第18話 絶対的な信頼

俺は、スマホを手にL○NE電話が繋がるのを待った。

昨日会ったばかりの女の子に電話をかけるなんて、今までの人生にそう何度もない事だったが、そういう浮ついたものとは真逆の、

ただ、危機感と焦燥にかられた緊張の時間であった。


頭には秋川栗珠の邪悪な笑みが浮かんでいた。


8回ほど送信音がなって、出ないかと思いかけたとき…。


『は、はいぃっ!』


俺よりもテンパってるような返事があった。


「あ、芽衣子ちゃん?」


『はいっ。京先輩の芽衣子ですっ。出るの遅くてすみませんっ。まさか京先輩から電話もらえると、思わなくって、慌ててしまって、スマホがカラフルなポップコーンの中にダイブしてしまって、勢いで2リットルのコ○コーラゼロが全部零れまして!今友達が拭いてくれてます。』


うおう!大分カオスな状況だな。


「なんか、驚かせちゃってごめんね。友達も一緒だったんだ。後でかけ直そうかな?」


『いえ、そんなっ。電話かけて下さって嬉しいですし、今で大丈夫です!友達もすごく応援してくれてるみたいなので。』


「??そ、そう…。」


『それで、京先輩。今日は何で電話してきてくれたんですか?もしかして、オプションの嘘コクのお誘いですか?電話コク?L○NEコク?画像コク?何でもござれですよ?』


「いや。そうじゃなくて…。」


オプションって、どんだけ嘘コク好きなんだよ?

平常運転の芽衣子ちゃんの声を聞いていたら、自然とさっきまでの緊張がゆるみ、肩に入ってた力が抜けてしまった。


まっ、でも、どんなに悪い状況でも取り乱してパニックになっていても仕方ないよな。


俺は気持ちを切り替えて、芽衣子ちゃんに

確認をした。


「芽衣子ちゃん。明日、お昼の校内放送に呼ばれてるって聞いたんだけど本当?」


『え?はい。秋川先輩という可愛い女の先輩に誘われましたが、京先輩はどうしてその事を…?』


「その秋川に聞いたんだ。俺も見学に行かないかと誘われてね。」


『京先輩も来るんですかぁっ?』


芽衣子ちゃんは嬉しそうな声を上げた。


「いや、行かない。そして、芽衣子ちゃんにも行かないでほしいんだ。」


『えっ?で、でも、私もう引き受けてしまったんですが。』


「スマン!めちゃくちゃな事を言ってるのは分かっているが、体調崩したとか何か理由をつけて断ってくれ。頼む!」


俺はスマホを握りしめ、必死に頼み込むと

少し間があって芽衣子ちゃんがおずおずと、問いかけてきた。


『えっと…、理由を聞いてもいいですか?』


「ああ…、君を誘った秋川は、実は恐ろしい奴で、自分以外に目立つような可愛い女子がいると、何かと理由をつけて、悪い噂を流し、陥れるような事を繰り返しているんだ。」


『秋川先輩が…?』


「ああ。君を校内放送に誘ったのも、何か企みがあるせいに違いない。行ったら、必ず君にとってよくない事がおき、学校中から白い目で見られるようになる。だからどんな理由をつけてでも行かないで欲しいんだ!」


『そんな…。秋川先輩、私にはすごく優しい方でしたが…。』


「ああ。俺の言うことを信じられないのも、分かるよ。あいつ、凄くいい奴に見えるものな…。」


俺も柳沢もあの天使のような笑顔と優しい言葉に騙されたのだ。

俺なんかより、秋川の言うことを信じてしまうのも、無理はない。


だけど、本当の事なんだ!


俺は再度説得を試みようと口を開いたとき…。


『いえ、信じますよ?』

「え?」


『京先輩の言うことを信じます。秋川先輩は恐ろしい方なんですね。』


「信じてくれるのか…?」


『はい。実はですね、他にも秋川先輩について、忠告してくれる人がいたんです。』


「あ、なんだ。そうか…。それでか!」


昨日会ったばかりの俺がワケの分からない事を言っているにも関わらず、あっさり信じられて、逆にビックリしてしまったが、他に信頼に足る誰かが忠告してくれていたらしい。

よかった。ありがたい。


しかし、芽衣子ちゃんは当たり前の事を言うように続けて言った。


『でも、もし忠告されてなかったとしても、私は京先輩の言うことを信じましたよ?

例え世界中の誰が、違うと言ったとしても、私は京先輩を信じます。』


「そ、そんな大げさな…。

昨日会ったばかりの俺になんでそんな全幅の信頼寄せてんだよ?」


『だって、あなたは、私のたった一人の嘘コクパートナーではないですか?私が人生さえかけている嘘コクのパートナーにいい加減な人を選ぶと思いますか?』


「芽衣子ちゃんが俺を選んだのは、嘘コクの噂を聞いたからだろ?」


『違います。私は実際にあなたに会って、ちゃんとあなたが素晴らしい人だと知って好…、んうんっ。嘘コクのパートナーに選んでいます。』


そう言ってくれる芽衣子ちゃんの気持ちはもちろん有り難い。だが、反面、全幅の信頼を寄せられる事が怖くもあった。


「俺はそんなに言ってもらえるほど、大層な人間じゃないよ。悪い奴の笑顔に簡単に騙されて、正しい事を言ってる奴を信じてやれない。間違ってばかりの駄目な奴だ。」


気付いたら、弱気な発言をしてしまっていた。何言ってんだ、俺は?

芽衣子ちゃんに信用してもらい、説得しなきゃいけない立場なのに…。


しかし、芽衣子ちゃんはそんな俺にむしろ嬉しそうに答えた。


『だったら、私も一緒に間違えます。それで、気付いたときに一緒にどうしたらいいか考えればいいではないですか。こんな私でも一人よりは出来ることが増える筈ですよ?』


「……っ。」


なんで、この子は、そこまで…。


『私は京先輩を信じます。その上で言いますが、私は明日、やはり秋川先輩の誘いを断るワケにはいきません。』


「何でだよっ?ひどい目に遭うのが分かっててどうして?」


『秋川先輩は、目をつけた相手を陥れるためなら、手段を選ばず、執拗に何度も攻撃を仕掛けてくる人と聞いています。

誘いを断ったら断ったで、向こうは先輩の誘いを蹴った生意気な奴と噂を流すかもしれません。あるいは、また別の事で私を陥れようとするかもしれません。

そんな事態が、いつ、どこで、どのように襲って来るかもしれない状態で学校生活を送るのは、私は怖いです…。』


「それはっ…!」


そういう事が決してないとは言えなかった。柳沢をクラスから孤立させた後も更に悪い噂を流そうと企てていたのだから。


『でも、明日は、どういう状況下かちゃんとわかっていますし、お昼の校内放送なら放送委員さんもいるし、全校生徒の目もあります。逆に秋川先輩も、下手な事はできない筈です。

私も精一杯対策をして、気をつけるつもりです。だから、京先輩、心配しないで下さい。』


「だけど…!」


『それでも、心配なら京先輩も明日側についててくれませんか…?

私も…、心細くないワケじゃありませんので…。その…。いてくださると嬉しいです。』


芽衣子ちゃんの弱々しい声でそう言われ、

俺は葛藤の末…。


「………、分かった。芽衣子ちゃんが行くと決めたなら、俺もその場にいるよ。できる限りの事はさせてもらう。」


『本当ですか?ありがとうございます!』


「その代わり、絶対無茶はするなよ。いざとなったら、途中で体調崩した事にして、逃げていいからな。」


『はい!そうします。』


「それじゃ、明日は4時限目の授業終わったら、芽衣子ちゃんの教室の前に迎えに行くから、軽く打ち合わせしてから一緒に放送室行こう。」


『えっ。京先輩が迎えに…?はいぃっ。楽しみにしてますっ!』


いや、楽しみではねーだろ、敵の策略にまんまと乗りに行くようなもんなんだから。

ホント、この子天然だな、と思って苦笑いしていたら、

『ちょっ、何ニヤニヤしてるの!』

「えっ?」


言い当てられて、驚いた。

『あっ、ち、違います。友達がこっちを見てニヤニヤしてたんで、つい…!』


「あっ、そ、そうか。友達いるんだもんな!」


うわぁ…。友達いる前で、俺達あんなやり取りしてたのか。

こっちの声は聴こえてないだろうけど、

芽衣子ちゃんあんなセリフ友達の前で、よく言えたな…!


俺はかーっと顔が熱くなった。


「ご、ごめん。友達いるのに長電話して!」

『い、いえ、そんな。』


「じゃ、じゃあ、芽衣子ちゃん、もう電話切るわ。また明日な。」


『はい。では、また明日。京先輩…。』


どこか、名残惜しそうな芽衣子ちゃんの声を聞きながら、俺はL○NE電話を切った。


何としても守ってやらなきゃと思っていたのに、芽衣子ちゃんには逆に力づけられてしまったな。


いまだ大きな不安を抱えてはいるが、なすべきことは分かった気がする。


明日が誰にとっても、無事終われるように俺は普段頼みにしていない神にさえ、祈りたい気持ちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る