第25話【ゲームの世界の後片付けは誰がする?】

 武具屋の看板は、真っ二つに割れ、取り残された欠片が風に吹かれて揺れている。


 地面にばら撒かれた赤くて丸い果物が、アルターヴァルが撒き散らした体液に沈んでいた。


 王族馬車の後ろに積んでいた樽や木箱も蓋が壊れて転がり、金や銀に光る小物が路上に散らばっている。


 普通なら人々による争奪戦が勃発するところだ。しかし、アルターヴァルの異変に怖気づいたのであろう。


 静まらない恐怖が、卑しき欲望を押さえつけて動くこともできない様子である。


「これは……酷いな」


 足元にあるボサボサ髪の人形が、アルターヴァルの唾液と思われる液体まみれになって転がっていた。


 俺は、鎧の隙間に挟んでいたタオルを取り出す。誰かの愛した人形に取り憑いた粘着性のあるソレを拭き取ってやろうと思ったのだ。


「拭いてやるか……」


 俺は、しゃがみ込む。そして、自分の手が汚れないようにアルターヴァルの体液が付着してない人形の手先を摘むと、タオルで拭きはじめた。


「ありがとう。君のおかげで助かった。もしかして心を与えられたNPCかい? ともかく、この国の王子として礼を言うよ」


 俺は、先ほど拉致されそうになっていた男の子のことをすっかりと失念していたのだ。


 その男の子は、この国の王子を名乗った。安堵したように表情を和らげている。


 豪奢な服は、複数人の返り血で汚れていた。助けた俺をNPCであると思っている。疑いを持っていないようすである。


 何故なら、このゲー、いや世界には心を与えられたNPCがいるからだ。俺はどのような区分なのかは、聞いていないから分からない。


「あぁ、シャンスー。無事なのですね。良かったですわ」


 俺が返答に困っていると後ろから、賊どもに引きずり降ろされて殺害されそうになっていた女性が現れた。


「母上、ご無事だったのですね。良かった」


 シャンスーは、安堵の言葉を母親に伝えるも、表情に感情がこもっていなかった。まるで、本心は違うところにあるかのようだ。


「NPCか……どこの所属ですの?」


 シャンスーの母親の声色が、一転して冷たいものに変わる。その口調からは、NPCへの侮蔑を感じさせた。


「はい、エドガァ……ッ!?」


「母上、その態度は何ですか!? 命の恩人である彼に失礼ですよ」


 シャンスーが、俺の言葉を遮って語気を強めた。俺は、どうしたものかと声を押し殺す。


 激戦の後で疲労感もある中、親子喧嘩なんて見たくもない。はやく、この場から逃れたいなと周りを見回した。


「殿下、無事ですか!?」


 鎧の擦れる金属音が、荒れ果てた城下の一角に響き渡る。その音は、近づき怒号と殺意が入り混じった殺気を感じて、悪寒が走った。


「貴様っ!! 殿下の御前で膝をつけぬとは、どこのガラクタNPCかっ!! レイチャーム《隷属魔術》」


 騎士の一人が、馬上から俺に向けて手のひらを向ける。術式が浮かび上がると俺の足元を黒い霧がおおった。


「なんだ? これ?」


 嫌な感じはするが、痛くも痒くもない。傷ひとつついていない。俺を攻撃する目的で発動させたのだろうが、特にダメージは感じられない。


 さらに俺は、ガード《小範囲防御》も発動していないので、元からダメージがないのだろう。


「何者だ。なぜ、NPCに拘束魔術が通じない。殿下、お下がりください。ここで、始末します。取り囲み串刺しにしてくれる」


 数人の騎士たちが、馬から降りてロングソードを抜き放つ。銀色の煌めきが刃先から俺を睨み据えていた。


「待て、彼は命の恩人だ。剣を納めろっ!!」


 シャンスーの一喝に騎士たちは、剣を納めて姿勢を正す。子供とは言え、その語調には迫力がある。流石は、王子様といったところだ。


 騎士たちは、この世界の独特の敬礼をして微動だにもしない。しかし、騎士たちの目線は俺に向けられていて決して許されたわけではないことが分かる。


「非礼を謝るよ。いずれ、正式な御礼をさせて欲しい。改めて名前。そして、所属を聞いていいかな?」


 シャンスー以外の人間たちの疑惑の目を見ないようにして、俺は俯いて一呼吸おいた。


「エドガール主幹のNPCのお……──ゴホッ、あ……S63と申します。殿下の役に立てて光栄です……」


 俺は、危うく人間の時の本名を口にして慌てて言い直した。騎士の一人が、馭者の死体を乱暴に投げ下ろす。


 騎士たちは、無言で新たな馬を王族馬車につないで社内の血を拭き取りはじめた。


 俺は、手持ち無沙汰になり馬車に背を向けると、アルターヴァルとの戦闘で破壊された木片などを集める。


 手拭いで、路面に付着した緑色のヌルッとした体液を拭き取ったり、倒れた樽などを元の位置に戻す。


 俺は、こういうことをやり始めると止まらなくなる。手にした残骸などを一箇所に集めはじめた。


「僕は、君の名前を忘れない。S63。君のようなNPCを求めていたんだ」


 シャンスーの声が、俺の背中にぶつかった。例え、求めているのがNPCの俺であったとしても求められるのは嬉しい。


 ただ、騎士やシャンスーの母親の視線が妙に気になってしまう。反射的に何も言わず頭を下げてしまった。


 王子一行を乗せた王族馬車の車輪が動きはじめる。路面を擦れるたびに木片などが跳ね上がった。


 血なまぐさい死体が、数人折り重なる凄惨な場所を残して王族馬車は去っていった。


 残った騎士たちが、死体を重ねているのだ。彼らは、死んだのだろうか……


 まだ、この世界に関しては半信半疑な部分がある。しかし、それを騎士たちに尋ねるわけにもいかない。


 悪目立ちはしたくない。今更だと頭に言葉が浮かんだ。俺は、ため息をついて片付けの続きをする。


 町人たちが、遠巻きに俺や騎士たちを見て声をひそめて何かを話していた。


 どこの世界も自分たちを取り締まる立場にいるものは、嫌われるのだろう。


 アルターヴァルが、巻き散らかした体液の匂いも薄れはじめた頃。騎士たちは、死体袋を粗末な馬車へと乱暴に放り投げた。


 俺は、辺りの片付けも終わったので駐在所に帰ろうと路地裏を目指す。


「……シュウだな」


「えっ!?」


 路地裏から黒ずくめの男が現れた。俺の本名を知っているようだ。俺の戸惑いには、一瞥もくれずに

騎士たちが撤収していく様子を見届けるとこちらに向き直る。


「ついてこい」


 黒ずくめの男は、たった一言だけを言い放つと背を向ける。


(怪しい奴だな。ゲーム? の世界だから許される格好だよなぁ……)


 俺は、逡巡するも現状を打開する選択肢になるのではないかと思いつく。


 黒ずくめの怪しい男の後を追って路地裏へと足を踏み入れる。


 俺は、深呼吸をして男が消えた奥を見つめた。太陽も刺さない暗い道からは、手招きをするかのように闇が迫ってくる気配がした。


 第25話【ゲームの世界の後片付けは誰がする?】完。

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