その後の二人

イケメンと不安とロングスカート

 ――なんだかんだいろいろあって、陽奈と付き合うことになった。


 付き合って初めてのデートはある意味思い出深い、映画館デートに決定した。

 見る予定の映画は、今話題のイケメン俳優がたくさん出てくる学園ものの実写映画だ。原作は人気の少年マンガで、読んだことはなかったがその名前くらいは雪乃も知っていた。だからといって、特別見たいとも思ってはいなかったのだが、陽奈のたっての希望により見に行くことになったのだ。


「陽奈ってやっぱり、イケメンが好きなのかな……」


 明日のデートに備えて洋服を選んでる最中にふと、そんな言葉が出てしまう。

 そうだ。よく考えたら陽奈は顔が良ければ、性格が最悪でも付き合っていたではないか。


「…………」


(……やっぱり、本当は男の人と付き合いたかったよね)


 自分で考えながら自己嫌悪に陥ってしまう。そもそも付き合っていると思っているのは、自分だけで――、いや、そんなことは――。


「ない、はず……」


 そう、自分に言い聞かせながら、雪乃は明日着る服をある決意を持って決めたのだった。



◇◆◇◉◇◆◇



「あっ、雪乃〜!」

「陽奈!」


「「えっ!?」」

 

 その瞬間、ほぼ同時に二人は声を上げていた。

映画館のチケット売り場で待ち合わせをしたはいいものの、なかなかお互いを見つけられず、連絡をとってようやく会えたと思ったら、目の前にいる陽奈の姿がいつもと違って思わず声を上げてしまった。


「陽奈……。なんか今日、いつもと違う?」


 いつもの陽奈はこう、結構露出多めというかギャル感が半端ないのだが、今日はいつものツインテールが三つ編みのハーフアップになっていたり、胸が見えそうな際どい感じじゃなく、首元まで隠れている上着だったり、スカートに至ってはミニスカートではなく、タイトなロングスカートだ。

 

「あっ、気づいた? どう、こういう感じ好きぃ?」

 そう言って、いたずらっ子のように微笑む姿は、いつもの陽奈だ。


「う、ん……。すごく、似合ってる、よ」


(いや、好き過ぎるんだが!? かわい過ぎるんだが!?)


 もちろん、いつものギャルっぽい服も大好物――、もとい、とても似合っているのだが、やはり他の人にそんな陽奈を見られるのはヒヤヒヤするというか、見てんじゃねーよ的な気分になるのは否定できないので、軽く露出を少し抑えた方がみたいなことを言ったような気がする。


 そんな雪乃の言葉を憶えていて、いつもより落ち着いた格好をして来てくれたんだとしたら――…、


 ――そんなの、愛し過ぎるではないか。


 そう頭の中ではいろいろな気持ちが巡っているというのに、口から出たのはなんともそっけない言葉だった。


「ほんとぉっ! やったぁ〜!」

 それでも、そんな雪乃の言葉に陽奈は素直に喜んでくれる。本当にそういうところが好きなんだと、しみじみ思う。


「それは、それとしてぇ」

「ん?」

 陽奈がなにか言いたげな顔で、こちらを仰ぎ見る。


「……なに? その格好」

「えっ? どこか変?」


 思わず、自分の服を見回す。別に汚れていたり、破けていたりするわけでもないし、間違った着方をしているわけでもないと思う。ということは――…、


「いや、変じゃないけど、変っていうかぁ」

 なんとも言いにくそうにしていた陽奈だったが、意を決したのかストレートに聞いてきた。


「なんで今日は男の子みたいな格好してるわけ?」


「あ、やっぱりそこ?」


 そう、今日の雪乃はいつもよりボーイッシュな服を選んでいた。正直、今日見る映画に出てくるイケメンたちに負けないように気合いを入れようと思った結果、こうなってしまったのだ。


「やっぱりって、自覚あったわけぇ〜?」

「……似合わない?」


 やはり、イケメンたちに張り合うのは無理があったか。


「いや、似合ってるけどぉ……。逆に似合い過ぎっていうか、正直男の子にしか見えないっていうか……」

「本当に!? よかった。陽奈は、こういう方が好きなんじゃないかと思って」


「……は?」


「いや、ほら、その、陽奈は元々男の人が好きだったわけだし、一緒に歩いていてもこれなら普通に男女がデートしてるように見えるかな〜とか思ったりもして……」


「はあぁ〜っ!?」


「あ、あれっ? なんか怒ってる!?」

 陽奈が信じられないようなものを見る目でこちらを見てくる。そんなに変なことをしたつもりはないのだが。


「……信じらんない」

 伝わってないのが、伝わったのか陽奈はすっかり頭を抱えているようだった。


「なにを言いだすかと思えば……」

 そう言って、陽奈は思いっきり雪乃にその人差し指を突き出した。


「あたしがっ! いつ! 雪乃に男の子みたいになってほしいなんて言った!?」


「へっ?」


「あたしは、雪乃が雪乃だから好きになったのっ! だから、雪乃に無理して男の子っぽくふるまってほしいわけじゃないし、あたしは雪乃の綺麗な長い髪好きだし、細くてスタイルがいいとこも好きで、だからシンプルな服とかなに着ても似合うし、そりゃ今の格好だってもちろん似合ってるけど、そういうことじゃないっていうか……!」


「えっ……、好きって初めて言われた……」


「そっ、そうかもだけど、今はそこじゃないでしょっ!」

 真っ赤になっている陽奈が照れながら叫ぶ。


「ご、ごめん。なんか動揺してつい……」


「だから、つまりなにを勘違いしてるのか知らないけど、無理せずありのままでいてほしいってこと!」


「そっか……。わかった」


(好き……。陽奈も私のことを好き……。女でもありのままの私が好き……)


 嬉し過ぎて思わず胸の中で何度も繰り返してしまう。つまり、あれこれ考えていたがすべては杞憂だったということか。なら――…、


「これでいいってことだよね」


 長い髪を短く見せるために被っていた帽子を思いっきり外した。その瞬間、ただ軽くまとめていただけの髪が肩まで落ちてくる。


「ま、まぁ、そう?」

「変なこと気にしてごめん」

 まだ少し驚いている陽奈の手を、優しくそっと握る。


「っ!」


 その瞬間、かわいらしい緊張が手のひらに伝わってくる。別に周りの目なんて気にする必要はなかったのだ。陽奈がいいと言うのなら、ありのままの自分で手を繋ぎたい。


「じゃあ、チケット買いに行こっか」

「きゅ、急に吹っ切れすぎじゃない? まぁ、いいけど……」


 ――真っ赤になって隣を歩く私の彼女が、今日も最高にかわいい。

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