04話.[いてもらいたい]

「落ち着け、俺は緑じゃないんだぞ」

「そんなの分かってる、だが、こうしないといけないんだ」


 理由を説明してくれたが全く意味が分からなかった。

 俺があの女子と仲良くするわけがない、ちょっと話した程度なのにどうしてそのような勘違いができるのかという話だった。

 緑が、それならまだ分からなくもないが、これまでまともに話したことすらない女子が相手なんだからな。


「そうでなくても不安になっているところに違う人間と仲良さそうに話している正秋を見たらこうなって当然だ」

「不安になっているって……」


 兄妹そっくりだ、いつもであればそうやって言うだけで終わるところだが……。


「雨も降っているから帰ろうぜ、今日は家に行くからさ」


 ある程度付き合っておけばこの変な状態も終わるだろう。

 まあそうしたら多分、冷静になったときに叫びたくなるだろうがこれも友のために言っているんだ。


「お、くくく」

「え?」


 情緒不安定だった、もしかしたら目の前にいるのは俺の知っている平嶋一平ではないのかもしれない――ということにしたいものの、残念ながらどこからどう見ても一平なんだよなあ、と。

 

「作戦成功だ! その言葉をずっと待っていたんだよ!」

「えぇ、それなら直接言えばいいだろ……」

「家に誘っても『いや』とかって躱されるに決まっているからな」


 前だって普通に受け入れて上がらせてもらったというのにまだまだそういうことについては信用してもらえていなかった、残念だ。

 とはいえ、変えられないことではないから受け入れたり自分から言うことでなんとかしようと決める。

 ちゃんと誘いを受け入れているのに全部断っているみたいな言い方をされるのはごめんだ、一平から言われるのが一番嫌だった。


「そうだ、今日はそのまま泊まれよ」

「じゃあ入浴まで済ませてから行くよ」

「は? ……その場合だと逃げそうだからやっぱりそっちに行くわ」

「別にいいけど」


 全く干渉してくる親ではないからお客側である一平としても楽だろう。

 緑が来てしまうかもしれない、彼の母が来てくれるかもしれないというそわそわ感と戦うぐらいなら自宅の方がいい、そう考えていたのだが、


「よし、終わったことだから俺の家に行こうぜ」


 泊まるためではなく監視するためにこっちに来たらしかった。

 別に逃げようとなんてしていないのに無駄なことをする、あとちゃんと言っておいてほしいところだ。

 ……ご飯を食べさせてもらったりとか風呂に入らせてもらったりするわけではないから大丈夫と片付けて外へ、相変わらず雨が降っているから濡れないように気をつけていただけであっという間に彼の家に着いてしまった。


「あ、やっぱり正秋さんといたんだ」

「って、今日は泊めると連絡しただろ?」

「そうだけど帰ってくるのが遅かったから」

「ああ、いままで逃げないか監視していたんだ」

「正秋さんは逃げないよ、ちゃんと誘えば付き合ってくれる人なんだから」


 断れないときもあるというだけだ、相手が緑であれば余計にそういうことになる。

 高校二年生なのに情けないよ、でも変えられないからずっとこのままだ。


「お兄ちゃんはお風呂に入ってきて、私は正秋さんといるから」

「おう、すぐ戻ってくるからな」


 リビングは嫌だぞと違う意味で震えていたら「それじゃあお兄ちゃんのお部屋に行きましょうか」と彼女は優しさを見せてくれた。

 この前内側でだけでも意地が悪いとか言ったことを謝罪する、本人はよく分からないとでも言いたげな顔だったが。


「正秋さんが泊まってくれるなんてと驚きました」

「そういう約束をしていたんだ」

「嬉しいです、でも、最近のお兄ちゃんはなんか変なんですよね」

「あ、やっぱりか? 学校でもすぐにマイナス発言をするんだ」

「え? あ、そういうことで変というわけでは……」


 待っていれば教えてもらえるだろうかと考えている間に部屋主が帰還、今回も教えてもらえることはなかった。


「『部屋に行ってるね」とか言ってから移動してくれよ……、真っ裸でリビングと客間を探す羽目になった」

「服くらい着てから探しなさい、そうでなくても寒いのが苦手なんだから」

「はい……」


 俺がいるから自宅でも普通ということだろうか、とはいえ帰るわけにもいかないからどうしようもない。

 それからすぐに忘れた方がいいと終わらせた、普通ならそれでいいからだ。

 おかしくなっている一平なんて見たくない、いつも通りの感じで「正秋」と近づいて来てくれるから好きなんだ。


「ほら、ちゃんと本人がいてくれているんだから言いなさい」

「……別にいいだろ、今日は楽しく過ごすんだ」

「抱え込んで暴れられても困るんですけど?」

「あ、暴れてなんかいない、ただ不安になっているだけだ」

「だから正秋さんがいてくれているんだから解消できるように手伝ってもらえばいいでしょうが」


 この兄妹ってすぐにふたりの世界を構築してこっちを蚊帳の外状態にするよな。

 余計にごちゃごちゃになりそうだから黙っておくが、一緒にいるときぐらいはなるべく減らしてもらいたいところだった。




「やっと寝たか」

「緑に意地悪するなよ」

「ちょっ、正秋に言われるのは傷つくわ……」


 俺もそうだが今日の一平は言い訳をしてばかりだった。

 ちなみに緑が眠たくなって部屋に戻るまでずっと同じようなやり取りをされていたから途中で帰ろうとしたぐらいだった。

 それぐらい俺の存在は薄かった、俺に関係することをずっと話していたはずなのにそういうことになる。


「それで?」

「……なんでも言わなければいけないというわけではないだろ」

「まあそうだけど、話すことで少しぐらいは楽になるんじゃないのか」

「俺も多分似たようなものだってだけだ!」


 緑とということならよく似ている兄妹だ、今更言われなくても分かっている。

 それ以外でなら思い浮かばない、俺とということなら似ているところなんて全くと言っていいほどない。

 いつもポジティブだったし、俺と違って人を引っ張れる人間だからだ。


「……俺も正秋にいてもらいたい」

「え、毎日一緒にいるよな?」

「多分、依存してる」

「違うよ、一平は優しいだけだ」


 他の友達を作っている彼と俺は違う、依存というのは完全に彼頼りな俺みたいな人間のことを言うのだろう。


「ただ、一平がその感じなら俺は安心できるな」


 彼はともかくこっちが言っていることはやばいことだった、他者が聞いていたら間違いなくアレな関係かと疑われているところだろう。

 でも、それと同じぐらいとまではいかなくても俺は実際に彼を求めているわけだから……。


「いてもらいたいは間違いだけどそう言ってもらえて嬉しいよ」


 そう言い切ってから気恥ずかしくなったから敷いてもらっていた布団に寝転んだ。

 反対側を向いて更に対策、恥ずかしがるぐらいなら言うなよという話だった。

 いやもう本当に俺が女子だったらって無理なことばかり考えてしまう。

 性別を間違えてしまった、女子なら間違いなく俺は彼にアピールをしていた。


「おいおい、言っておいて照れるなよ」

「恥ずかしくなったんだ……」

「そうやってはっきり言ってくれるところ、特に好きだぜ」

「……もう寝ようぜ、明日も学校だ」

「えー、はっきり言っておいて俺が言い返したらそれかよー」


 まだ雨が降っているから濡れて頭を冷やした方がいい気がする、で、実際に移動しようとしたら腕を掴まれて無理になった。

 き、きっかけを作っておいてあれだが雰囲気がやばい、このままここにいたらどうなるのか……。


「お兄ちゃん達うるさいよ……」

「いいところに来てくれたな!」

「は、はい!? きょ、今日は凄くハイテンションですね」

「緑もここで寝てくれ、お兄ちゃんと一緒のベッドでいいだろ?」

「別にいいですけど」


 よしっ、もう本当にありがとうっ。

 これなら寝不足状態で学校に行かなくて済む、今度絶対になにかを買わせてもらうことにしよう。


「ちゃんと布団掛かっているか?」

「うん、大丈夫だよ」

「そうか、あ、それとだな、さっき正秋がハイテンションだったのは俺が告白をしたからなんだ」


 あんまり間違っているとも言えないことだった。

 それは俺も同じこと、さて、緑はどのように反応をするのか。


「そうなんだ、じゃあお付き合いを始めたんだね」


 流石彼の妹だと褒めるべきところなのかもしれない、ではなく、何故か心配になってしまったという……。

 受験のことで不安になっているから「んなこたあどうでもいいんだよ」状態の可能性もありそうだが……。


「それがまだなんだ、正秋は答えずに逃げようとしてな……」

「あー、なんか想像できるよ」


 逃げようとしたことも事実だから言い訳をすることはできない。

 というかそれよりもだ、なんかこれだと兄妹で仲良くしているところにこそこそ入ってきたやべー奴にしか見えない。

 寝てしまえばいいかと目を閉じても会話が聞こえてきて無理だった。


「今日思ったんだけど正秋さんがお兄ちゃんでも楽しかっただろうなって」

「いい奴だからな」


 緑が妹か、先程のあれで完全に変わっているから俺としても楽しめただろうな。

 彼のときと違って小言なんかも増えるかもしれないが、そうやって言ってくれる存在というのはありがたいことだから損とはならない。


「うん、でも、お兄ちゃんも好きだからふたりがお兄ちゃんならいいな」

「「緑……」」

「あっ、正秋さんも起きていたんですね」

「盗み聞きして悪い」

「仕方がないですよ、それに隠すようなことでもないですからね」


 だけどなるべくそうならないようにもっと真剣に寝ることにした。

 喋るのは朝になってからでいい、邪魔をするべきではない。

 先程のあれがいいきっかけになったのかすぐに眠気がやってきてくれたのだった。




「寝たか」

「告白って本当?」

「いや、いてほしいと言っただけだよ」


 そんなことだと思った、だって本当に告白をしていたら私に頼んできたりはしないだろうから。

 だけどあの普段とは違うテンションを見るに、気恥ずかしかったのは本当のところという感じかな。


「私はそういうのもいいと思うよ」

「それはともかく、マジで近くにいないとお互いに駄目になるからな」

「お互いに、なんだ?」

「ああ」


 ただ、受験のことで不安になっているときにいちゃいちゃされるのもそれはそれで問題だった。

 いまは私とお兄ちゃんが喋ってばかりだけど、関係が変わったら相手をしてくれなくなるかもしれない。

 すぐに不安になるからなんとか種になりそうなきっかけを作らないようにしたいんだけど……。


「恥ずかしさとかはなかったな、逆に言えて良かったという感想だ」

「お兄ちゃんって天然なの? それとも意識してそうしているの?」

「気に入った相手にしかしない、だから天然というわけではないぞ」


 すぐに気に入って色々な人に言っていそうだった。

 今回みたいに相手が同性の人ならいいけど異性の場合は話が変わってくる、弄びたいわけではないんだろうけど気をつけなければならないところだ。


「お兄ちゃんが正秋さんとお付き合いを始めてくれればもっと正秋さんは来てくれるようになるよね、そうしたら絶対に楽しくなるよ」

「関係が変われば……まあ、そうだよな」


 しまった、こういうのはしつこく何度も言ってはいけない、静観しておくのが一番いい。

 それにすぐに矛盾することになってしまっていて恥ずかしかった。

 お兄ちゃんはよく周りが見えなくなって駄目だって言うけど、それは私も同じようなものだった。


「だけどそのために迷惑をかけるのは違うよな」

「ごめん、もう寝るよ」

「おう、おやすみ」


 なんとなく床で寝ている正秋さんの方を向いてみた。

 目が暗闇に慣れているとはいえ、正秋さんは向こうを向いてしまっているからどんな寝顔なのかは分からない。

 というかいまさらのことだけど、なんか変な状態だよね。

 ひとりで寝るのが怖くてお兄ちゃんの部屋で~ということは小さいときにあったけど、他に誰かがいるといわけではなかったから。


「お兄ちゃ――もう寝よ……」


 お弁当を作るために早く起きなければならないからしっかり朝まで寝て、ふたりより早く部屋から出た。

 その際にちょっと正秋さんの寝顔を見てみたけど、なんか可愛かった。

 なかなかこんな機会はないからね、それにこれから何回も不安な状態にさせられるかもしれないからこれぐらいでいい。


「おはよう」

「あれ、今日は早いね」

「ほら、正ちゃんが来ているでしょ? だからお弁当を作ろうと思って」

「私がやろうと思ったのに」

「まあまあ、たまにはやらせてよ」


 絶対に作りたいとかそういう風にこだわっているわけではないから顔なんかを洗ってからゆっくりしておくことにした。

 それにしてもお母さんってやけに正秋さんのことを気に入っているよなあ、正ちゃんとか呼んじゃっているしさ。


「ところで昨日はなにかあったの? 正ちゃんの大声が聞こえてきたけど」

「ああ、たまにはハイテンションになる日があるということだよ」


 ちなみにあれは少し残念だった、だってどうにかしたくて私を頼ってきただけだったからだ。

 なんにもない状態で一緒にいてくれと頼んでくれたら嬉しいかな、多分、そんなことは延々にないんだろうけど……。


「意外だね、いつもちょっと線を引いている感じだったから」

「そうだね、泊まってくれるとは私も思っていなかったわけだし」


 そろそろ起こそうか、お母さんがいてくれているとはいっても少し寂しい。

 それで部屋に戻ったら「おはよう」ともう起きていた正秋さんが挨拶してくれたものの、これもまた残念だった。


「正秋さんってやっぱりちょっぴり意地悪ですよね」

「直した方がいいか?」


 ……ここで「なんでだよ」とならないから調子が狂う、だからきっかけを作っておきながらこちらが慌てる羽目になるのだ。


「お兄ちゃん起きて!」

「寒っ!?」

「おお、いいリアクションだね」

「今日は緑か……」


 お兄ちゃんがいてくれて本当に良かった、だって複雑な気持ちとかそういうのは吹き飛ばせるからだ。

 残念ながら永続するというわけではないけど、朝とか夜にリセットできるのは大きいと言える。

 翌日に持ち込んだり、学校生活に持ち込んだりするともっと大変になるからこれからも元気良く近くにいてほしかった。


「緑、洗面所を借りてもいいか?」

「あ、どうぞ」


 って、別行動をする意味はないから追うことにした、まあでも監視をしたいわけではないから階段を下りたところで別れてリビングに戻る。


「一平ちゃんも朝から元気だね」

「お兄ちゃんはいつもあんな感じだよ」

「そっか――よし、できた」

「お疲れ様」

「ありがとう」


 だけどふたりが来ないから確認しに行ってみたら、


「もしかして入りづらかった……ですか?」


 リビングから出たすぐのところで正秋さんが立っていた。

 とはいえ、ずっと見られているのも緊張しただろうからと考えてのことで、意地悪をしたわけではないことは分かってほしい。


「そうだな、一平もまだだし」

「……すみません、だけどちょっと起こしてきますね」


 家族である私が起こす場合と、他の家の人である正秋さんが起こすのとではやっぱり違うのかもしれない、家族が相手の場合は甘えたくなるのかもしれなかった。


「お兄ちゃ――なんだ起きてるじゃん」


 それなら早く下りてきなさいよと言いたくなる。

 やっぱり最近は本調子ではないようだ、ただ他の人の心配をしている場合ではないということになる。

 中途半端になってしまっていて関係が微妙になっているからだ、まだまだ卒業まで時間があるから極端な行動も結局できないし……。


「ちょっと掃除をしていたんだ、いま行くよ」

「うん、正秋さんも待っているから」

「あ、早く行ってやらないとな」


 また困ったら話を聞いてもらうことにしよう。

 抱え込む人間性ではないからそこだけは安心してほしかった。

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