第21話


 高校3年生のこの時期ともなれば、授業の時間帯に自習時間を設けてくれる機会も珍しくない。


 教科書を閉じて、鞄から参考書を取ろうとリュックの中身を漁るが一向に見つからない。


 一番愛用している参考書なため、どこへ行く時も持ち歩いているのだ。


 「あれ……?」


 もしかしたら忘れてしまったのだろうか。

 思考を張り巡らせながら、ふと一つの可能性が浮かび上がる。


 「もしかして……」


 以前、花平甲斐と勉強会をした時に、紛れ込んでしまった可能性もある。

 参考書やノートを一つの机の上に広げているため、雪美が彼のノートを持って帰ってしまったこともあったのだ。


 休み時間になって連絡を入れれば、すぐに返事が返ってくる。


 『ごめんノートの間に挟まってた。放課後持っていくわ』

 『次予備校で会った時でいいよ』

 『勉強出来なかったら困るだろ』


 サクサクと話は進み、わざわざ放課後に雪美の学校へ持ってきてくれる事で話が纏まる。


 こういったフットワークの軽さも、彼がモテる要因の一つなのだろう。

 



 

 自分が興味がないせいですっかり忘れていたが、彼は異性からちやほやとされる、いわゆる格好良い見た目をしているのだ。

 放課後になって、校門の前で待つ彼を何人もの女子生徒が見つめている。


 「あの人格好良くない?」

 「男子校の制服着てる。彼女待ってるとか…?」


 こんなことなら雪美が彼の高校まで取りに行けば良かったと後悔しながら、勇気を出して話し掛ける。


 更に女子生徒の視線が強いものへと変わり、居心地の悪さが増していた。


 「あの人の彼氏なのかな…?」


 今すぐ大声で否定をしたい所だが、ジッと我慢をする。

 この男はたしかにイケメンで、モテる部類。

 男子校でなければ女子生徒から引っ張りだこだったのだろう。


 「ごめん、お待たせ」

 「良いって、はいこれ」


 愛用している参考書を受け取ってから、お礼としてお気に入りのパックジュースを2つ渡していた。


 購買で購入出来るもので、雪美のお気に入りだ。


 「花平もう帰るの?」

 「問題分かんないところあって、時間あったらちょっと一緒に勉強したい」

 「いいよ、近くに図書館あるからそこで……」


 途中で言葉を詰まらせたのは、遠いところに彼女の姿を見かけたからだ。

 一人で帰宅をしている彼女と少しずつ距離が近づいて、凪が顔を上げた事でしっかりと視線が交わる。


 数秒間交わってから、彼女はこちらに声を掛けずに黙って歩いて行ってしまった。


 一瞬だけ香った石鹸の香りに囚われていれば、甲斐も同じように天使に見惚れているようだった。


 「今の天使…?」

 「よくわかったね」

 「見りゃわかるって。一人だけ輝いてた…マジで可愛い……」


 自分が褒められたわけではないのに、つい得意げになってしまう。

 あまりの可愛さに見惚れて、一度目にしたらもう忘れることはできない。


 凪は本当に天使のように、綺麗で可愛いらしいのだ。






 その後近くのカフェで改めて、お礼としてお茶をした後、勉強をしてから自宅へと帰ってきていた。

 

 シンプルだけど落ち着いた店内で、今度あの子を誘ったら喜ぶだろうか。

 明日まで待てずに、撮影した店内の写真を凪に送る。


 『今日行ったカフェ可愛かったから、良かったら今度一緒に行かない?』

 と、好きなあの子と少しでも繋がっていたくてメッセージを送っていた。


 すぐに二つ返事が返ってくると思ったのに、どれだけ待ってもその日の晩彼女から返事が返ってくることはなかった。




 凍てつくような寒さに耐えながら、くるっとホームを見渡すがあの子の姿はなかった。


 偶然会って一緒に登校出来ればと思ったのだが、どうやらそれは叶わないらしい。


 「……結局来なかったな」


 一晩中待ち続けても、返事は返ってこなかった。どうして無視をしたのか、そればかりが気になってしまう。


 学校へ到着してからも、あの子の姿を探していた。

 偶然スマートフォンを見ていなかっただけで、もしかしたら案外普通に接してくれるのかもしれない。


 体育の授業前。更衣室へ移動するために廊下を歩いている彼女に声を掛ける。


 しかし嫌な予感というのは当たってしまうものらしい。

 振り返った彼女から発せられる言葉は、いつもより素っ気ないような気がした。

 

 「凪、なんで昨日返事くれなかったの」

 「……忙しくて」

 「たまの息抜きにさ、良くない?一緒にカフェいこうよ」

 「あの人と行ったの?」

 「あの人?花平のこと?」


 コクンと頷いてから、ちっとも感情のこもっていない声で凪が言葉を続ける。


 「凄く格好良い人だね」

 「本当に思ってる…?」

 「思ってるよ」


 本音がどこにあるのかは分からないが、凪が異性を誉めていることに胸の痛みを覚えていた。


 雪美だけを見て欲しいなんて、片想いの分際で図々し過ぎるのに。


 「……凪はああいうタイプが好きなの」

 「それは雪美でしょ」

 「は?」


 訳がわからずに首を傾げれば、ふいっと顔を背けられた。

 とうとう、目も合わせてくれなくなる。


 「……やっぱり雪美は雲の上の存在なんだよ」


 それだけ言い残して、凪はさっさと歩いて行ってしまった。

 一体何が言いたいのか、ちっとも意味がわからない。

 

 雪美からしてみれば、天使のように可愛らしい彼女の方が雲の上の存在だ。


 どうして機嫌を損ねてしまったのか。

 そもそも怒っているのか拗ねているのかも分からない。


 彼女の後ろ姿を見つめながら、ジワジワと嫌な汗が込み上げてきていた。

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