命知らずたち
エーリックの背後からイヴォーナが現れて、動けないマーシャルに駆け寄る。
「マーシャル!」
「エーリックと……逃げろと、言ったはずだ」
「そうしたかったんだけど、エーリックが聞かなくて」
「あのバカめ……」
マーシャルは忌々しげにつぶやくと、それっきり意識を失った。
「ちょっと、こんな所で寝ないでよ! ……もう!」
早く逃げ出さないと、広範囲に火の手が回って逃げ道が塞がれてしまう。イヴォーナは一度マーシャルの呼吸を確認して、小さく安堵の息をつくと、彼を背負って立ち上がった。
すぐにエーリックもイヴォーナを手伝いに駆け寄る。
「イヴォーナ、俺が後ろから支える」
「頼んだよ」
二人はマーシャルを運んで森の外へと逃げ出した。
炎は灰色の煙を上げて激しく燃え盛り、ダンパの森を焼く。森の浅い場所に留まっていたハンターたちも、炎の気配を感じ取って森の外に脱出する。
結局……地図を作成すれば報酬を支払うという話はなかったことになった。火災の報せを受けた役人からの一方的な下達で、誰も報酬を得られないまま、この一件は片づけられてしまう。火災について詳しい調査が行われる気配もなく、火元も放火犯も不明のまま。
すっかりやる気を失ったハンターたちは、足早にダンパの森から去っていく。
役人もガードもハンターたちも、全員さっさと王都に引き揚げた。残ったのはマーシャル、イヴォーナ、エーリックの三人と、ツェザールと彼の仲間の三人、合わせて六人だけ。
未だ目覚めないマーシャルを土の上に敷いた毛布の上に寝かせて、イヴォーナとエーリックは火を焚く。そこにツェザールと彼の仲間も合流した。
「彼の容体はどうなんだ?」
仲間に体を支えられながら問いかけてきたツェザールに、イヴォーナが答える。
「少なくとも命だけは助かるよ」
「すまなかった。彼に最大の敬意と感謝を」
「いいよ、そんなの。あいつが好きでやったことだから。どうしてもって言うなら、後で本人に直接言ってやって」
「ああ、そうしよう。私たちもここで待っていていいだろうか?」
「どうぞ、勝手に。何のもてなしもできないけど」
「ありがとう」
ツェザールと彼の仲間も、焚き火に加わって休憩する。皆して口数少なく静かに食事を分け合い、ただマーシャルの回復を祈って待つ。
そんな中でエーリックはジッと炎を見つめながら、目覚めたマーシャルに何と言われるだろうか気にしていた。確実に怒られるだろう。殴られるかも知れない。地図の報酬のことも言われるだろう。だが、後悔はしていない。彼自身、それだけは確かに言える。
「エーリック」
独りで考えを巡らせていたエーリックに、イヴォーナが声をかけた。エーリックが顔を上げて振り向くと、彼女は真剣な顔で言う。
「マーシャルは……気がついたらあれこれ言うだろうけど、気にしないで。アタシはあんたに感謝してる。ありがとう、マーシャルを助けてくれて」
「いいよ、そんな」
エーリックは照れ臭くなって目を伏せ、軽く首を横に振った。自分の行動を肯定してくれる人がいることは救いだ。これでマーシャルにこっぴどく怒られても、彼は自信を持っていられるだろう。
……マーシャルの寝顔は、まるで何も知らない子供のように安らかだった。
マーシャルは夕方になる前には目を覚ました。その頃にはダンパの森の火災も収まっており、煙も立たなくなっている。さすがに森を全焼させるほどの大火事にはならなかった。
意識を取り戻したマーシャルは、真っ先にエーリックに食ってかかった。
「エーリック!! この野郎、テメエが何をしたか……!」
それをイヴォーナが体を張って押しとどめる。
「やめなって! ツェザールも他の奴らもいるんだよ!」
「いいや、これだけは絶対に言わせてもらう!! この大バカ野郎めがッ!! どうして逃げなかった!!」
エーリックは視線を合わせずに答えた。
「理由は二つ。一つは……確かめたかった。悪魔が火を嫌うかどうか」
「何だと!?」
「ステンスタッドで俺だけ生き残った理由は、火がついた炭置き場の陰に隠れていたからだ……。恐れ知らずの悪魔でも、火にだけは近づこうとしなかった」
マーシャルは乱れた呼吸を落ち着けて、改めて問う。
「もう一つは?」
「仇を討ちたかった。村のみんなの」
重苦しい沈黙が場を支配した。
「もし火が効かなかったら、どうするつもりだった?」
「その時は……俺もマーシャルも死んでた」
「このガキ!! 少しは考えて行動しろ!」
その答えを聞いたマーシャルは怒りを再度燃え上がらせて、イヴォーナの制止を振り払い、エーリックを殴り飛ばす。
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