げた。


うん。菱山ムカつくんだけど、そこだけは、全く同意だ。何の役に立つんだろう。嘘コク対応の技術…。


しかし、芽衣子ちゃんは氷のように冷たい目で、菱山を射抜いた。


「私が、人生をかけている趣味、嘘コクをバカにするんですか?でしたら、あなたは私の人生とは全く関わりのない人という事になりますね?これ以上話しても時間の無駄なので、お引き取り下さい。」


「えっ。ちょ、ちょっと待ってくれ。それが、芽衣子さんの趣味というなら、話は別だ。俺も出来るよ?嘘コク対応。むしろ、この、矢口とかいう男より、よっぽどうまくやり遂げてみせる。嘘コクマスターになってみせる。」


『嘘コクマスター』とか、どっかで聞いた単語出て来たな。

もしかして、芽衣子ちゃんと菱山、思考回路が似ていたりする…?


「そうなんですか?」


芽衣子ちゃんは、菱山に向き合うと、少し口元を緩めた。


「菱川さん。では、今からあなたとデートしましょうか?」


俺は芽衣子ちゃんの言葉に思わず、ドキッとした。


「芽衣子さん!やっと、俺の魅力分かってもらえたんだね。ああ。ぜひデートしよう!こんな男よりよっぽどいいところに連れて行ってあげるよ。まずは、オシャレなカフェでも

…。」


菱山は喜び勇んでまくし立てたが…。


「ハイ。アウト!」


「はっ?」


「何で、今、喜んで受け入れたんですか?

嘘コクに対応するっていいましたよね?明らかに嘘コクなのに、見破れないで、何、本気にしてるんですか?」


「!!?」


「今の告白、嘘コク対応のプロ、京先輩はどう見ますか?」


いや、そんなスポーツの実況中継風に話を振られても…、と思いながら、俺は答えた。


「うーん、一見にこやかだが、目が笑ってないし、声も硬い。本当にデートしたい相手だったら、名前間違えないだろ。

だいたい、この流れでなんで唐突にデートに誘う?点数にしたら、10点もいかないんじゃないかな…。」


「素晴らしいです。これが、嘘コクプロの目利きです。」


芽衣子ちゃんに拍手され、絶賛された俺だが、いや、何なのこの流れ?首を捻るばかりだった。

ショックを受けている菱山に、芽衣子ちゃんは人差し指を突き出し、追い打ちをかけるように告げた。


「格の違いが分かりましたか?菱川さん。あなたは所詮、出来損ないの嘘コクマスターです。」


「そんな…。俺が…、出来損ないの嘘コクマスターだなんて…。」

菱山はガクッとその場に膝をついた。


「嘘コクマスターを甘く見過ぎです。数多の嘘コクに対峙し、伝説の嘘コクを捌き切ったとしても、なかなかなれないのが嘘コクマスターなのです。

ちょっと修行が足りなかったみたいですね。

あと、10年くらいは必要じゃないでしょうか。」


「ああ。芽衣子さん。俺、テレビにちょいちょい出るようになって、奢っていたよ。まだまだだった。気づかせてくれてありがとう!

矢口君も…凡庸な男と言って悪かったな。実は凄い奴だったんだな…!」


「い、いや…?」


「俺、修行するよ。そして、いつの日かまた、君達の前に立ち、勝負を挑ませてくれ。」


菱山は立ち上がり、芽衣子ちゃんと俺に向けて、ガッツポーズをとった。


「はい。頑張って下さいね?」

「あ、ああ、頑張れよ…?」


「では、さようなら。芽衣子さん。矢口くん。また合う日まで!」

俺達は去りゆく菱山に大きく手を振った。


芽衣子ちゃんは大声で菱山に呼びかけた。


「菱川さーん!修行の途中で他の花を見つけたら、そこで幸せになって、もう二度と戻って来なくていいですからねー?さよーならー!!」


何だったんだろう。今の茶番劇…。

俺が遠い目をしていると、芽衣子ちゃんがふぅと息をついた。


「ちょっと怖かったぁ…。単純な方で助かりました。」


茶番劇に圧倒されていたが、そうだよな。芽衣子ちゃん、ストーカーされてたんだもんな。

そりゃ、怖かったよな…。

途中、芽衣子ちゃんと菱山もしかしたら気が合うかもなんて呑気な事思っちゃってごめん。

俺は芽衣子ちゃんに申し訳ない気持ちで頭を下げた。


「ごめん。芽衣子ちゃん。俺、何もしてやれなくて…。」


「京先輩?そんな事ないです!私の事、ちゃんと庇ってくれたじゃないですか!それに、京先輩が隣にいてくれたから、冷静に対応できました。私一人だったら、どうなっていたか…。」

「芽衣子ちゃん…。」

芽衣子ちゃんは、ふるふると子犬のように震えていた。

可哀想に。こんなに怖がって…!

菱山に対して怒りが込み上げてきた。


「あいつ、許せないな。

!」


「うっ!うぐっ!うぐふぅっ…!!」


芽衣子ちゃんの顔色は青色を通り越して土気色になっていた。


「め、芽衣子ちゃんっ?どうした?大丈夫かっ?」


「きょきょ、京先輩…。私、ちょっと気分が悪くなってしまって…、お花摘み行ってきていいですか…?」


芽衣子ちゃんは具合悪そうに口元を抑えながら、近くの公園内のトイレを指差した。


「あ、ああ…。大丈夫?何かあったら、呼んでくれな?」

「あ、ありがとうございます…。」


俺は芽衣子ちゃんのよろよろ歩く後ろ姿を見送りながら、心配でならなかった。


❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇❇


「ふぅっ。」

女子トイレの洗面所で、使い捨てのボディタオルで汗を拭いながら私は大きく息をついた。


まさか、あの迷惑な先輩にストーカーされていたなんて…!

後を付けて来たのが静くんじゃないと知ったときは、心臓が止まりそうな程ビックリしたよ〜!

京ちゃんがいなかったら、パニックになって、力の限り蹴りつけて傷害事件になっていたかもしれない。

危なかった〜!!


しかし、京ちゃんが、あのストーカー先輩に言った事、まるで、私の事を言っているようで、胸に刺さったなぁ…。


考えてみれば、私も、京ちゃんに同じような事やってるんだよなぁ。トホホ…。

何だか身につまされちゃった…。


私の事をそれぐらい想ってくれていたんだよね。

迷惑だったけど、名前ぐらいちゃんと覚えておこうかな?

菱沼さんだったよね?うん。覚えたぞ!



*あとがき*


芽衣子ちゃんの唯一の当て馬役(かつ、ストーカー)だった菱山くんはこの話で退場です。


とうとう最後まで、芽衣子ちゃんには名前を覚えてもらえませんでした…(;_;)


彼を可哀想に思われるお優しい読者の方は彼の名前をどうか覚えておいてあげて下さいね?


ご要望あれば、ラストにもう一回ぐらい登場させてもいいかと思いますが、ない…ですよね…?(^_^;)

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