第18話【ゲームの兵士による見回りは、意味がない】
案ずるより産むが易し。有名なことわざだ。
俺が、懸念していたことは起こらなかった。ヴィクトリアたちは、アルターヴァルを始末して、資料室前の廊下で動けなくなっていた俺を助けてくれたのだ。
俺は、十二支石と大盾のことは伏せて事情を説明した。都合の良いことに大盾は、いつの間に消失してしまっていたのだ。
誰かに盗られたわけでもないから、本当に神隠しのように消えたのである。
ヴィクトリアたちが、倒したモノよりも強力なアルターヴァルを単独で倒したことに疑問をもっているようすであった。
仕方のないことである。しかし、こちらも白々しいとは感じつつも事実だと訴える他ないのだ。
今、エドガールの執務室の前にいる。呼び出されるのを待っているのだ。見回りのNPCが、俺の前を通るたびに敬礼をする。
この世界には、感情があるNPCと、そうではないNPCがいる。俺の前を行ったり来たりしているモノは、後者だろう。
通路に響く、NPCの靴音。前を通るたびに起きる風は、生気を感じさせない。
窓の外は、鳥の囁きが聞こえてきそうなほど長閑としていて、木々がリズムをとるように揺れていた。
窓一枚へだてているだけなのに、この差はなんなのだろう。動と静の壁が、目の前にある。
(何と言い訳をしようかな……。あぁ報告か。とにかく、十二支石のことと大盾のことは秘密にする……。これは、確実に。でも、あのバケモノにどうやって勝てたことにすれば……)
俺は、天井を見つめる。昔のゲームは、どこかしらに欠陥があったものだ。ここには、それがない。
深呼吸をしてみる。ガサリと着せられた鎧が、揺れて金属音が耳を打つ。無味無臭の空気が、肺の中で沈んだ。
(リアルすぎる。ここは、リアルなんだろうか。ゲームの中なんだろうか。エドガールたちの言葉を信じるのなら、ゲームの中だ……。でも、それは彼らから見た世界じゃないか。俺は、彼らと違う。……シュウ……という名前を持ち。地球で生まれて…………)
「S63、入れ……」
執務室の中から、エドガールのこもった声が聞こえた。俺は、胸に手を当てて深呼吸をして「はいっ!!」と震えつつも大きな声で返事をした。
ドアノブを握る。もし、何もかも話せばどうなるのだろうか。エドガールやヴィクトリアを信じて。
いや、それだけはない。ありえない。そもそも、彼らは人間なのか。ゲームの登場人物、舞台装置のひとつではないのか? いずれにしても、今さら何を言ったところで無駄だ。
ドアノブを回して、扉を開けた。瞬間、目がくらんだ。
窓から差し込んでくる日差しだった。刑事ドラマでよくある尋問のシーンを思い出す。
嘘偽りを述べる男に向けられる光と怒り。
日差しは、急激に弱まってなくなった。目を瞬かせると、ヴィクトリアがカーテンを閉めてくれたようだ。
「失礼します」
真正面の机に座っているエドガールの厳しい表情が、俺を見据えていた。
──敬礼。そうだった。まずは、敬意を示さなければならない。
俺は、普通のNPCならばプログラミングされているであろう敬礼のやり方を思いだす。
右の拳を左肩につける。そして、頭を下げる……。これで間違いないはずだ。あとは、入室の理由を言う。
「え……と、アアア、アルターヴァル討伐の件を報告します。か、かなりの傷を負いましたが、前の戦いでお見せした肩代わりの──わざっ、ぃや、力による。えー、と、特殊な技をも、もちいまして、敵を殲滅いたしましたっ」
俺は、自分の声よりも心臓の鼓動のほうが大きいのではないかと、不安になり声が裏返ってしまう。
それを隠そうと、姿勢だけは良くする。何故か敬礼までしてしまう。NPCになっても、嘘が下手なところは人間のときのままである。
「父う……。いえ、エドガール主幹。S63の報告に嘘偽りはありません。私が聞いたとおりです。状況的には、報告に相違ないと。処理班から聞いています。報告書は提出済みです」
エドガールの隣に立つヴィクトリアの一言一言に威厳と自信が感じられた。俺とは、正反対だ。
処理班からの報告も、都合よく俺を後押しをしてくれている。俺は、エドガールにバレないように小さく息を吐く。
カーテンが閉まって薄暗くなった部屋は、目が慣れてきたのか気にならなくなっていた。
「上への報告には、王城内に出現したアルターヴァル2体は、ヴィクトリアが倒したこととする。S63、下がって良い。次の命令まで休んでいろ。ゆっくりと、な」
俺は、また敬礼をして「はいっ!!」と今度は堂々と言い放つ。回れ右をして、ドアへと一歩を進めた。
自分の手柄が、ヴィクトリアにとられたことは気にもならなかった。それよりは、この空気から解放されることが嬉しくて仕方がなかったのだ。
「お待ち下さい。主幹っ!! 私が倒したのは、一体のみですわッ! 虚偽の戦果など欲しくありませんッ!!」
静寂だった執務室に、ヴィクトリアの大声が響く。俺は、おどろいて、悲鳴をあげ尻もちをつく。
エドガールは、俺に早く退室するように命令する。俺は情けない声を出してドアに駆け寄った。
勢いよく部屋から出ると、ドアを閉め、大きく息を吐く。足がブルブルと震えだした。
どうにも、NPCの振りをしているときとは勝手が違う。エドガールたちの前では、上手く行かない。
ドアに縋りつきながら、息をととのえた。
部屋の中から声が聞こえる。激しい言い争いではない。お互いを信じあって喧嘩をしているように感じられた。そう、ただの親子喧嘩みたいに聞こえるのだ。
「親子喧嘩か……」
俺のフトコロが暖かくなる。それは、感傷ではなく十二支石によるものだ。
この石は、どこまで強くなるのだろう。十二支石の声は聞こえないが、この宝石が望んでいる気がするのだ。
強くなることを……
第18話【ゲームの兵士による見回りは、意味がない】完。
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