110作品目

Rinora

01話.[普通に美味しい]

「おはようございます」

「おはよう正ちゃん」


 本人から頼まれているから仕方がないことだった。

 それにあいつの母さんとはそれなりに話したことがあるから緊張はしない、が、こうして外で会ってしまうとなんだかなあという感じだ。


「あの」

「それがまだ寝ているの、悪いんだけど起こしてくれないかな」

「あ、分かりました」


 上がらせてもらって二階に移動する。


「あ、おはようございます」

「おはよう」

「お兄ちゃんはまだ寝ているのでよろしくお願いします」


 朝が苦手だから仕方がないという見方もできる。

 そこについて文句を言っていても仕方がないから気にせずに入って、そのまま気にせずに布団を取った。


「寒っ!? だ、誰だよ……って、正秋まさあきか」

「よう、目は覚めたか?」

「ああ、最悪な形でな」


 最悪な形だろうがなんだろうが起きてくれたのなら構わない。

 同性が着替えているところを見るような趣味はないから部屋をあとにしたうえに家からも出る。

 あまり他人の家の中にいるのはしたくないから仕方がない、そして朝から精神的に疲れたくはなかった。


「いつもありがとう、正ちゃんがいてくれて助かるよ」

「いえ、頼まれたからしているだけなので」


 冗談抜きで起こさないとぎりぎりになるからしているだけのことだった。

 毎日というわけでもないのも影響している、毎日だったら例え友達からの頼みであっても断っているだろうな。


「それでもだよ、本当なら女の子のために動きたいところなのにさ」

「別にそういうのは、はい」


 仲いい女子とかいないし、きっと失敗するだけだろうからこのままでいい。

 あいつさえいれば問題はない、あ、ずっと引っ付いているわけでもないからそれも大丈夫だ。


「そうだ、朝ご飯食べる?」

「食べてきたので大丈夫です」

「そう? それなら息子に早く行くように言うから待っててね」

「ゆっくりでいいですよ、今日は早めに出てきているので」


 なるべく早めにを意識している俺が普段より早く出ているわけだから急がせる必要は全くない、俺はこうして待っている時間も好きだから、というのもある。

 早く行ったって遅く行ったって始まる時間は変わらないわけだし、本当はぎりぎりに行く方がいいのかもしれなかった。


「寒い……、今年は早くねえか?」

「暑いよりいい」

「いやいや、夏の方がいいだろ」

「俺は、というだけだ」


 人によって得意だったり苦手だったりするのは当然のことだ、押し付けたところで意味はない。


「そうだ、今日はまだ早いから寄り道していこうぜ」

「どこに行くんだ?」

「あそこだよあそこ」


 ちょっとぐらいは付き合ってやろう。

 朝の雰囲気も好きだし、たまにはゆっくりするのも悪くはない。


「はあ~、やっぱりここはいいところだ」

「こうやって見ると俺らって高い場所に住んでいるよな」


 ここは朝より夜に来た方がいい場所だと言えた。

 ちょっとあれだが、キラキラしていて見ていて飽きない場所だから。

 信号が赤に変わったとかそういうことを話すだけでも楽しめる場所だった。


「立場的には違うけどな、はは」

「ドヤ顔で言うことじゃないだろ」


 まあ、上を目指そうともしていないからあまり偉そうには言えないが。

 とりあえず設置されているベンチに座って休憩する。


「あっちに行けばボールがどこかにいく心配もないからよく蹴り合っていたよな」

「部活、続ければよかったのに」

「理由を話しただろ、色々なところが痛くてやっていられねえって。それにどうせプロになんかなれねえし、それなら体を痛めてまでやるのは馬鹿だと思ってさ」

「残るからな」

「そっ、だから懐かしんでおくぐらいがいーのよ」


 懐かしむか、俺としては思い出したくないことだが。

 気分が滅入ることはやめて、もう一度ぎりぎりまで近づく。


「ここで一生を終えるのかな」


 働いて家に帰って休んで働いて、それを定年になるまでずっと繰り返すのか。

 ひとり暮らし……はする必要はないよな、ここにずっといるならそうだ。

 あ、でも、たまにこうしてこいつと昔の話なんかをして盛り上がれればいいか。


「別にそれでいいだろ、なにか不満でもあるのか?」

「なんとなくそう言いたくなっただけだ、そろそろ行こう」

「だな」


 って、こいつがずっとこうして友達のままでいてくれるかなんて分からないか。

 他県に行くかもしれないし、彼女とかを作って時間がなくなるかもしれない。

 先程も言ったように邪魔をするわけではないが、一緒にいられる前提でいるのは危険なのかもしれなかった。

 ただ、こいつだけがずっと近くにいてくれたから他の人間と仲良くやれている自分というのが想像できない、というところで。


「ぶは!? きゅ、急に止まるなよ」

「信号が赤だから」

「なるほど、じゃあ正秋だけが悪いわけじゃないな」

「つか、隣を歩けばいいだろ?」

「馬鹿、並んで歩いたら他の人に迷惑だろうが」


 確かにそうか、これは俺が悪かった。

 ごちゃごちゃ考えていても危ないだけだからやめておいた。




「で、思い切り空振りしてさ、滅茶苦茶恥ずかしかったわ」

「経験者だってそういうことはあるだろ」

「だけど俺は一応小学生の頃からやっているわけでな?」

「関係ない、ミスをするときだってあるだろ」


 違うグループだったから意識を向けている余裕がなかった。

 まあ、恥ずかしいと言っているわけだから俺が見ていなくてよかっただろうな。

 笑ったりは絶対にしないが、失敗をすると結構自分で悪く考えて自滅することがあるから尚更そう思う。

 もちろん同じようになるとは限らないものの、いつだってなんに対してだってポジティブにいられる人間は少ないだろうからだ。


「正秋って強いよな」

「どこが、俺が強いなら教室で弁当を食べているだろ」

「いやそれはあれだろ、俺と静かな教室で会話を楽しみながら食べたいからだろ?」


 賑やかな空間が苦手というわけではなかった、ご飯を食べているときぐらい静かな空間がいいとかそういうことでもなかった。

 なんか過ごしづらくて違う場所を探しているというだけだ、それ以上でもそれ以下でもない。


「っておい、なんで『違う』って言わないんだよ」

「俺は一平いっぺいといられる時間、好きだぞ」

「真顔で言うなよ……」


 笑みを浮かべながら言うというのも難しいから諦めてもらうしかない。

 気持ちが悪いということならもう言わないが、そうではないならちゃんと言っておいた方がいい気がする。

 昔、母から「表情で誤解されやすい子だから」と言われたのもあった。


「やっぱり弁当と言ったら卵焼きだよなー」

「美味しいよな」

「ただ、俺の家は結構面倒くさくてさ、醤油派、砂糖派、ソース派という風に別れているんだ」

「前もこの話になったときに教えてくれたぞ」


 多分、したい話がないんだと思う、で、気まずくならないように頑張ってくれているんだ。

 そういうところには感謝するしかない、一緒にいる相手がなにも喋られなかったら逃げたくもなるから。


「あ、そうだっけ? まあ、だから何味で作るかって結構揉めるんだよ」

「え、その相手の好みに合わせればいい話だろ?」

「それがさあ、押し付けようとしてくるんだよなー、こっちの方が美味しいからってよー」


 今朝の一平と同じか、いいからこそ勧めたくなるというやつか。

 悪意を持ってしているわけではないから意味はないと片付けるのは良くないのかもしれない。


「あとなにが大変って母さんとみどりが協力してやってくるということなんだよな、そのせいで俺と父さんの立場があの家では……、正秋にも体験してほしいよ」

「優しいから好きだぞ」

「さっきから簡単に好き好きって言い過ぎだろ、あのふたりの味方になってほしくないからやっぱり体験しなくていい」

「正しければ正しいと言うし、間違っていれば間違っていると言うぞ」


 何故か納得がいかないとでも言いたげな顔で黙ってしまった。


「まさか俺といてくれるのは緑が目的なのか?」

「ん?」

「緑が目的なのかと聞いているんだ」


 ああ、それなら簡単だ。


「俺の友達が一平だけだからだ」

「ほっ、緑を狙っているわけじゃなくて安心したぜ」


 唐突に訳の分からないことを言う人間性は昔から変わらない。

 彼らしいとも言えるからこのまま続けてもいいが、もう少し分かりやすく言ってほしいところだった。


「別に正秋だからというわけではないけど妹の彼氏が知っている友達だったら嫌だからそのままでいてくれ」

「早口だな」

「俺は緑の兄なんだぞと偉ぶれないからさ」


 どうなるのかなんて誰にも分からないから一応頷いておいた。

 食べ終えたから弁当箱を片付けて上を見る。

 こうしてぼうっとしていられる時間が好きだ、誰も来ないというのがいい。


「飴やるよ」

「何味なんだ?」

「レモン味だ、ほい」

「ありがとう」


 飴を口に含んでから目を閉じた。

 そうするとよりいっそうそれに集中できる、弁当の後でも普通に美味しい。

 飴などは自分で買ったりしないし、母も買わないということが影響していた。


「おーい、そんなに真剣に味わわれても……」

「好きな味だ」

「お? じゃあ明日も持ってくるよ、母さんがこれを凄く気に入っているから数には余裕があるんだ」

「気に入っているなら不味いだろ」

「大丈夫大丈夫、食べきれなくて俺らに束で渡してくるんだから」


 なにかひとつでもきっかけを作りたくないから止めておいた、俺には言わなくても息子である一平にならなにかを言う可能性はあるからだ。


「好きか嫌いかをはっきりとしてくれるから正秋の相手をするのは楽だ」

「皆そうだろ、はっきり言わない人間はいない」

「そうか? そうでもないと思うけどな」


 俺以外にも友達がいる彼が言っているのだからそれが正解なのかもしれない。

 俺は色々分かっていないところがあるのは事実だからそれ以上は言わなかった。

 押し付けになってしまうというのもある、なるべく矛盾と言われてしまうようなことはしたくなかった。




「あ、正秋さん」

「なんでこんなところにいるんだ?」


 校門のところで緑と遭遇した、こういうときに限って一平がいないから困る。

 頼まれたからって他の友達と過ごしている一平を連れてくることもできない。

 残念ながら俺はそんな人間だった、だからなんにも強くなどなかった。


「もう少しでお兄ちゃんのお誕生日なので」

「ああ、今年もか」


 そういえばそうだ、あっという間に近くまできてしまっていた。

 ちなみに去年も緑と一緒に誕生日プレゼントとして渡す物を探しにいった。


「一緒じゃなかったのは好都合です、いまから行きま――」

「正秋! やっぱり緑を狙っていたのか!?」


 何故かではないが残念ながら出てきてしまったみたいだ。

 友達と一緒にいるわけではなかった、元から長く話すつもりはなかったのかもな。


「女子トークなの、お兄ちゃんは邪魔しないで」

「そうよ、あなたは家でじっとしていなさい」

「「ちょっ」」

「変なことを言っていることには触れずに乗ってやったのに……」


 これには本当に傷ついた、穴を掘って入りたい気分だった。

 緑は「あ! ご、ごめんなさい」と謝ってくれたが、残念ながら兄の方は笑っているままだ。

 かなりの精神ダメージを受けて帰ろうとしたタイミングで「じょ、冗談だよ」と言われて足を止める。


「だが、このタイミングでこそこそ緑と出かける理由は……」

「はあ~、そろそろ誰かさんのお誕生日でしょ」


 話してしまった方がお互いにストレスを溜めなくて済むか。

 こっちとしては欲しい物を渡せるということになるからどちらでも構わなかった。


「おお! なるほどなるほど、そのためにだったのか!」

「もういいからお兄ちゃんも一緒に行こ」

「了解、いい物を選んでやるぜ」

「や、あなたのお誕生日なんですから欲しい物を言ってくれればそれでいいです」

「まあまあ、本人が選んではいけないなんて法律はないだろう?」


 楽しそうだな、こうなると付いていくだけでいいから楽になる。

 正直、それなりに関わっていても緑とふたりきりは避けたいところだった。

 馬鹿にしてくるからとかではない、ただただこちらの精神が弱いからだ。

 でも、兄が来てしまえばこうして完全に意識を向けるし、ちょいとシスコン気味な一平も緑にばかり意識を向けるから気にならない。

 そのおかげで帰りたいなんて気持ちにもならずに楽しめるから感謝しなかった。


「つかよー、正秋もよー、俺に言ってくれればいいだろー?」

「今度からは言うよ」

「えー! 協力者である正秋さんがそれじゃあ駄目じゃないですか!」

「でも、緑も楽になるだろ?」


 名前で呼んでいるのは本人に頼まれたからだった。

 彼女曰く「五年以上も一緒にいるのに名前で呼ばないなんてありえないですよ」ということらしい。


「楽とか大変とかそういうことじゃないんです、私はこうやってこそこそと行動をしてお兄ちゃんを喜ばせたいんです」

「緑……」

「それなのに自分のせいで台無しだよ! 正秋さんをこっそり呼び出せばよかった」


 連絡先を交換しているから不可能ではないが、俺としては彼女がそうしなくてよかったとしか言いようがない。


「まあまあ、俺はそうやって考えてくれているだけで嬉しいぞ」

「つまらない!」

「まあまあ」


 普通にいい兄だ、こんな感じだからこそ彼女も拘るんだ。

 まあでもこうなってしまったからにはもう仕方がない、いつまでも言っていたところで日が暮れてしまうだけだ。

 そのため、若干空気が読めない感が出ているが行こうぜと言わせてもらった。


「そうだな、選び終わってからでも遅くはないからな」

「ですね……」


 で、うーんうーんと悩むタイプではないから欲しいと言った物の中から買えそうな物を選んで会計を済ませた。

 誕生日プレゼントなら誕生日に、そんな拘りはないからもう渡してしまう。


「可愛げのある奴め、よしよしっ」

「やめろ」

「髪の毛がぐしゃぐしゃになるからか? 正秋も乙女だな」

「緑が羨ましそうな顔で見ているからだ」

「え、見ていませんけど……」


 緑は兄と違って乗っかってくれない意地悪な存在だった、もうなにかを言う度に失敗しそうだから黙っておくことにする。

 しかし、兄妹で楽しそうにしているところを黙って見ている野郎としてはなんか落ち着かないところだった。

 俺らは分かっていてもここに来ているお客が分かっているわけではない、人によっては俺のことをストーカー扱いなんてことにも……。


「これにするよ、これを見ているときが一番目がきらきらしていたから」

「そ、そんなことはないけどな」

「お兄ちゃんと正秋さんは外で待ってて」


 ここまできたら不効率すぎるからわざわざ別行動をしたりしなかった、そうしたら彼女のためにしたのに「意地悪ですね」と言われてしまったが。


「よし、用も済みましたから帰りましょうか」

「だな」


 学校でも言ったように賑やかな空間は好きだがなるべく長時間はいたくはない。

 だからあっさり終わらせてくれて助かった、これで今日も家で気持ち良く過ごせるというものだ。


「今日はこのまま家に来いよ」

「あ、俺か」

「当たり前だろ……」


 特に用事があるわけでもないし、彼らの両親は共働きでこの時間はいないから問題ないか。

 で、頷いたら何故かやたらと嬉しそうな顔をされてしまった、先程まで一緒にいたのにと言いたくなったが言わなかった。


「はあ~、やっぱり自宅が一番だな」

「だね~」

「それに家じゃないと中学生の緑とは話せないからな」

「今日みたいなことはめったにしないからね」


 そりゃそうだろう、家に帰れば会えるのだからそんなことをする意味がない。

 変な噂が出てもあれだし、会いたいのだとしてもそこまで待つべきだった。

 シスコン気味、ブラコン気味であったとしても自分達のためにもそうする必要があるというところで。


「というか、なんで正秋さんは正座で座っているんですか?」

「自分の家じゃないからだな」

「もっとくつろいでくださいよ、初めてというわけではないんですから」

「気にしなくていい、別に言われてしているわけではないんだから」

「それはそうですけど……」


 家でもたまにこうしているから苦にはならない。

 だから気にしないでゆっくりしてくれればよかった。

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