第40話
きっとこれが本来の姿なのだろうと、熱にうなされながら考えていた。
高校の頃に付き合った元恋人と、寄りを戻していないのに会う理由。
所詮は片想いで、結ばれる事がない2人はこうやって、ベッドの上で体を重ねるのがあるべき姿のような気がした。
「雪美、ここ好き?」
「んッ…あンッ…やぁ」
「ここは触られるの好き?」
「っ…ンッ、すき…そこ好き…」
好きに他の意味が込められていることを、勿論彼女は知らない。
行為中に雪美の感じるところを知ろうと、凪は度々「ここは好き?」と聞いてくるのだ。
その度に彼女への想いを乗せているなんて、知られてしまえば引かれるのだろうか。
だから、知らなくて良い。
知られてしまえば、きっとこの関係も終わってしまうだろうから。
行為後にぼんやりとテレビを眺めていれば、ギュッと手を繋がれる。
最近は行為が終わってもすぐには帰らずに、そのまま一晩を共にすることも少なくなかった。
セフレなのだからさっさと解散しよう、なんて野暮なことは言うつもりはない。
彼女がそれで良いのなら、雪美はただ合わせるだけだ。
「……痛そうだね」
テレビ画面が映し出しているのは、ドキュメンタリー番組だった。
火傷を負った女性の生活を負った番組で、痛々しいその跡に胸を痛める。
きっと想像以上に痛い想いをして、辛い経験も沢山したのだろう。
何も言えずにジッと画面を眺めていれば、今にも眠ってしまいそうな彼女が寝ぼけ眼の中言葉を漏らす。
「私だったら無理だなー……」
「え…」
「好きな人にそんな姿見られるの耐えられない……うわって思われるくらいなら別れる…」
その言葉を最後に、凪が眠りの世界へ羽ばたいてしまう。
天使のように綺麗な寝顔を見つめながら、やけにその言葉が耳に引っかかっていた。
普段とは違う出勤地に、僅かに緊張しながら制服へと着替えていた。
仕事も慣れてきたからと、近隣の姉妹店のヘルプとして今日は一日働かないといけないのだ。
もちろん仕事内容は一緒だが、知っている人も殆どいない場所での仕事はやはり緊張してしまう。
制服に着替え終わってから、すぐに店長室へと向かっていた。
「おはようございます、上村です」
「おはよう、今日はヘルプで来てくれてありがとね」
以前雪美が働いている店舗にも挨拶へ来た事がある女性だったため、僅かに緊張が解れる。
オープン作業を無事に済ませて受付の椅子に座っていれば、背後からトントンと肩を叩かれた。
「雪美ちゃん」
聞き覚えのある声に振り返れば、そこには昔同じ店舗で働いていた先輩の姿。
家を引っ越したため、通いづらくなってこちらの店舗に移籍したのだ。
「おひさしぶりです」
「ほんとそれ、元気してた?」
3つ上の先輩で、入ったばかりの頃は色々と教えてもらったのだ。
懐かしさから、自然と口角が上がって話が弾んでいく。
「雪美ちゃんには受付メインでお願いするって言ってた。今日予約が多くてさあ」
面倒くさそうに、先輩が嫌そうな顔をする。
仕事ができて指名も多いせいで、きっと雪美とは比べ物にならないくらい大変なのだろう。
差し入れとして貰った、ペットボトルのアイスティーを一口飲み込んだ時。
彼女が思い出したように口を開いた。
「今日天使が来るの」
「えっと……」
「天使みたいに綺麗だから、そう呼ばれててさ」
まるであの子のようだと、愛おしい彼女のことを思い出してしまう。
天使と呼ばれてしまうくらい美しい女性なんて、滅多にいないだろう。
「めちゃくちゃ綺麗なのにさ、勿体ないんだよね」
「何がですか?」
「その女性、痛々しい火傷の跡があるの」
予想外の言葉に、顔を上げる。
どうしてか、ドクンと心臓が嫌な音をあげていた。
「……というと?」
「上半身と、あと骨盤あたりにも火傷の跡があるの。結構広範囲…服で隠れてるから一見分からないけど。あの跡がなければモデルとか女優になれる綺麗さ」
「その人が今日来るんですか?」
「そう。いつも私指名してくれてて…オープンと同時に来るから、見たらすぐわかるはず。ほんっとうに綺麗だよ」
先輩が休憩室へ向かうのを見送ってから、恐る恐るパソコンのモニターに視線を移す。
マウスを動かしてから、本日の受付一覧のページをクリックしていた。
「……ッ」
まさかそんなはず、と画面を凝視してしまう。
オープンである11時から、先輩を予約しているお客様の氏名。
「嘘でしょ……?」
『来海凪』という名前が、そこにはしっかりと刻まれていた。
カルテを詳しく見れば、生年月日も一致しているため間違いなく本人だろう。
信じられない思いで目を逸らす事が出来ずにいれば、カランと入り口の扉が開く音がする。
すぐに立ち上がって挨拶をしようとすれば、現れたのは美しい天使だった。
「……雪美?」
驚いたようにこちらを見つめる、美しい雪美の天使。
美しく、神秘的だと思っていた彼女の秘密。
一体雪美は、凪のことをどこまで知っていたのだろう。
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