二番絞りはどこへ行った?

 イキの良いルーキーというのが出現することがある。そんなイキの良いルーキーが新たな能力や、感性、視点でスポーツチームや会社のような組織を活性化させることも決して少なくない。

 彼らには経験がない。だが、経験がない故に彼らには疑いもない。疑いがないというのは強い。自分の能力を、自分が正しいということを、疑うことがなければ思う存分に暴れまわることができる。そして、組織へのポジティブな影響は最大化される。

 一方で、イキの良いルーキーが全て、ポジティブな影響を与えるわけでもない。むしろ、どちらかと言えば困惑や混乱といった、ネガティブな影響がもたらされることの方が多いと言って良いだろう。しかも、ネガティブな影響にも最大化のリスクがある。

 普通、物事がうまくいっていないときは、自分自身の手応えや周りの反応で、「おや、これはまずいんじゃないか」というセンサーが働いて、そこで軌道修正が行われるわけだが、イキの良いルーキーの場合はそうならない。

 なにせ自分の能力を、自分が正しいということを、疑っていないものだからそもそもセンサーが機能しない。仮にセンサーが作動したとしても、即座に誤作動という判定が下りるため、軌道修正は行われない。それどころか、この状況を打破するためにはもっと自分が頑張らねば、などという誤解の追加ロケットが点火され、事態は悪化の一途をたどるというわけだ。

 今年、広告代理店で働く田村のチームに配属されてきた、新入社員の村瀬もそんなイキの良いルーキーの一人だ。

 失敗する系のイキの良さにもいくつかのパターンがあるが、村瀬の特徴を一言でいえば、「感覚のずれ」だ。具体的には、「世間の評価と自己評価」、「言語感覚」、「論理」のこの三点がずれている。業務上のコミュニにケーションの三大エレメントの欠如を全て兼ね備えた村瀬は、業界期待の大型ルーキーと言って良いだろう。

 例えば、こんなことがあった。

「まあ、そう言うわけで、村瀬君に今日からうちのチームに加わってもらうことになった。村瀬君は、今紹介した通り、学生時代に専門的な知識に加え様々な経験を積んでいて、うちの仕事に慣れるのも早いと思っている。とはいえ、新米社員だ。みんなでサポートしてやってほしい」

 村瀬の配属初日。田村は、チームのメンバーにこんな風に話をした後に、村瀬に自己紹介を振ろうとした。だが、最後まで田村が話し終えることはできなかった。村瀬が、まるで遮るように田村の言葉を奪い取ったからだ。

「いまの、田村さんの発言に関して、一言言わしてもらいます。

 田村さんは、俺のことを頼むみたいなことを言ってくれましたけど、俺、どちらかと言えば、厳しい環境の方が伸びるタイプなんで全然そんなの必要ないですし、俺、そこそこの地力はある方だと思ってるんで、ちょっとやそっとのことじゃそもそも厳しい環境だとすら感じないと思うんですよね。だから、がんがん、遠慮なく仕事も振っていただけたらと思います。

 って言うのと、田村さん、新米社員って言葉使ったじゃないですか。それはたぶん、新人とか不慣れっていう意味だと思うんですけど、俺は、それすごい誉め言葉だと思ってて。なんでかって言うと、新米の方が美味しいじゃないですか。甘みが強いし、炊いてもふっくらと炊けるし。

 だから、新米社員だからこそ、どんどん前面に出ていきたいなって、今聞いてて思いました」

 そして村瀬は、人一人の顔を正面から見まわし、村瀬は最後に不敵な笑みを浮かべた。

 発言の際に、自信をもって言い切ることは大事だ。多少ロジックに不備があろうと、相手に自信をもって言い切られてしまうと、相手の言っている内容が理解できないのはこちらの理解力に問題があるんじゃないかという気にさせられてしまう。

 この時の、皆がまさにそうだった。誰も、結局のところ、村瀬が何を言いたいのかは分からなかった。話が終わったのかどうかすらも微妙だった。それでいて、なんとなく今回の新人は大した奴そうだという共通の印象が出来上がってしまった。

 そんな第一印象は、しばらくの間はチーム内に残り、村瀬の神通力は威力を発揮し続けた。何をしても、それを村瀬がすれば、何だか特別な行為であるようにメンバーたちは感じた。だがそれも、しばらくの間、だけのことだった。

 神通力は急速に失われていった。何故なら、村瀬は全く仕事ができなかったからだ。一度、化けの皮が禿げ始めると早かった。何せ、明らかに実力がないのだから。メンバーの村瀬に対する評価は、オセロよりも簡単にひっくり返った。

 それでも、村瀬のふるまいには何の変化もなかった。

 例えば、こんなこともあった。

 田村が、村瀬を馴染みのクライアントとの打ち合わせに同行させたときのことだ。

 その日は以前に手掛けた、販促用のエコバッグの企画のフィードバッグを受けるのが目的だった。幸いなことに、エンドユーザーからの評判も良かったとのことで、打合せは終始和やかな雰囲気で進んだ。

「田村さんのところは、いつも安定的に良い仕事してくれるから、うちとしても安心して仕事をお任せできて助かってるんですよ」

「そう言っていただけると、本当にありがたいです。他にも、何かお困りごとはございませんか?」

「これはまあ販促っていうよりももっと事業的な課題なんだろうけど、うちの顧客層が固定化って言うか高年齢層化しててさ、若い世代にどうアピールしていくかってことかな」

 長く続いている老舗の会社にこそよくある話だった。先日の別のクライアントの例が役に立つかもと、口を開こうとした田村は、隣で勢いよく人が立ち上がる気配を感じた。村瀬だった。

「おい、村瀬・・・」

 田村が止める間もなく、村瀬はいつもの調子でしゃべりだした。

「俺に任せてください!若い世代の気持ちが分かるという意味では、俺自身がドンピシャそのど真ん中に立ってるわけなんで、最適だと思うんですよね。それに、ビールで一番搾りってあるじゃないですか。あれって、要はフレッシュな方が旨いってことですよね。エクストラバージンオイル的な?俺のアイデア、まだまだ一番搾りなんで!」

 初対面の付き添い社員に、いきなりポイント不明な台詞をまくし立てられ、先方の担当者は困惑の表情を隠しきれず、

「・・・あれ、二番絞り以降はどうしてるんだろうね・・・?」

 と呟くのがやっとだった。

 そんな新入社員を預かったわけだから、当然のことながら田村も大変だった。

 だが、田村が村瀬のことで頭が一杯だったかと言えば、そんなこともなかった。全くなかった。それどころではなかったのだ。実は、このとき田村は村瀬以上の厄介ごとを抱えていた。

 チームメンバーの反乱だ。

 始まりは、吉田という30代前半のこの男性メンバーだった。最初のうちは、二人きりでの会話の時に、田村の方針や指示に反論するくらいだった。それが次第に反論の頻度が増え、その場面も二人きりの時だけではなく、チームミーティングの場面でも田村を批判し、公然と田村の指示を無視するまでになった。

 もちろん、田村もそんな事態の推移を指をくわえて見ていたわけではない。自分なりに修復方法を考えたり、先輩リーダーに相談したりもした。それでも、解決策が見つからなかった。

 現場のことに関しては吉田の方が精通しているし、チームリーダーとしての自分のやり方にも問題があるのかもしれないから、不満があるなら聞かせて欲しいと吉田に面談を持ちかけてもみた。だが、吉田は田村とは話したくないと、その面談を拒否した。

 そのうち、吉田以外のメンバーも、吉田に気を使ったのか田村を敬遠するようになった。チームリーダーでありながらチームで孤立し、田村のチームはチームとしての体をなさないようになった。

 だが、そんな状態であっても、変わりなく田村に接するメンバーが一人だけいた。空気を読めない男、村瀬だ。

 そんなわけで、その夜、仕事帰りのバーのカウンターで田村と村瀬が並んでグラスを傾けていたのも偶然ではなかった。田村からすると、酒でも飲まないとやってられない気分だったし、田村には村瀬以外に付き合ってくれるメンバーがいなかった。

 どんよりとした雰囲気で杯を重ねる田村の横でも、村瀬のテンションはまるで下がらなかった。田村がその夜、二十八回目のため息をついているのを目にしても、村瀬はお構いなしにいつもの口調で話し始めた。

「俺、井の頭線で通勤してるんですけど、この間、若いお母さんが小っちゃい女の子を連れて乗車してきたんですよ。で、その女の子が、駅に着くたびに『みんな降りる?』って聞いて、お母さんはそのたびに『みんなは降りないよ』って答えてたんですけど、めんどくさくなったんでしょうね、四回目くらいに『渋谷でみんな降りるよ』って言ったんです」

 そこで村瀬は言葉を切り、田村の方を見た。

「何?それなんか怖い話?」

 投げやりな感じで返した田村に、村瀬は心なしいつもよち落ち着いたトーンで答えた。

「いや、俺その時思ったんですよね。寝過ごす人もいるし、座るために折り返そうとしている人もいるかもしれないから、みんなは渋谷で降りないだろうって」

「・・・だから?」

「だから、だから大丈夫ですよ。田村さんの電車だって、みんなは降りたりしませんから」

 村瀬が田村を励まそうとしているのだろうことはなんとなく田村にも感じられた。

 どういう例えだよ、という突込みと、誰が誰を励ましてるんだよ、という突込みが、同時に田村の口を衝きかけた。だが、二つの突込みが渋滞して、結局何も言えなかった。そうこうしているうちに、何も言う気がなくなった。

 やっぱり駄目な奴だなと思った。

 でも悪い奴じゃないんだろうなとも思った。

 そして田村は、もう一度、今度はさっきとは少し味の違うため息をついた。

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