第1話 過去
土地神様を祀る神委神社を中心に発展した神委市。その西側に位置する神委市立神委高等学校に通う現在2年生の俺(神栖無人)は、「半年前の9月上旬」に一人の女子生徒と出会った。
その日から、
「呪い」は既に始まっていたのかもしれない。
⭐︎
一人の女子生徒が、校舎外に設置された青いベンチで座っていた。
それは夏休みが明けた直後、9月の出来事だった。
太陽が照り付ける。真夏日と同等の暑さにも関わらず、彼女は涼やかに白い肌を晒している。遠い天を仰ぎ見るその横顔は、作り物と云われても差し支えない。
半袖のカッターシャツと紺のスカートは、ここ神委高校の制服だ。
すらっと伸びる脚は、長い髪と同じく、黒に覆われている。
俺は、彼女の美しさに魅了されていた。
今は、昼休み。昼食を摂るという目的は、既に俺の頭には無い。
いつもの様にその場所へ行ってみれば、この世の者とは思えない程美麗な彼女が居たのだから、魅了されるのは必然であった。
体育館の壁に手を掛け、熱烈な視線を送っていた。
が、遂に彼女はそれを察知してしまった。
その横顔が此方を向き、大きな双眸は俺を捉える。
ピクリと胸が跳ねるのを感じて、即座に顔を背けた。だが、俺の眼だけは常に彼女へ向いてしまっている。それは、まるで一本の糸で繋がれた様に、視線を逸らす事は出来なかった。
この状況の打開策は、脳内が未知の感情に占拠された事により、思考する余裕すら与えられない。
最終的に、瞬きという生理現象に救われ、俺と彼女の繋がりは消失した。思考が急加速する。
俺はすぐに、この場から身を引いた。
体育館を背にして、大きく深呼吸をする。初めての経験だった。写真で切り取られたように、彼女の顔が頭から離れない。
これが俗に言う、一目惚れなのかも知れない。
もう一度深呼吸をした。胸に手を当てるまでもなく、大きな鼓動が全身に反響する。背中や頬に汗が滴るのが分かった。
程なくして俺は、何も握られていない手に違和感を覚える。下を見ると、コンクリートの地面に、花柄の包みが落ちてしまっていた。これは母親の作った弁当箱だ。
大袈裟にしゃがんで、手に取る。そして立ち上がった、その瞬間。
覗き込む大きな眼があった。
「っ!!??」
思わず飛び退いた。さらに追い討ちをかけるように脚が絡まり、硬いコンクリートに尻餅をついてしまう。痛みを感じる余裕はなかった。
「だ、大丈夫ですか? ……つ、捕まれ、ますか?」
あわあわした彼女は、夏服から伸びる腕を差し出している。指先から二の腕まで、男である俺とはまるで違う。細くて小さいが、健康的に肉付いており、過剰なまでに神聖で、焦点が合わなかった。
俺は彼女の好意を無下にしたくない、しかし彼女に触れるのは恐れ多い、その両方が思考を往復している。まるで天使と悪魔だ。
決心し、なんとか差し伸べられた手を握り返そうするが、俺の手は空を切る事となる。
何が起きたのか分からなかった。何度も瞬きをする。アガっていたのは確かだ。まさかとは思うが、彼女の手の位置を見誤ってしまったのだろうか。
既に手を伸ばす勇気は恥ずかしさへと変貌し、俺は自らの力で立ち上がった。
彼女が不安そうに俺を見つめている。
「……だ、大丈夫ですか? 脅かしてしまって、御免なさい。私も、遂驚いてしまったので……」
彼女が眼を伏せて言った。俺は悪びれそうにしている彼女に申し訳なくなり、力一杯口を開いた。
「こ、こちらこそ、すいません……まさか先客が居たとは知らずに」
彼女は上目遣いになって、「いえ」とだけ呟いた。吸い込まれそうな深い黒の双眸。2つ並んだ涙ボクロ。僅かに隆起した胸には、「葵」と記載された名札が付けられている。
知らない苗字だ。同級生には居ない。2年生、いや3年生の方があり得そうだ。
「……あ、あの」
彼女の声に背筋がピンッと立った。
「あ、あの!!」
「な、なんでしょうか……」
「よ、良ければそこのベンチで、2人でその……お、お喋り……とか、どうですか? 隣同士で……その……」
「……えっ!?」
「あ、いや、だから……」
彼女はもじもじとしている。眼を地面に伏せているものの、瞼の上からでも眼球が左右に往復しているのが見て取れる。
俺はそんな彼女に見惚れて、ただ「はい」とそう呟いた。
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