さよならを忘れて

新吉

第1話 青ならば忘れて

 薄い青色が広がっている。青ならば、何色でも好きだ。緑に近くても、灰色に近くても、紫に近くても。青ならばどんな色味だって好きだ。青だと言ってしまえば青になるのだ。青は特に自由な色だと思う。


 裏路地の道を抜けて、春の風に押されて、知らない開けた場所に着いた。足元には一面に雑草が咲き乱れて、顔を上げれば晴れた空が私を出迎える。

 さよならは青い空のようで、路地を急かす風のようで、一瞬だけ広がっていて、永遠のように狭くて。私は、さよならをまだどこか遠くて果てない、それでもずっとそばにある空のようなものだと思っていた。


 母がいる施設からは海が見える。母は私のことを忘れても、海のことは忘れなかった。海猫が鳴いている。窓の向こうの晴れ渡る空と、海の青が視界の端で笑っている。


 春だねぇ、春だよ。返す言葉はそれしか見つからない。まあだだよ、じゃおかしい。もういーよでもない。


 あたたかくなる一方で、母の体調は悪くなっていった。海の見えない病院へ移ることになって、それでもさよならは遠かった。そう考えていないと暗い海の底に沈んでしまいそうだったから。


 あれから10年たって、過ぎてしまったのは時間だけじゃない。母は津波とは関係ないけれど、震災と同じ年に倒れた。全く関係ないとはいえないか。

 よくなったり悪くなったりしながら、こうして11年目が来た。母は私と私の娘のこともわからない。私たちが病院のスタッフかどうかもわからない。

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