第11話【ゲームのNPCを操作したい】

 研究対象になるか、コンピュータになるかの二択を突きつけられている。


 どちらが、マシかという問題だ。


 理不尽な選択肢だと思う。夢か現か幻かの状態で、この世界を彷徨った結果だ。


 その思いは、より強い。


 研究対象となったら、自由を奪われるだろう。生きることを認められても、活きることは望めない。挙げ句、モルモットのように飼い殺しにされるか、死体標本にされるかのどちらかだろう。



 NPCを選べばどうなるのだろうか。箱の中の自由を得る代わりに、生きているとは言えないだろう。どこなるのか想像もつかないが、自分の意志はなくなるのかもしれない。


 どちらにしても、経験のないことだ。どうなるかなどは、なってみなければ分からない。


 エドガールの話を信じるならば、俺は貴重な存在だ。


 庇護下に置くというのなら、無下にはされないのではないか。


 俺は、それ以外の可能性を考えてみた。逃げるという選択肢だ。


(多分……。いや、絶対に無理だな)


 俺にとって、今いる世界は謎だらけだ。何ひとつの頼りもない。


 相手は、巨大な組織。世界全体である。すれ違う動物や虫でさえ信頼できないのだ。


「それほど悩むことではないと思うわ……。何れにせよ、実験体になるか賞金首になるかの違いでしょ? 父上の庇護下に入れば、その二択から抜け出せるのに……」


 いつまでも答えを出さない俺に、業を煮やしたのだろうか。ヴィクトリアは、語気を強めた。


「ヴィクトリア……。どちらを選ぼうともシュウ……君の人生だ。ただ、今の君は、モグラの一人として扱われている。NPCになるのなら、地下牢にいた君は、アルターヴァルに喰われて死んだことにするつもりだ」


 エドガールは、人をなだめるような穏やかな口調であった。今までとは違う。ほんの少しではあるが、優しさを感じる。


 何故なら、俺の選択を尊重しているかのような雰囲気を作り出している感じだ。


 しかしながら、選択肢を与えないという意味ではヴィクトリアと同じである。


 僅かに口調が違うだけだ。


 NPCになるというのは、自我を失うということなのか。


 これから先の未来が見えない。どこに進むべきかも分からないのだ。


 選択肢など、そもそもないではないか。


 憤りを感じるべきなのだろうか。自由を奪われたと嘆くべきなのか?


 エドガールの執務室が、随分と広く感じた。違和感だけが、部屋を包み込んでいる。


「ふむ、もう一度問おう。そして、これが最後の機会だ。どうするかね?」


 エドガールの鋭い視線に、俺は薄ら笑いが込み上げてきた。それが、俺の答えだ。


 この世界で生きていくことを否定した。思えば、破綻している。


 こんな奇妙な異空間で、人間としての心を保ち続けるのは無理だ。


 そう、この心が邪魔なのである。NPC化は、その問題を解決してくれるかもしれない。


「はい。僕が、人間である必要はない。NPCとして、生きて……。動いていきます」


「貴方は、ベトフォン家……。いいえ。お父様のNPCとして。安全は、保証されたわ。モグラとして生きるよりも、圧倒的な安心感のもとで働ける。良かったと感謝することでしょう」


「…………」


「心安らかに、受け入れるといい。痛みや苦しみはない。ただ、クラスチェンジするだけだ……」


 俺が、NPCとなったとして。良かったと安堵し、感じる心が残っているのだろうか。


 この2人は、人間を心のないコンピュータに変えることを「慈悲」だと思っているようだ。憤慨すべきなのに──慈悲だと思う。何故なら、この2人を基準として見た場合。


 この世界の人間たちの心など……。それこそ、コンピュータのようなものだ。


 俺は、その仲間入りをするだけなのだろう。


(あぁ、だから。喜んで、感謝して、安堵するわけか。俺の意志が、消えるなら……。別に悲観することでもないか……)


 俺は、目を閉じる。赤い血のような景色。暗くほのかに人としての意識を感じる光景。


 それが、少しずつ遠くに離れていくようだ。


 誰かの足音が近づいてくる。後は、NPCとなった俺に任せればいい。


 もう、何も考える必要はないのだ。この世界のことも、なぜこんなところにいるのかも。


 全ては「最適化」されていくことだろう……



✢✢✢



「モグラの巣も見つけられないのに、不正ログイン狩りなんて終わりがあるのか?」


「モグラ狩りは、命令だろ。仕方ない。しかし、モグラの巣っていうのは本当にリアルの世界にあるのか。かなりの規模で捜索をしているらしいけど……」


「それに関して、噂があるんだけど……。奴らは、ハイリアルに拠点を持っているらしい。そこで、ヴァシュを作り出して……」


「でも、ヴァシュってなんだよ……」


「さあ、リアルからは何の説明もないけど。そのせいで、人類は滅びかけたんだろ? ハイリアルを滅亡させようとしてるのかも」


「うん? 連絡だ。新たなモグラが裏路地に現れた。エドガール主幹のNPCを投入する。仕事だぞ、S63。現場にテレポートさせる」


 【テレポート《移動魔術》】


 俺の体は、眩い光に包まれた。冷や汗が、腹部から全身にひろがる。


(本当に、俺のことをNPCだと思っているんだな。このハイリアルにとって称号が全てなんだ……)


 俺を見る4人のGMナイツ。その視線は、新しい玩具を見るような期待に満ちたものだった。


 いくらでも、使える。何をさせてもいい。データの集まりである存在。


 NPC兵士の活躍に対するものだ。


 モグラへの無慈悲な鉄槌を。その願いを込められた移動魔術が発動した。



✢✢✢



 イストワール王国の王都メモワールの裏路地。平民街とも呼ばれている場所だ。


 以前、人間だったときにここで犯罪者として捕まったことがある。


 今や、犯罪者を狩る側の兵器となった。


 モグラは、夜行性だ。青き月が、空高く何食わぬ顔で世界を見下している。


 あの月には、このゴミ山がどのように見えているのだろう。


 S63。それが今の俺の名前。


 エドガール・ベトフォン主幹が要するNPC兵士の1体である。


 GMナイツたちを落胆させることを言うようだが、それほど強くはない。


 言うなれば、NPC兵士とはただの自動掃除機だ。


 モグラを捕まえるための捕獲ロボット。


 モグラが出現するところには、アルターヴァルが出る可能性がある。


 NPCは、そのための捨て駒にすぎない。


 どこの誰の所持するNPC兵士も基本的には変わらないのだ。


 重い風が、ゴミ山から吹き付けてくる。モグラが近くにいるのだろう。


 ヴァシュを持つモグラに対するのは、NPCの役割だ。


 GMナイツが、ヴァシュの影響を受けないためである。その影響が、何なのかを知る人間はいない。


 ハイリアルには、知らされていないからだ。これらは、リアルの運営の意向なのである。


 人の話し声が、かすかに聞こえてきた。現在、ハイリアルは、夜である。


 この時間に王都の裏路地にいる人間は、間違いなくモグラだ。


 俺は、モグラ狩りのNPC。


 前の世界で、クロンヌの危機を乗り越えた。ヴァシュを持たない古き人間。


 今は、エドガール主幹の庇護下にある。モグラの捕縛は、俺のすべてだ。


 俺は、腰につけた剣を慎重に抜いた。


 裏路地の壊れた建物の奥から聞こえてくる話し声に悟られないよう。


 ゆっくりと足の裏を地面につけた。前に進むたびに、心臓の鼓動が大きくなる。


 木箱の裏に身をかがめた。数人のモグラが、大きな袋を取り囲んでいる。


 瞳にしみるほどの臭気がする。嗅覚も『動いている』


 NPCになったからではなく、人間として備えている五感のひとつ──なんら変わっていない。


「素体として……えるな。さっさとゲートを開け……」


 モグラは、片手に猿を掴んでいた。猿は、死んでいるのか動かない。


 この夜闇でも、しっかりと見える。


 ハイリアルの空に浮かぶ青き月のおかげだ。モグラの数は、3人。


 そのすべてが、武器を所持していない。格闘系のスキルを持つものか、魔術を使うのか。


 ゲートとは、モグラしか使えない異空間のことだ。どこに繋がっているのか分からない。


 ハイリアルの住民には、ただの置物にしか見えず。通ることは出来ないらしい。


 逃げられる前に仕留めるべきである。


 俺は、あの4人……。GMナイツたちにモグラ発見の報告をした。


「モグラを捕縛せよ。一人も逃がすな。確保したら、報告。テレポートで地下牢に移動させる」


 エドガール主幹のNPCに増援は、必要なしと判断されたようだ。


 専用の地下牢ならば、GMナイツたちでも接触は可能であるらしい。


「猿は、生きたまま確保せよ。何かの実験動物かもしれない。以上」


「承知しました」


 俺は、感情を込めずに返事をした。もう慣れたものだ。


 この世界のNPCは、人間と同じ感情が与えられている。演技をする必要はないのだが……


 心の底にこびりついた反抗心が、俺を無感情の人形を演ずるように変えた。


 俺は、息を深く吐いた。剣を持つ手に力を込める。一撃でも与えれば、剣の効果で勝負は決まるのだ。


 恐れることはない。


 第11話【ゲームのNPCを操作したい】完。

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