06話.[先にしやがった]

 学校にいるときはあくまで普通だった、テストのときに「へへ」とか言っていたら追い出されるから当たり前のことだが。

 数時間が経過しようと変わらない、いや、それどころかかなり真剣だ。

 これは目標を達成できるかもしれない、仮に達成できていなくても受け入れるつもりでいるが。

 ただ、あれはもう自分のために頑張っているようにしか見えなかった。

 きっかけはなんでもよかったんだろう、しっかり向き合うために理由が欲しかったというだけでしかない。

 もちろんそれでいい、だって俺に言うことを聞かせるためにいまも頑張っているのだとしたらアホかと言いたくなるから。

 というかあれだ、ちゃんと言うことを聞いているのにやっぱり一度も聞いてもらえていないように見えるから嫌なんだ。


「ふぅ」


 今日のところはとりあえず終わった、もうこれで解散だから早く帰って休んでおくのがいいだろう。

 テストが終わるまでは来ることはないみたいだし、学校に残っていても仕方がないというのもあった。


「待てよ」

「まだ終わっていないぞ?」

「いや、もう大丈夫だから言っておこうと思ってな」


 それなら聞くことにしよう。


「あ、やっぱり俺の家でいいか?」

「おう、俺は別に避けていたわけではないから」

「俺だってそうだよ、じゃあ帰ろう」


 一週間ぐらい一緒に帰っていなかったから懐かしさがすごかった。

 でも、やっぱり一平と話せると違うなと内で呟く。

 言ってしまえば普通の会話をしているだけなのに楽しい。


「今日はまだ緑も帰ってきていないから好都合だ、へへへ」

「あ、まだ出るんだな」

「あ、最近はなんか変なんだよ」


 自分で言ってくれるな、こっちは反応に困るから。

 ところで緑大好き人間が緑がいなくて好都合とはどういうことだろうか。

 極端な選択をするから邪魔をされたくないということなら、緑は止めようとするだろうから分からなくもない。


「ほい、オレンジジュースだ」

「ありがとう」

「で、だ、言いたいことを言うぞ」


 その前にと一口飲ませてもらった、長く時間をかけても意味がないからいいぞと言って彼の方を向く。


「目標を達成したら一日彼氏として付き合ってくれ」

「ん? 聞き間違いか?」

「へっ、言うと思ったぜ、だけど必要なことなんだ」

「聞き間違いじゃないのか、別にいいけどさ」


 必要なことなら仕方がない、それにあのときだっていいけどと受け入れたのは俺だからだ。

 ところでどういう風にすれば彼氏らしくなるのだろうか。

 相手が女子の場合ならそれなりに思い浮かぶが、残念ながら相手が同性の場合は出てこない。


「難しいことを要求しないでくれよ?」

「大丈夫だ、俺もなにが正解かなんて分かっていないからな」

「ははは、それじゃあ駄目だろ」

「いいんだよ、ちょっとそれで試したいんだ」

「そうか」


 話も終わったことだから休ませてもらおう。

 いつも真面目にやっていたから分からなくて手が止まるなんてことはなかったものの、やはり精神的に疲れることには変わらないから。


「このことは緑には内緒な」

「おう」

「よし、じゃあゆっくりしようぜ、こうして正秋とゆっくりできるのも久しぶりだ」


 正直に言わせてもらうとあと一日我慢できなかったのだろうかとぶつけたくなる。

 八十九点と言ったり中途半端なことが好きなのだろうか、あ、俺が中途半端な人間だから気に入ってくれているということか?

 もしそうなら微妙だが微妙ではないというところだった、だってそういう人間性だったからこそいてくれたことになるわけで。


「それでも最後まで油断しないようにしないとな、最後の最後で失敗しましたなんてことになったら自分を吹き飛ばしたくなるからな」

「別に達成できなくてもいいよ、これまで物凄く世話になってきたんだから」

「なにかを奢ってくれとかそういうことじゃないんだぞ? 同性なのに同性相手に彼氏として付き合ってくれって言っているんだぞ?」

「それだって満足できるならいいよ、あ、ただ照れずにやりきってくれよ」


 それとやめたくなったらちゃんと言ってほしい。

 仮にそうなっても別のことで動けばいいだろう、頑張ったのに結局なにもありませんでしたではやっていられないだろうからだ。


「しゅ、集中して休めなくなるからこの話は終わりな!」

「おう」

「っと、休む前に飯でも作るか」

「手伝うよ」

「い、いやいい、正秋は休んでいてくれ」


 ここでもか、どうして俺は作れないみたいな扱いをされてしまうのかという話だ。

 だけどまずは母に作れることを知ってもらわなければならないため、今日のところは文句も言わずに我慢することにした。

 俺だってできる、カレーとかそういう料理じゃなくてもだ。

 舐められたままでは嫌なので、俺はテストよりもそっちを頑張る必要があった。




「がっ!?」

「もしかして」

「達成できてない……だと!?」


 まあ平均九十点なんて簡単に取れるわけがない、学校によって全くレベルが変わってくるが大変なことには変わらない。


「じゃあ駄目だな……」

「いいだろ」

「正秋……」

「それでも今日はゆっくりとしよう」


 今日はすぐに帰りたい気分ではなかったから学校に残っていくことにした。

 あともう少しで冬休みだし、お別れというわけではないがのんびりするのも悪くはない。


「最近は緑とも話せていなかったから冬休みになったら家に行かせてもらうよ」

「緑はあれから余計に酷くなったな」

「そういうときもどかしいよな」

「ああ、ぴりぴりしているからなるべく離れることでなんとかしてるよ」


 公立受験があるのは三月だからまだまだそれと付き合うことになる、その期間にこちらが余計なことを言おうものなら大爆発だ。

 思春期というのもあるし、その喧嘩がきっかけで話せないようになるなんてこともあるかもしれない、緑といっても人間だからそうなる可能性はゼロではなかった。


「そうだ、正秋が一緒にいてやってくれよ」

「無理だろ……」

「いいからいいから、今日も飯を作ってやるから家に来いよ」


 はあ、こうなったらもう止まらないからどうしようもない。

 ご飯を食べさせてもらって、大体家に着いてから四時間ぐらいが経過したときに緑が帰宅した。

 でも、リビングには寄らずにとんとんとんと階段を上がっていってしまったわけだが……。


「部屋に行こう」

「嘘だよな?」

「いや、そろそろリセットしておきたいんだ」


 マジかよ、彼氏として付き合うことよりも大変なことだよ。

 怒鳴られたりしたらどうなるのか分からない、悪いのはこちらだから言い訳をすることもできないし……。

 それだというのにもう一度確認のために顔を見てみても「行こう」と言われてしまった。


「み、緑」

「え、き、来ていたんですね」


 あ、廊下から話しかけているだけで部屋の中に入っているわけではない。

 それでも別に不機嫌というわけではないみたいだった、俺からすればいつも通りの緑のように感じる。


「あの、話す場所は部屋じゃなくてもいいですか? い、いま汚いので」

「ああ、心配だったから来ただけなんだ」

「心配……ですか?」

「おう。とりあえず下に行っているから」


 戻ろうとしたタイミングで何故か一平は自分の部屋に入ってしまったので、仕方がなくひとりで一階に移動する。

 彼らの両親がいなければ移動は普通に緊張せずにできるからそのことで問題にはならない。


「最近は来ていなかったので他のお友達なのかと思って顔も出さずに部屋に移動したんです」

「一平が勉強に集中したかっただろうから邪魔しないためにそうしていたんだ」

「……じゃあお兄ちゃんのせいということですね」

「いやいや、俺が勝手にそうしていただけだから……」


 好きなのに悪く言ってしまうのは年頃だからか。

 本人にぶつけていないのであれば傷が入ったりしないからまだマシだが、家でどうしているのかは分からないから難しいことだった。


「でも、今日でテストも終わったわけですからまた来てくれますよね?」

「元々緑に会うために冬休みに行くつもりだったんだ」

「え、じゃあ今日以外はそれまで来てくれないんですか?」


 良かった、触れられずに済んだ、だが、最近は会えていなかったからと言い忘れてしまったから冷や汗が一気に出た。


「呼ばれれば行くけど」

「じゃあ毎日来てください、半日で終わるんですから」

「分かった」


 で、結局これは俺がいるからこその態度なのだろうか。

 我慢してそうしているようだったら解決には繋がらない、このままにはしておきたくないという考えが自分の中にはある。


「なあ、一平から最近は酷くなっているって聞いたんだけど」

「え、確かに不安ですけど十一月とかと変わりませんよ? あ、部屋にいる時間はお勉強をやるために増えていますけど」

「じゃあ不機嫌になっているとかは……」

「ないですね、というかお兄ちゃんがなんか避けてきますからね」


 気にしないで家に行って緑とは話しておけばよかったと後悔した。

 積極的に話しかけて邪魔をするような人間でもないんだからこれもなにをやっていたのかという話だと言える。


「ところでその勘違いお兄ちゃんはどこにいるんで――ああ、そこにいたんですか」

「な、なんで俺にも敬語なんだ?」


 って、いたのか、じゃあいまの話も聞いていたということだよな。

 本人から直接聞かない限りは「いや」とか言って受け入れなさそうだったから助かった、何度も同じ話をする必要はなくなったということだった。


「なんにもないのに避ける人間にはこれでいいんですよ」

「い、いや、だってすぐに部屋に……」

「はぁ、もう正秋さんにお兄ちゃんになってもらおうかな……」


 またか、構ってほしいなら素直に相手をしてほしいと頼めばいいのに何故かこうなってしまう。

 俺がいて恥ずかしいからそうしているということなら帰る、この兄妹にはずっと仲がいいままでいてほしいからだ。


「それはいいな! だってそれなら正秋が家にいるってことだろ?」

「正秋さん、兄のことよろしくお願いします」

「緑ー! って、なんにも移動してないじゃないか!」

「やっぱり前とは違うんだよなあ……」


 明るい状態なら彼らしいとしか言えなかった、変わると言っても声量とかそういうことだけでしかない。


「そうだ、これは内緒にしておこうと思っていたんだけどさ」

「お付き合いを始めたの?」

「そうだ! ……って、先に当てるなよ……」


 もう答えが出ているのに何度も計算しては絶望的といったような顔をしていた彼はいなかった、あと、何故かもう付き合い始めたことになっていたのだった。




「というわけで正秋君、これからどうしよっか」

「それはやめてくれ」

「……すぐに止めてくれて良かった、気持ちが悪くて吐きそうになっていたところだったからな」


 何故か昼集合でご飯を食べ終えたところだった。

 正直に言ってしまうと行きたいところなどはないため、そういうところも全部考えてほしいところだ。


「どうすれば恋人らしくなるんだ?」

「同性同士、しかも男子同士だから手を繋いだりはしないだろ。多分、ばれることは避けたいだろうから」

「じゃあ家とかでいちゃいちゃするってところか、い、いちゃいちゃってそれこそ抱きしめたりとかか?」

「別にそんなことはないだろ、普通に話したりする程度でいいと思う」


 見る人間によっては毎日離れずに一緒にいるだけでいちゃいちゃしているように見えると思う。

 だが、意識をすればするほど自然にはできなくなるからこれでは失敗しているのと同じだ。


「家、どっちにする?」

「俺の家でも一平の家でもどっちでもいいよ」

「じゃあまだ帰ってこないだろうから正秋の家にしよう」


 いきなり帰ってきたりするから彼の家の方がいい気がしたが、どっちでもいいと言ったのも確かだから頷いて移動を始めた。

 ただ、なにかを食べた後だから家に着いたら眠たくなってしまって……。


「っておい、なんか寝ようとしていないか?」

「悪い、眠たくなったんだ」


 ひとつ言い訳をしてもいいのならこれこそいつも通りということだ、どちらかが寝転んだりしながらも会話を続けて盛り上がるのが俺達流だ。

 だからおかしなことではない、寧ろ安心できているからこそ寝られるというものだろう。


「ま、目標は達成できなかったわけだからな、正秋がちょっとやる気がなくても仕方がないか」


 勘違いしているがいいみたいだから目を閉じた。

 今日は床に寝転んでいるだけなのにどうしてここまで心地がいいのか……って、テストが終わったことが間違いなく影響しているか。

 やらなければならないことが終わって、問題がないことが分かって、その状態でゆっくりしていたらこうなるに決まっている。


「よいしょっと、付き合っているならこういうこともするよな」

「え、するか?」

「そりゃするだろ、そういうことがしたくて付き合うんだろ?」

「なんだよその偏見、性行為がしたくて付き合う人間なんかほとんどいないだろ」


 好きになったその先でするだけでそのために付き合うのは……あるのか?

 結局これは俺がそうであってほしいというか、非モテ故の妄想や願望なのかもしれないから強くは言えないが。

 いやだってそのためだけに付き合うって寂しすぎだろ……。


「本当に付き合っていたら俺はくっついて甘えているぞ」

「なんで好きになると触れたくなるんだろうな」

「そりゃあれだろ、安心できるからだろ?」

「俺は一平や緑が近くにいてくれるだけで安心できるけど」


 だからこそこれまでだって少しマイナス思考気味の人間でも問題なくやってこられたんだ、いちいち触れなければ安心できないということならこうはなっていなかっただろうな。


「それとこれとは別だろ、自分へのご褒美みたいなもんだ」

「じゃあ俺にとってはこうして一平や緑と話せることがご褒美だな」


 最近はともかく、小学生のときは強くそう思っていた。

 小さいときから母は結構言葉で刺してくることが多かったから悪く言ってこないふたりの存在がありがたかったんだ。

 それにあのときは周りの目とか全く気になっていなかったから俺が緑みたいに彼にくっついていたわけだし……。


「……さっきからなんだよ、そう思っていたとしても緑は含まなくてもいいだろ」

「全部ではないけどはっきり言うって決めているから」

「全部言えよ、隠していることがあるのかよ」

「いや、特にないけど」


 プリンを買わせてもらったことだって家に着いたときに直接話したわけだから分かったことだろう、実は緑が不機嫌ではなかったということも彼の自宅で話していて彼も聞いていたから同じだ、そのため隠していることはいまはなにもない。


「優しいから好きなんだ、あ、優しくなければ好きじゃないのかとか言うのはなしだぞ。それ以外の緑や一平は知らないんだから」

「意地でもやめないし、なんなら緑の方を先にしやがった……」


 妹にまで嫉妬し始めるなんてあの頃は思わなかったな。

 また小さかった頃の話になるが、友達と盛り上がっている彼を見てこちらがその友達に嫉妬していたぐらいだったのに。

 あのときの俺に直接会えて直接言うことができたらどういう反応をするだろうか?


「いまは俺だけだろ、俺だけ見ろよ」

「約束通りちゃんとやりきってくれているな」

「演技じゃないぞ」


 最初は演技でもやっている内に集中しすぎてしまうということだろうか。

 昔はこんなことは絶対になかった、いまのとは違うが話しかけられても反応できないほど集中、なんてことはなかった。

 別に悪い変化というわけではないが、こっちはそこまでの熱量ではいられない。

 嫌というわけではない、ただなんかいまは違うというだけ……。


「……そんな顔をするなよ」


 俺の上からどいてこの前の俺みたいに反対を向いて寝転んだ。

 話しかける勇気はなかったから見えないようにこちらも反対を向いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る