第14話【ゲームの図書室の本は、ほとんど読めない】
初任務から3日がたった。
助けた少女も、そのペットのサルも、どうなったのかわからない。
しかしながら、エドガールに聞くということはしなかった。
何故なら、NPCが気にすることではないからだ。いや、変な警戒心を抱かれることを恐れたのである。
今は、従順なNPCを演じるという態度を見せるべきだろう。
もちろん、エドガールとその娘のヴィクトリアは、俺が人間なのを知っている。誤魔化すことに意味などないけれど、それでもだ。
夜明けの太陽とともに、俺の一日が始まる。特命がない限りは、決まった場所を徘徊。
いわゆるゲームの村人だ。これになんの意味があるのか、ただの習性みたいなものだろうか。
ひがな一日、指定された場所を周回する。不審者がいれば尋問し、プレイヤーに話しかけられたら『ここは、〇〇の〇〇』だと答える。
かなり退屈な任務だ。
俺は、純粋なNPCではない。だからなのか、エドガールから特別に自由時間が設けられていた。息抜きのつもりなのだろう。
エドガール直属のNPCなので、徘徊場所の指定もある程度自由が効くのだそうだ。だからこそ、平常心を保てていた。
ただし、任務でもない限りは、この城からは出ることができない。
イストワール王国の王都メモワールを眼下に治める赤く大きな主塔のある城。
俺が歩ける場所は、とても狭いのだが。
エドガールに頼んで、今日の徘徊場所を資料館にしてもらった。
表向きは、この世界の事を知るためだ。NPCとはいえ、無知のままではいられない。
NPCたちは、ある程度の知識を持った状態で作成されているのだ。
俺は、ガワだけがNPCとなった。それ故に、この世界の知識が欠如している。
俺の提案を怪しむことなく、エドガールは快諾した。
資料館の端の席。朝の陽光が差し込む窓際のテーブルに本を重ねて、数時間……
乾燥した紙の匂いにも慣れ、まぶたが重くなってきた。視界が何度か真っ暗になったが、何とか文章を追いかけている。
(ゲームの世界の割に、宝石やただの石ころまで。辞典だけで何冊にもなるんだな……。うーん)
俺は、あの仇討ちと因縁をつけてきた魔法使いの少女が、持っていた宝石を見つめる。
?
謎の文様の入った宝石。
その正体を調べるために、資料館への配置を願い出たのだ。
当然、カモフラージュのために「神話」や「歴史」の本なども本棚から運んできた。
誰が見ているか、分からないからである。
ハイリアルというのは、いわゆる仮想現実の世界なのだそうだ。
俺が、そう確信しているわけではない。
ハイリアルに住む現地人が、そのように言っているだけだ。
リアルに見えるすべてが、偽物。ただのデータなのであろう。
(似たようなものは、いくらでもあるけどなぁ。この文様は……)
俺は、手に持った件の宝石を見つめる。微かな明滅は、まるで脈拍のように感じられた。
生命が宿っているようだ。
俺は、腕にはめられた腕輪に目を移した。「S63」と書かれているシンプルな作りだ。
S63とは、NPCとしての俺の名前だ。シュウという名前は、もはや過去のものになった。
大きく息を吐いて、頭を振る。
(……とにかく、この石もそうだけど。この世界の事もよく調べないとな。エドガールや周りのやつも……)
俺は、宝石辞典を閉じるとリテリュスの歴史や神話が書かれた本を手に取る。
資料館には、不気味な静寂につつまれていた。誰もいないのだ。
プレイヤーも。NPCすらも。無論、監視の目はあるだろうが。
資料館は、王城の中にある施設だ。一般のプレイヤーは、入ってこれない。
だからといって、NPCのための施設というわけでもない。
彼らに知識は必要ないからだ。
では何故、この資料館は作られたのだろうか。誰のために、なんの目的でという疑問が浮かぶ。
静まり返った本の墓場のような場所には、疑問に答えるものはいない。
本を読むには、これ以上ない環境と言える。
しかしながら、手に持った本のページをめくる気にはならないのだ。
窓の外には、青空が広がっていて窓から差し込む日差しは暖かである。
これが、仮想現実の世界。ハイリアルの名前は伊達ではない。
俺は、テーブルの上の本をずらした。
(ここで、昼寝でもしたら気持ちいいかも……。エドガールたちを信用できなくても、今の俺の立場を考えたらなぁ)
無知でいたほうが、楽なこともある。そんな気持ちが頭に浮かんできた。
騙されていたとしても、駒として扱われたとしても、そのほうが楽な場合もある。
腕を枕にして、テーブルの上に顔を伏せる。
不意に何かが落ちる音が聞こえた。俺は、顔を上げて音のした場所を確認する。
それは、魔術関連の書物だと思う。確信を持てなかったのは、この本の表題のせいだ。
解読不能な文字の羅列が、いかにも魔術書のようだった。
気になって、思わず手にした本である。
俺は、地面に落ちた本に手を伸ばす。ぎりぎり届かずに、喉の奥を唸らせた。
立ち上がって、落ちた本を掴むと椅子に座る。なんとなく、本を開いてみた。
石だ。
ヒエログリフのような文字の彫られた石が、描かれているのである。
俺は、見比べるために例の文様の入った宝石を本の上に置いた。
(似てるな……。それに、これって……。本の文字が透けて見えるけど。あっ!?)
文様の入った宝石は、ルーペのように本に書かれた文字を拡大させている。
不思議なことだ。
読めなかった文字が、文様の入った宝石を通して読めるような文字になった。
(十二支石……。干支のことか? それぞれにリュンヌ神の侍従の力を宿す?)
あのモグラ階級の賊に拉致されかけた魔法使いの少女。
この世界に来たばかりの俺を姉の仇と言った娘が、持っていたこの宝石。
神話の時代、リュンヌ神の身の回りを守った石獣を封印した星石だと本には書かれていた。
資格のあるものが、この十二支石を所持すれば力が与えられるという。
人間に無限の可能性を与える。
(この宝石……。猪を封じたとかいう石に似てるな……。確か干支にも猪がいたよな)
本には、十二個の石が描かれていて、その下にそれぞれの名前が書かれていた。
リュンヌ・ナクシャート【星の石獣】
そのように総称される文様の入った石。
改めて見てみると、文様は崩し文字に見える。それぞれの干支の漢字を崩したような文字に。
俺の持つ『猪』の崩し文字が刻印された宝石は、何かを訴えるように光る。
資料館は、相変わらず気味の悪い雰囲気に包まれていた。
誰もいない箱庭のような空間には、よそよそしく冷たい空気が流れている。
俺の目には、本に描かれた十二の石がこちらを見ているように感じられた。
まるで、夜空の星のように輝いて見えるのである。
第14話【ゲームの図書室の本は、ほとんど読めない】完。
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