第5話 嘘コク一人目 柳沢梨沙

俺が教室へ戻ると、斜め後ろの席のクラスメート=柳沢梨沙(17)が、恐る恐る話しかけてきた。


「あ、あのさぁ…。矢口、あんたが可愛い子と屋上に二人きりでいるところを見たっていう子がいるんだけど。もしかして、また…。」


「ああ、見られてたの?そうそう。例のアレ。」


俺は事も無げに答えながら次の時間の教科の準備をしていたが、相手が無言になったので

振り向くと…。


柳沢は苦渋に満ちた表情で、俯いてしまっていた。


だから、慌てて弁解するように言ってやった。


「いや、今回はそんな嫌な感じじゃなかったよ。アワアワしてる可愛い後輩で、寧ろちょっと役得感あったっていうか?」


「でも、嘘コクなんでしょ?」


「いやいや、俺慣れてるし。もはや嘘コク対応のプロ的な?アフターフォローもバッチリな完璧対応で、後輩ちゃんも腰砕けになるほど感動してくれたよ。」


「また、そんな強がり言って、平気な顔すんのやめてよ。」


「いや、今回は本当に平気なんだって。だいたい柳沢には関係ないだろが。お前は、バスケ部のイケメン彼氏の事だけ考えてればいいんだよ。いちいち首突っ込んでくんなっつーの。」


「だって、元はといえば私の…。」

「お前のせいじゃない!も、いー加減しつこいっつの。あっ!次の授業、俺当てられてたんだった。今からやんなきゃじゃん。あー忙しい忙しい…。」


俺は彼女の弱々しい呟きに被せるように言うと、俺は彼女に背を向けて、教科書に顔を突っ込んで、問題文を読み始めた。


「……。」


しばらくは彼女の不服そうな視線を背中に感じていたが、振り返らなかった。


本当にこいつは中途半端に良いやつで、厄介なんだよな。昔の俺の失態なんか、早く忘れて自分の幸せを享受して浸っててくれればいいのに。


いつまでも罪悪感いっぱいの顔をするなよ。

逆に俺が辛いだろうが…!


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ヒョロヒョロした体格の陰キャで小さい頃から、いじめられがちだった俺=矢口京太郎


あだ名は「ヒョロ」で、小学校では、先生からも友達からもまともに名前を読んでもらった事がなかったように思う。ただ一人の幼馴染みを除いては。


このままの環境にいてはいけないと一念発起して、受験勉強を死ぬほど頑張り、今の高校に入り、いじめっ子達とはやっと縁を切ることができた。

そして、高校一年生の春。

中学の時の同級生で、密かに憧れていた

柳沢梨沙とも同じ高校に通える事に俺は胸を踊らせていた。

彼女は、さらっとしたショートヘアーの美人で、陰キャの俺にも気さくに話しかけてくれるようないい子だった。まぁ、話しかけてくれるっていっても、同じ学校を受験、入学するってんで、「同じ中学でこの高校受験する人他にいないと思っていたから、矢口がいてくれて嬉しい」とか「高校でもよろしくね?」とかほとんど社交辞令のような会話だったのだが、俺は高校へ行ったら柳沢ともっと親密な関係になれるのではないかと淡い期待に胸ふくらませていた。


調子に乗って、高校デビューと称して、髪まで茶髪に染めて、陰キャから陽キャに転向を試みた。

入学してからの周りからの印象は、フツメンでチャラぶってる痛い奴ぐらいだったろうけど、何とかボッチは脱出し、数人の友人もでき、クラスの残念なおちゃらけキャラぐらいに落ち着いた。


運動部のエースやら、イケメンやら、リア充の男子達と、柳沢梨沙を含むレベルの高い可愛い女子達が楽しそうに喋ったり、カラオケに行ったりするのを羨ましそうに横目で見ながら、俺は同じようなフツメンの友人とゲームの話をしたり、話題のラーメン屋に行ったりしてた。


そんなふうに、自分の立ち位置にある程度諦めがついてきた頃だった。

柳沢梨沙に体育館裏に呼び出されたのは。


半信半疑で待ちあわせ場所へ行くと、

本当に柳沢がそこにいて、俺はほっぺたを抓ったものだった。

柳沢は、いつもの様子とは違い、周りをキョロキョロしながら、少し緊張しているようにみえた。

いや、掃除当番代わってくれとか、高価な壺を買ってくれとかそんな話かもしれないぞ

落ち着け俺!…と自分に言い聞かせていた時

柳沢は告げた。


「矢口、あんたの事好きなんだけど、付き合ってくれないかな?」


そして、握手を求めるように手を差し伸べてきた。


俺は告白された瞬間頭が真っ白になった。


嘘だろ?憧れの柳沢が俺の事を好き?

高嶺の花だと思っていたのに…!

嬉しい!嬉しすぎる!!


しばらく頭がぼうっとして、柳沢が何か言っているのも、朧げにしか聞こえてなかったらしい。


「ね、手の……み、見た?」


柳沢が心配そうにこそっと問いかけてくるのに、生返事をしていた。


「あ、ああ。」


そして、柳沢をもう一度見返すと、俺は感極まって返事をした。


「お、俺も中学の時から柳沢が好きだった!ぜひ、付き合って下さい!!!」


そして、柳沢の手をとろうとすると、柳沢が差し出していた手の平に紙切れが乗っている事に気付いた。


『ごめん。矢口、これ嘘コク!適当に話合わせて、振ってくれていいから!』


紙切れにはそう書いてあった。


俺は読んだ瞬間血の気が引いた。


再び顔を上げると、そこには俺以上に青ざめ、震えている柳沢の姿があった。


近くで、クスクス笑いをする数名の女子の声がした。

ああ、俺を見世物にするための三文芝居だったのか。


「ご…ごめん、矢口…、ごめん…。」


柳沢梨沙の泣きそうな顔が今も心に残っている。



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