第15話【ゲームの図書館での出会い率は異常】

 髪をかきあげて、天井を見上げた。集中力がきれてしまった。しかし、読書済みの本は、たったの2冊。しかも、比較的に薄い本だ。


 読むたびに、色々と考えていたらページをめくるのに時間がかかってしまったのである。


 俺は、頭を振って深くため息をつく。


 いつからだろう。きっと生まれたときからだ。嘆息ばかりの生涯だった。


『せっかく』というのはおかしな表現であるが、せっかくNPCとして生まれ変わったのだ。


 悲しいため息は、終わりにしたいものである。俺は、机の上に突っ伏した。


 硬い木のテーブルが、額に当たって痛い。NPCでも、痛みは感じるようだ。


 自分は、NPCのフリをした人間なのだから当たり前のことである。


 少し休んで、十二支石とやらがどこにあるのか調べてみよう。


 魔法使いの少女が、持っていたこの石がすべてではない。全部で、十二個の支石がある。


 資料によると、すべてを集めればリュンヌ神と同じ力を有することができるらしい。


 リュンヌ神というのは、このリテリュス……。つまりは、ハイリアルで信仰されている神だ。


 いわゆる絶対神というやつで、そのようなものと同じ力を得るというのは……。


(宗教的には、アウトなんじゃないかな。だとしたら、リュンヌ教国が回収しているかもしれない)


 これが、最後の一個だったりするかも、と顔をあげて十二支石を窓の方に向けた。


 亥の刻印がされた支石は、日光を受けて怪しげに輝いている。


 この石が持つ力は、未知数だ。しかし、価値があることは分かる。歴史的に、宗教的に。


 リュンヌ教国が、血眼になって探していた場合、俺に火の粉が降りかかりそうな代物ではあるが。


 俺は、机に突っ伏したまま片手で読みかけていた「世界伝承発見」というタイトルの本のページを再びめくった。


 中身は、宗教譚だ。リュンヌ神の夢を見ただの、お言葉を頂戴しただの、と書かれている。


 リュンヌさまの『キセキ』を見たなどと羅列されていて、面白くもない。もっとも、信じる宗教が違うのだから当たり前だろう。


 しかし、伝説の武器や防具についても書かれているから、まだマシである。


(俺もこういう伝説に残る武器や防具を持つべきかな。所詮は、NPC。いずれは廃棄されるし、バグ扱いでデリートされるかもしれない……)


 本棚は、きれいに整頓されているしテーブルも汚れてはいない。


 俺が、使っているテーブルにも埃や塵ひとつない。ゲームの世界と考えれば当然なのだろう。


 しかし、この世界がゲームだとは思えない。誰かが、毎日のように掃除をしているということだ。


(掃除の人とかいないのかな。普通に司書とかも。読書する人もいない。誰もいないな……。俺の貸切りってわけでもないはずなんだけどな。ん?)


 海の匂いがする。ここは、資料……図書館だ。ありえないことだと、立ち上がった。


 俺は、館内を見回してみるが、本棚とテーブルくらいしか見えない。


 窓の外も、城内だけあって城壁くらいしか見えないのだ。海なんて存在しない。


 青空は、海に見えなくもないな、と哲学のような考えが浮かぶ。


 磯の香りが、強くなってきた。臭いが近づいてくる感じだ。悪寒がした。寒気が背筋をなでる。


 何かを引きずるような音が聞こえてきた。この臭いと感覚には、覚えがある。


 奥から二番目の本棚から、大きな物体が現れた。大きな口を開き、隆起した顔面には目が見えない。


 真っ白で長い巨体から、足が4本生えている。ワニのようなクジラのような見た目のバケモノ。


 地下牢獄で、何人ものGMナイツを喰い殺したモンスターである。


 アルターヴァルと呼ばれていた。


 あのときは、エドガールとヴィクトリアがいたから勝てたようなものだ。


(逃げるか……。モグラと違ってこの剣では倒せない。NPCになったからって強くなったわけでもないし……)


 しかし、それは無理なことだと理解した。


 出口は、一か所しかない。そう。アルターヴァルが現れた本棚の裏の奥にある。


 窓ガラスを破って、城外に飛び降りるという手もあるけど……。


 NPCって復活はできるのか。そもそも、復活や不死性などゲームの世界って前提の話だ。


 腐臭を放つクジラのバケモノは、ゆっくりと近づきつつある。逃げるという選択はできない。


 戦っても勝ち目はないだろう。いや、まずは報告だ。報連相というやつである。


 アルターヴァルは、決してはやくはない。ゆっくりと尻尾を引きずりながら、近づいている。


 大丈夫だ。報告して、助けを求める時間は十分にある。助力を願ってから逃げればいい。


(落ち着け、とにかくエドガールに報告を……)


 俺は、NPCになって覚えた情報魔術のひとつ。レポート【報告】を唱える。


 唱えると言っても特別な詠唱は必要ない。下級魔術は、詠唱を必要としないのだ。


 突如、警報が鳴り響いた。地下牢獄で聞いたのと同じ警告音だ。


『警告、警告。イストワール城城内にアルターヴァルの出現を感知。アルターヴァルの出現を感知。当該区画は、資料館。GMナイツは、ただちに迎撃せよ。クラスは不明。繰り返す……』


 けたたましい警報が、館内に響いた。静けさを良しとする場所にあるまじき音だ。


 俺は、ロングソードを抜いて構える。モグラには、効果はあるが、クジラのバケモノにはない。ただのナマクラである。


「やるしかない。援軍がくるまでの我慢だ……いくぞっ!!」


(シュ……。いや、S63聞こえるか? 今もまだ、資料館にいるのか?)


 エドガールの声だ。頭の中に直接聞こえてきた。レポートの魔術だ。返事をしなければ……


 アルターヴァルは、前足を振り上げた。俺は、剣を盾代わりにして攻撃を防ぐ。


「ガード【小範囲防御】」


 重撃に耐えきれずに、吹き飛ばされた。


 俺は、本棚に激突する。ガードの効果により、対して痛くはなかったが。


 アルターヴァルは、間髪をいれずに大口を開く。


 ヌラヌラとベットリと湿り、つやめく喉奥から光弾を何発も放ってきた。


 俺は、剣にガードをまとわせつつ光弾を切り払っていくが、数が多い。


 何発か命中弾をもらって、吹き飛ばされた。まだ、ガードの効果が残っていて痛みはない。


 ただ、確実に……


 アルターヴァルは、気味の悪い咆哮をあげると滑るように突進してくる。


「くそ……。ガー──、がわぁぁあぅ!! ぐぅがッ!!」


 強い衝撃とともに、視界が真っ白に。大きな音ともに背中から突き上げる痛みが。


 手に力が入らない。ぼやけた視界にクジラのバケモノが、ロングソードを喰らっていた。


 まるで、スナック菓子のようにバリバリと音を立てて咀嚼している。


 立ち上がることもできない。一撃で、瀕死の状態まで追い詰められたというのか。


 強い、圧倒的に強い。


 やはり、ひとりで勝てる相手ではない。どうすればいい、とまだ動く脳みそを使う。


(ヴィクトリアと精鋭を援軍に向かわせている。まともに戦わないことだ。この前の騎士級よりも上位のアルターヴァルだ……)


 エドガールの口調からは、嘘をついているという感じはしない。


 だとしたら、絶望。


「グギャグギャグギャ、ギァギァギァ」


 笑っている。そう思った。アルターヴァルは、笑っているのだ。


 捕食することしか考えていないはずのバケモノが、嘲笑っているのである。追い詰めた獲物を前に。


 怖いと感じた。恐怖を感じたのだ。


 今ならば、ガードを使って耐えきることもできるかもしれない。


 そのうちには、援軍もくるはずで助かる可能性だってあるのだ。


 アルターヴァルは、がま口のような巨大な口腔を近づけてくる。俺の片足の直ぐ側まで近づいてくる。


(何をしてるんだ。なんで、笑っているんだ。俺を痛めつけて……喜んでいる? 怖い……。こんなバケモノが……。か、体が動かない)


 俺は、自分を責めた。NPCなんかになったって本質は変わらない。何も変わってない。


 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。


 死ぬのはいい。でも、痛めつけられながら、ゆっくりと殺されるのは。恐怖でしかない。。


 アルターヴァルは、口の中からさきほど食した剣の残骸を取り出した。


 粘液がしたたる剣を俺に向かって放り投げる。金属音とともに、生物が腐った臭いがした。


「ギャーァ、ギャーァ、グギャグギャグギャ?」


 胃が絞り上げられ、酸味が喉から口を圧迫した。飲み込もうとするが、何度も逆流する。


 嗚咽する俺を、クジラのバケモノは嘲笑っているようだ。心の底まで破るような奇声を発している。


 今からお前がどうなるか、とでも言いたいのだろう。そうして、恐怖をあおる。


 知性があるバケモノなど、戦慄以外の何物でもない。


(どうしたら……。はやくきてくれ……。助けて、く、来るなぁ!!)


 俺は、首を左右に振って動かせる部分を必死に動かした。


 懐にしまっていた十二支石。亥の文字が書かれた宝玉が、手元に落ちていく。


 アルターヴァルの動きが止まった。十二支石が、明滅を繰り返している。


(我、汝を見る。汝、我を見る)


 声が聞こえた。エドガールの手下だろうか、それとも……


 いや、違う。声は、俺に対して繰り返し同じことを伝えてくる。


 我、汝を見る。汝、我を見る、と。


 第15話【ゲームの図書館での出会い率は異常】完。

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