第12話【ゲームの雄叫びは、死亡フラグ】
見上げた視線の先、建物に遮られた夜空。腐りきった地上を見下ろす蒼き月が、ふわりと浮かぶ。
その表情は、計り知れず澄んでいて地上の汚れなど知る由もない純血の女王然としている感じられる。
俺は、一呼吸。
この路地裏は、GMナイツのNPCたちによって攻囲されている。
万が一にも逃がす心配はない。ゲートを使われない限りは。
俺が、向かう先にいる相手は、ゲートを開けるモグラたちだ。
敵を逃がさずに『捕縛或いは殺害』が、勝利の最低条件である。
他のモグラもゲートを開く力もしくは、アイテムを持っているのだろうか。
ゲートを開くための術式を展開できるのは、一部のものだという情報がある。
情報に絶対はない。
やはり、全てのモグラを制圧すべきだ。それは、一撃さえ与えれば難しくはない。
この、ヴァシュに対して絶対的な効力を持つ魔術武器があれば……
フード付きコートを着用した魔術士のような男が、地面に何かを書きはじめた。
指先が地面をなぞるたびに、光の筋が浮かび上がっている。
まるで、踊るように揺れる魔術の線に目を奪われてしまいそうになった。
ゲートを作り出すための術式だろう。他の2人は、周辺の警戒をしている。
ただ、死体袋のようなものを持つ男は、疲労している様子だ。
座り込んでいて身動きが取れない状態。
右手に死体袋。左手には、ぐったりと項垂れた猿の首を掴んでいる状態である。
警戒すべきは、ゲートの前を守る男だけでいい。この男が戦闘態勢に入る前に。
俺は、反対側の廃棄された箱の残骸に向けて拳ほどの大きさの石を投げた。
残骸が、音をたてて崩れ落ちる一瞬。
俺は、隠れていた木箱から飛び出して。
ゲートの前で、魔術の詠唱をする魔術風の男を斬り裂いた。
剣が光の咆哮をあげて、ヴァシュを持つ生物の意識を奪う。
というよりは、吸い取っているように感じる。危険だと、俺の中で嫌悪感が叫んでいる。
この剣について、エドガールから詳しい説明はなかった。
話さない理由は、機密情報だからではないと思う。エドガールすらも分からないからだろう。
それほど、リアル世界からの情報は遮断されているのである。
俺は、迫りくる殺意に背筋をこわばらせた。
俺の存在に気づいたモグラの一人が、薄緑色に輝く拳で殴りかかってくる。
遠距離から攻撃をしてくるタイプの敵なら、接近するまでに攻撃にさらされる恐怖がある。
その場合は、奇襲攻撃で対処すべきだ。
ならば、襲い来る拳闘士には、どうすべきだろう。奇策を用いて、足を止める。
俺は、斬り伏せた魔術風の男を盾にするために持ち上げる。
そのまま、拳を構えて雄叫びをあげているモグラに投げつけた。
NPCには、人間と同じ感情が与えられている。頭の──心の中を誰かの言葉が横切っていく。
大嘘だ。
魔術風の男は、土台を失ったフィギュアのように力なく倒れた。
殴りかかってきた男は、距離を取ると怨嗟の言葉を吐き捨ててくる。
俺は、返事をする代わりに魔術が込められたアイテムを取り出した。
「大人しくしろ。ハイリアルで、違法なログインを行うモグラを捕えにきた。武器を捨て、目の前にいるNPCに投降せよ」
俺は、一言も喋ることを許可されていない。投降を呼びかける声は、GMナイツのものだ。
ただの録音魔術。
虫けらを踏み潰すような感覚か………
「ふん、まるで逃げ出した病原体に対する態度だな。俺たちとは、NPCを使わなければ対することもできないのか?」
「……」
答えはない。害虫にかける言葉は、用意されたこの投降命令だけだ。
拳闘士風の男は、憤怒の形相でこちらを睨みつける。
「ふざけるな。ただのデータの集合体に捕縛させるだと……。俺たちは、人間だ。いや、俺たちこそが人間なんだよ」
拳闘士風の男の拳が、再び瑞々しい緑に染まる。活力を感じる色だ。
エネルギーの揺らめきに、草原が揺れているさまを思い出した。
禁則事項ではあるが、モグラたちの考えを知る機会はそうない。
「なら、その死体袋の中身は何だ? それにその猿は? 死んでいるのではないのか?」
俺は、剣のグリップに力を込めて答えを待った。禁を破っても聞いてみたかった。
リアルやハイリアルで、モグラと呼称される人間とは何なのだろうかと。
「ほお、俺たちに興味があるのか? プログラムの分際で。その疑問も感情も作られたモノなんだよ。人間様によってな?」
答えになっていない。死体袋に入っているのは人間ではないのか。
それとも、別の何かが入っているのか。
「薄気味悪いNPCだ。破壊してやる。おい、ラムタ。術式はまだ生きてる。その袋と猿を連れて帰還しろ。それは、人類のための大いなる一歩だ」
拳闘士の顔に青筋が浮かぶ、額には汗が月光を反射していた。
魂の輝きという言葉が、頭の中を電撃のように過ぎ去っていく。
ラムタと呼ばれたモグラは、口を震わせて立ち上がる。
持ち上げられた死体袋が、だらりとラムダの腕の中でくの字を描いていた。
生々しい動きだ。あの死体袋に入っているのは、文字通りのものなのだろう。
覚悟を決めたのか、拳闘士は雄叫びを上げた。絶叫は、拳の緑帯を大きくする。
踏み込みからの突撃。
拳闘士は、右腕を引いて何やら叫んだ。新緑の狼を拳に宿している。
俺は、剣をゆっくりと魔獣の如き男に向けた。
「そんなモン、砕いてやる。ウォぉぉぉぉ!!」
拳闘士の激昂は、冷徹な剣先によって消滅した。代わりに俺を襲うのは、無力感。
剣は拳闘士の持つヴァシュに反応して、その輝きを喰らう。
剣先に触れた拳闘士は、一言も発することなく倒れた。怒りの眼球は、蒼き月に向けて真っ白になる。
支えを失った案山子のように、地面に伏した。
「もう一度、聞く。大人しく投降しろ。ゲートで逃げることは……。もはや、叶わない」
「あぁ、何だ。アニキたちが……一瞬で。何をしたんだ」
一瞬のこと。瀑布のような勢いは、この冷徹な金属によって、ただの雫になったのだ。
疑問しかないだろう。しかしながら、その理由を答えられるものは、ハイリアルにはいない。
「これで、任務達成か……」
俺は、剣を構えてラムタに近づいた。死体袋を持つ腕が震えている。
俺の靴音が、ゴミ山に響く。
近づくたびに、死体袋を見つめるモグラの目つきが、とろとろと怪しく揺れた。
「これを見やがれ。この女が、誰かわかるよな?」
ラムタは、死体袋の一部を開けて俺に見せた。青白い月のような顔が、見える。
規律正しく均整のとれた美しい顔立ち。ただ、その瞳は色を失っていた。
色を塗られていない蝋人形のようだ。だが、その顔には見覚えがある。
それに……。
苦悶を浮かべたままで、動かない猿。
俺が、このハイリアルに来たときに襲ってきた女性と猿だ。
俺のことを誰かの仇だとか、勘違いをしていたのを思い出した。
その顔を見て、あのときの恥辱がよみがえる。全裸での逃走劇とその結末が。
心臓が跳ね上がり、痛みと熱さ。呼吸も焼けて、恐怖で疾走したあの町並みと人々の視線。
「この娘は、リアルの重鎮。その実子だ。リアルでは捕獲なんてできなかったなぁ。ハイリアルでは、おびき寄せるのは簡単だったよ。姉の敵討ちだったか」
ラムタは、懐からダガーを取り出して女性の首にあてがった。
「NPC、お前では話にならん。この女の顔をお前たちの御主人様に見せてやれ。殺されたくなければ、俺をゲートまで見送れとな」
GMナイツからの返答はない。凶賊の発言を受けて、女性の身元を調べているのだろうか。
今、ここでラムタを斬り捨てるか。女性は、殺害されるかもしれない。
しかし人類のための一歩とやらは、阻止することができる。
俺の頭にコール音が反響する。俺にしか聞こえない音。
緊急の指令だ。
(S63。そのモグラを拘束。人質のことは、見なかったことにする。やれ……)
女性の身元が、分かったのだろう。おそらくは、上の判断。リアルからの命令が下ったということだ。
女性が、連れ去られるくらいならこの場で殺したほうがいいという判断だろう。
俺は、どうすべきだろうか。
本当に、ただのNPCならば迷うことはない。作られたNPCである俺には、一つだけ方法がある。
問題は、助けるべきかどうかだ。
どちらかを決めなければならない。
第12話【ゲームの雄叫びは、死亡フラグ】完。
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