第2話 死ぬまでにしたい10のリストを作りましたが、おかしなことが起こっています。

 存分に泣いた。もう大丈夫。

 頬を張る。よしっ、と声を出す。イタムが目を剥いた。


「エマ、ジェイコブ、入っていらして」


 扉が壊れんばかりに強く開かれる。

「フェイト様! いかがなさいましたか!」

「アシュフォード嬢! なにがありましたか?」


 メイド長のエマと護衛騎士のジェイコブが突っ込んできた。部屋に入る際、わたくしが泣いているのを見られてしまったのです。


 イタムが舌を出すと、若干ジェイコブが下がる。顔に傷がある屈強な騎士なのに、イタムが苦手なのだ。わたくしの肩にのるぐらいの小さな蛇ですよ。



 わたくしは顔をくしゃくしゃにして笑った。

「実は、アラン殿下より、婚約破棄されてしまいました」


「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」「な、なんですとぉぉぉぉぉぉぉ!」


 このふたりはいつも息がぴったりだ。結婚したらいいのに。どちらも美形でお似合いだと思う。2人の結婚の後押しも死ぬまでにしたいリストにいれようか。



「照覧の魔女様を王族にむかえるというお話を聞いておりましたが。なぜ? 婚約破棄などと」

 ジェイコブが大きなからだを振りまわし、困惑している。


 照覧の魔女は7つの魔女のひとり。7つの魔女は世界を分断し、壊すほどの力を持つ。わたくしのおばあさま、お母さまがそう呼ばれていた。おばあさまは隣国のアルトメイア帝国から我がマルクール王国へと差し出された、いわば、人質。それ以来、照覧の魔女はマルクール王国の守り神であり、破壊神だった。それ以上の詳しいことは知らない。ただ、わたくしが無能で、魔力を引き継げなかったのだ。



 エマはイタムごと、わたくしを抱きしめた。

 エマの清潔な石けんの香りがする。


「大変だったね。王太子殿下のこと、大好きだったもんね。辛かったね」

 耳元でささやくようにエマが言う。


 結局押さえることなんてできない。エマの前で嘘はつけない。


 嗚咽をもらし、エマにすがりついて、泣いてしまった。


 結局わたくしは、泣き虫だ。

 



 ジェイコブはエマにわたくしを任せ、部屋を出て行った。




「フェイト様。紙を用意しました。これをどうするんですか」

「ありがとう。これから、メメント・モリをいたします」

「あー。最近流行っている【死を想え】ですね」

「例えばですけれど、婚約破棄されたまま、落ち込んで、なにかの拍子に死んだとしたら、後悔しか残りません。だから死ぬと仮定して、やりたいことの期限を決めます。あと、3ヶ月。3ヶ月後に死んだとしても、後悔しないようにやりたいことを10個リストにします」


 エマはあごに手を当て、考えている。


「フェイト様、もしかして、なにかご病気にかかっていませんか?」

「ええ! どうしてですか?」

 わたくしの声がおおきくなります。


「今日、急に先生がいらっしゃったのだって、おかしいです。フェイト様の婚約が決まる日でした。そんな時に急きょ診察したいだなんて。なにか、私に隠してませんよね」


 エマが顔を近づける。イタムがその顔を舐める。エマはすこしだけ肩を揺らす。エマもイタムが苦手だけど、いまは大分仲良くしてくれている。けれどイタムはエマが大好き。人間関係、蛇関係はなかなかうまくはいかない。



「先生は今日という幸せな門出を、なんの心配もなく送り出したいから、あえて診察をしたと申しておいででした」

 わたくしは笑顔を崩さない。


「あー。そういうことですか。私としたことが申し訳ありません。ではさっそくはじめましょう。楽しみです」


 エマはスキップしながら、お茶を入れてくれる。わたくしはその間にも手を動かす。


  まずいくつもの案を速筆で書いていく。考えを止めない。思うがままに書きなぐる。頭の中にある考えをすべて空っぽに出しきる。


 それを削り、優先順位をつける。もしかしたらすべてに着手出来ないかもしれないから。


 1時間かけて、出来上がった。



 これが、わたくしが死ぬまでにしたい、10のリストだ。




1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。

2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。

3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。

4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。

5.お父様と弟の問題を解決する。

6.人前で決して泣かない。泣いてもなにも解決しないから。泣くときは1人で。

7.イタムを飼ってくれる優しい人を探す。

8.友達を作りたい。

9.恋愛をしてみたい。

10.お父様や近しい人に手紙を書きたい



「できましたか?」

 エマがのぞき込む。


 わたくしは、あわてて紙をからだでおおった。

 イタムが牙を剥く、エマはのけぞった。


「エマ、すみませんが、1人にしてもらえませんか。恥ずかしいです」


 エマはすみませんと言って入り口で待機してくれた。

 こちらこそ、夢中になって、エマに見せたくないと伝えていなかった。


 リストを見つめる。まぁ、完全に小説のヴァイオレット様の影響を受けてますね。我ながら、恥ずかしいです。


 そして、矛盾しまくっております。人から嫌われたいのに、友人が欲しく、恋愛もしたいだなんて……。わたくし自身がまだ、運命を受け止めきれていないのですね。



2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。

 これが、いちばん……難しいやつです。果たして、できるでしょうか。いままでのわたくしは真面目に礼儀正しく生きてきたつもり。それが急に悪役令嬢のふりをして、人から嫌われることなどできるのでしょうか。皆様の悲しみをすこしでも減らすために、やってみるとしましょう。




 優先順位をつけたが、1番より、10番の方がすごい順位が下かと言うとそうでもない。拮抗している。

 

 10.お父様や近しい人に手紙を書きたいを、なぜ10番目にしたかと言うと、手紙が残ってしまうことで、ずっと悲しみが残ってしまうのではないかと考えたからだ。


 ひとまず、10個作ることができた。小説の最後のページに、あなたが考える死ぬまでにしたい10のことを書く欄があり、わたくしはもし、リストを作ったら小説に直接書きたいと思っていたのだった。




 ページを開くと、なんと!!!!!!!!!


 一つ目の欄に、すでにやりたいことが書かれている!!!!!!!!




 この丸字は、多分、わたくしの字、ですわよね。



 わたくし、書いた記憶なんてございませんよ?



 そこに書かれている文字が、ほんとうに自分のものなのか確かめながら、読みはじめた。

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