第4話 ウィンストン学園

 ウィンストン学園は高等学生の貴族が通う、由緒ただしき学校。広大な敷地を有している。朝は貴族の令嬢、令息をのせた馬車がごった返す。


 アシュフォード家の馬車は、いままで序列三番目の近さで停車することが可能だったが、大分後方に追いやられた。


 馬車止めから、教室まで、15分ぐらいかかりそう。

 


 アラン殿下とブラッド第二王子殿下が、太陽のシンボルマークのマルクール王家の馬車から、別々に降りてくる。

 アラン殿下は三年生、ブラッド殿下とわたくしが同じ二年生だ。


 婚約破棄されたてほやほやですが、無視するのは大人げありませんね。



 ご挨拶申しあげようと思うと――。リリー・バルクシュタイン嬢が、アラン殿下の馬車から堂々と出てきた。悔しいけど、絵になる方です。わたくしを見て、不敵に笑う。


「ごきげんよう。アラン殿下、ブラッド殿下、バルクシュタインさん」

 わたくしが挨拶をしますと。


「ふんっ。寄るな」

 とアラン殿下。朝から酷すぎますね。本当にわたくしが知っているあのお優しい殿下なのでしょうか。まさか、どなたかと入れ替わっています?


「ああ、おはよう! フェイトさん」

 ブラッド殿下は今日もさわやかです。


「ご、ごきげんよう。アシュフォード様」

 ややかしこまって、バルクシュタイン。


「いくぞ。リリー。では、な」

 手袋をつけ、リリーと手をつなぎ、アラン殿下は去っていった。

「兄がごめんね。婚約破棄だなんて。バルクシュタイン嬢は綺麗ではあるけど、王家と釣り合いがとれる家柄じゃないしなぁ。色香に惑わされたかな」


 ブラッド殿下が頭を下げてくる。婚約破棄とはまったく関係がないのに。微笑ましい。


「あ、いえ。まったく気にしておりませんわ。むしろ王太子妃になるというプレッシャーから解放されて、生まれ変わった気分ですの」

 わたくしは笑う。



「そっかぁ。フェイトさんは強い人だねぇ。兄とは気まずいでしょう。王家に対しての申し立て、兄への賠償問題とかさ、僕でよかったら、いつでも相談に乗るから、なんでも言ってね」


「ありがとうございます。その……頼りにしていますわ。ブラッド殿下」


「まだ、兄のこと、好きなのかな」

 ブラッド殿下はまっすぐにわたくしを見つめてまいります。


「どうでしょう。一緒にいる時間が長すぎたのかもしれませんわね」

 しなを作り、誤魔化した。


「一緒にいる時間の長さは、僕も同じだよ。フェイトさん。僕が、いるからね」

 わたくしの手を握り、情熱的に話されます。剣を握っているからでしょうか。ゴツゴツとした、おおきな手。


「もう行きませんと、遅刻してしまいます」

 あわてて手を離すと、教室まで送っていくとの申し出。

 お断りしても、隣を一緒に歩いてくれたのでした。 


 正直、さきほどから、皆様の目が気になっていました。

 もう学園中の方がわたくしの婚約破棄といじめのことを知っているのでしょう。

 それをわかって、ブラッド殿下は一緒に登校してくれているはず。



 ブラッド殿下の心遣いに感謝します。




 登校したら、すぐに朝から職員室に呼ばれる。まさかいじめの件で呼び出しなのだろうか。わたくしはやっていないので、別にいいのですが。


「ごきげんよう。先生。ああ、あなたは!」


 そこには、パーティーの時、ハンカチを貸してくれた車椅子の女の子がいた。あの時は余裕がなく、しっかりと見ていなかったが、車椅子というより、1人乗りの馬車ぐらいの大きさだ。縦に大きく、横幅もある。寝っ転がれる大型の乳母車のようにも見えた。黒の重厚な鉄を曲げてつくってあり、朱色のベルベットのクッションに、膝掛けをしている。作るのにいったい、いくらかかったのだろうか。

 つるりとした肌に、黒髪のショートがとてもチャーミングだ。

 小等生ぐらいだろうか。先生に子どもはいないはず。親族か。



「お久しゅう。あの後、ごきげんいかがでした?」


 目が開かない。やはり盲目なのか。なぜわたくしだとわかった? 声? それとも匂い?

 わたくしは服の匂いを嗅いだ。大丈夫、よね。


 随分古風な話し方をする。よいところのご令嬢か。

「ええ。ハンカチ助かりましたわ。ええと……」



 目を閉じたまま、すっと、車椅子から立ち上がる。教師達が一斉に彼女を見た。



「失礼いたしました。マデリン・シャルロワです」

 アルトメイア帝国の名門、シャルロワ侯爵のご令嬢でしたのね。

「わたくしはフェイト・アシュフォードです」


「挨拶もすんだところで、アシュフォードさん。シャルロワさんをクラスに案内してくださらない?」


 先生はこれから職員会議らしい。


「承知致しました。クラス見学ということですよね?」

「いいえ。同じクラスなの。転校してきたので」

 シャルロワが言った。


 ぜんっぜん見抜けませんでしたわ。てっきり10代前半ぐらいの方かと。肌もつやつやしていますし。失礼がないように誤魔化します。


「失礼しました。では、ご案内します。シャルロワさん。車椅子を後ろから押せばよくて?」

「マデリンでいいよ。妾もフェイトと呼ぶ。爵位はそちらの方が上。気にする必要はない」


 はぁ。なんというか、変わった人だ。まぁ、わたくしも人のことは言えない。ハンカチの礼がありますし、多少の無礼には目をつむります。


「では、ご案内いたします。わたくしたちの2-1クラスへ」

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