第2話
軽快なBGMを聞き流しながら、何とも不可解な状況に居心地の悪さを感じていた。
すぐそばにあるファストフード店にて、学園一の美少女である来海凪と何故か向かい合って座っている。
本来だったら発売日に購入した百合漫画を、ウキウキな気分でベッドに寝転がりながら読んでいただろうに。
「……ッ」
話があるとこの店に
一体何の用なのか。
冷や汗を込み上げさせながら、生唾を飲む。
考えられる可能性は二つ。
たまたま足を運んだ本屋にて、うっかりと百合漫画コーナーへ迷い込んだ先に、クラスメイトがいて思わず声を掛けた。
そしてもう一つは、来海凪自身も百合漫画が好きでお仲間として声を掛けた可能性だ。
果たしてどちらだろうか。
この見極めを間違えれば墓穴を掘ることになる。
彼女の些細な仕草から真理を見抜こうとするが、心理学者でもない雪美にそれが出来るはずもない。
焦りからソワソワと落ち着かずにいれば、天使のように可愛らしい彼女が口を開く。
「……食べても良い?」
「あ、どうぞ……」
トレーにはポテトとコーラが乗せられていて、手を合わせた後、彼女の細い指がポテトを一本摘む。
ぷっくりとした形良い唇にそれを運ぶ様でさえ、何とも絵になるのだから美少女というのは本当に偉大だ。
「……美味しい!」
嬉しそうに顔を綻ばせてから、今度はケチャップにつけて味を変えながらポテトを堪能していた。
次から次に口に含むせいで、ハムスターのように両頬が膨らみ始めている。
「お腹空いてたの?」
「初めて食べたから」
「は?」
全世界規模で人気のあるチェーン店の、税込220円のポテトを食べたことがない人類の方が少ないだろう。
値段が手頃なため、雪美も放課後はよく友人らと訪れるのだ。
「ずっと食べてみたかったから嬉しい」
「家が厳しいとかそういうの?」
「友達いないから来たことなかった。親はこういう店嫌いだし」
何ともデリケートな返しに、言葉を詰まらせてしまう。
あまりの美貌なため忘れがちだが、彼女の性格はかなりの内向的。
教室で誰かと喋っている所は見たことがなく、親しい友達の存在だって聞いたことがなかった。
「……来海だったら友達沢山できるでしょ」
「めんどくさいし」
「友達がめんどくさいとか意味わかんない」
「友達って色々根掘り葉掘り聞いてこない?ズカズカとこっちのパーソナルスペースに入ってこられるのウザい」
酷く自分の殻に籠った思考。
間違いなく「今までの人生で一番社交性がない人は?」と聞かれれば彼女の名前が上がることだろう。
人の価値観に口を出す気はないが、あまりの考え方の違いに彼女と仲良くなれるとは思えなかった。
「……すごいね、来海は」
「そうかな?ところで、上村さんは友達沢山いるけど、百合が好きだって皆んなに言ってるの?」
爆弾発言のせいで、飲みかけていたいちごシェイクを吹き出し掛けてしまう。
彼女が雪美をこの場所へ連れてきた理由を、うっかり忘れる所だった。
咄嗟に否定の言葉を口にするが、声が上擦ってしまったせいで我ながら説得力がないと思う。
「はあ?好きじゃないんだけど」
「百合漫画コーナーにいたくせに?」
「あ、あれはたまたまで…」
「よく言うよ。
核心的な言葉に頭を抱えてしまう。
大人気な百合漫画家の名前を出されてしまえば、それ以上否定の言葉が出てこなかった。
酷くか細い声で、降参の言葉を口にする。
「……何で知ってんの」
「だから、見かけるから」
「もしかして私を見かけたの今日が初めてじゃない?」
ピンク色の唇を持ち上げて、可愛らしい笑みを浮かべながら凪が首を縦に振った。
こうして正面からマジマジと顔を見ることは殆どないため、改めて彼女が天使のように美しいことを実感させられる。
「なんで黙ってたの」
「べつに」
ポテトを人差し指と親指で掴んでから、お裾分けをするように雪美のトレーに3本ほど乗せてくる。
お気持ちは有り難いが、生憎美味しくポテトを食べる気分にはなれなかった。
「じゃあなんで今日は声掛けたの」
「私も小鞠先生の漫画買いたかったから。けど、上村さんがいて邪魔だったからどいてほしくて声掛けたの」
美しいお顔から紡ぎ出される可愛げのない言葉に頬が引き攣ってしまう。
百合好き同士仲良くなりたくて声を掛けた、と嘘でも言おうとは思わないのだろうか。
「…上村さんって女の子が好きなの?」
「別にそういうんじゃなくて…ただ百合が好きで、可愛いなって… 」
「へえ……陽キャの代表みたいな風格してる上村さんが百合好きとか皆んな驚きそう」
すぐに言葉が思い浮かばず、黙り込んでしまう。
最悪の可能性を想定して、恐る恐る溢れ落とした声は酷く小さかった。
「……バラすつもり?」
「バラすなんて選択肢も思い浮かばなかったけど、いいねそれ」
「は?」
「バラされたくなかったら、明日もここに来て」
一体彼女が何を考えているのかちっとも分からない。
戸惑うこちらなんてお構いなしに、凪は酷く楽しげな様子だった。
「バラすつもりなかったんじゃないの?」
「なかったけど、良い手段だなって。上村さんのこと脅そうと思う」
「脅す宣言する奴なんか見たことないんだけど」
こんな状況だというのに、にっこりと笑う姿はあまりにも愛らし過ぎた。
学園中で可愛いと噂され、天使と称されている凪の笑みは破壊力抜群だ。
「人気者の上村さんの放課後、私に独占させてよ」
用は済んだとばかりに、鞄を引っ掴んで彼女が立ち上がる。
トレーに乗せられていたポテトは綺麗に完食されていてた。
「また明日、ここにちゃんと来てね」
美人というのは髪質までもが美しく、凪の長いロングヘアをジッと見つめていた。
角を曲がったことで彼女の背中が完全に見えなくなってから、そっと目線をテーブルへと移す。
「片付けしなよ……あ、そっか…初めて来たのか」
彼女の分のトレーを自分の分に重ねてから、一人で溜息を溢していた。
本当に何を考えているか分からない。
だけど去り際の凪の顔があまりにも可愛くて、脳裏には先程の彼女の姿がしっかりと焼き付いている。
「……本当美人って得だわ」
間違いなく、来海凪に見惚れていた。
同性から見ても美しい彼女に、気を抜けば意識を持っていかれそうになるのだ。
気分を落ち着かせようといちごシェイクを一気に飲めば、甘い味が口内へと広がっていく。
やはり疲れた時には甘いものが一番だと、気づけば追加でバニラ味のソフトクリームまで注文してしまっていた。
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