第1章 ウェスト・ジャパン事件
第1話 出る釘は打たれる
オレ──ラファエル・サントス・レイエスは虐められている。
それも今に始まったことではなく、小学生の頃からずっと続いていた。
それは丁度オレの両親が離婚して妹のアイシャと生き別れた時期と重なった。
オレが虐められていた理由は単純。名前の通りにオレが外国人だからだ。
そんな下らない理由でオレは人生からはみ出しものにされて
正確には日本国籍のフィリピン人だが、そんなことはこの際どうだって良いんだ。
オレが外国人だから……そんなささやかな違いで周りの人間はオレを虐めるのだ。
唯一例外が居たとすれば高校生になってから仲良い友人が2人出来たことだが。
彼ら以外の人間は基本的にオレを自己満足のためのおもちゃに仕立てあげて来た。
通常人間というものは繰り返し虐められたら卑屈で臆病になるものだ。
そうプログラムされるように繰り返し学習して来たのだからな。
けれどオレは決して屈服せず言葉には言葉、暴力には暴力で倍返しにして来た。
しかし出る釘は打たれるというのが世の常でオレの周囲は敵だらけとなった。
金を寄越せとヤンキーに絡まれたり靴箱で履き物の中に蝉の死骸を入れられたり。
酷い時はトイレの個室で真上から冷水をぶっかけられたり集団暴力に遭ったり。
そのまま家に帰っては心配する母親の心配を跳ね除けて距離を保ったりもした。
なんとなく学校で虐められてると認めるのが情けない上に恥ずかしかったんだ。
最も泥だらけになった体操服を見られた日には見透かされたんだろうけれど。
──あなたの周りの5人の平均があなたになる
この言い伝えの通りにどうやらオレは奴らに影響されて口癖も悪くなったらしい。
せっかく高校で初めて出来た2人の真面な友達と接する時も無意識に口が悪くなってしまった。家でも反抗期が拍車を掛ける形でオレの母に対する態度は冷たかった。
それでもお母さんはオレに優しく接するのを辞めることは決して無く自分のことを愛してる人間を無意識に傷付ける度にオレの中で悲しさも膨れ上がった。世界で唯一オレのことを無条件で愛してくれてるお母さんでさえ、オレは傷付けてしまうのか?
だったらもういっそのこと、死ね──る勇気もオレにはなくひたすら怒りと悲しさに染まった日々を送っていた。どうやら今日もその度合いが色濃くなる日らしい。高校の帰りから自転車を運転してると公園から何人かのクラスメイトが出て来たのだ。
自分の学費を
「クソ外国人の癖に生意気なんだよッ!!」
「ごはっ!?」
イジメあるあるの集団リンチというやつだ。無言の多い体格のデカい男に両腕の自由を奪われて拘束されると、何度も繰り返しお腹や胸に拳や靴の雨が降って来た。次第に息をするのも辛くなり節約で1日一食しか食べてないオレは口から胃液が出た。
しばらくして暴力に一旦飽きたのか、虐めの主犯格である同じクラスの
高村は金髪にピアスを開けており、髪型が昔のパンクロッカースタイルだ。真ん中の半円だけが長く真上に伸びててゴムで括られていることから、内心ではパイナップルだと嘲笑の的にさせてもらっている。パイナップル野郎が再び飛び膝蹴りをした。
「ガハッ! ゴホっ……」
「おいクソ外人野郎! テメエ最近調子に乗っちゃいねえか? テメエは俺が殴りたい時に殴られるためのサンドバッグとしてこの世に生まれて来たんだよ。そんな喋る屍が何オレの許可無しで勝手に家に帰ろうとしてんだ、アンッ!?」
「カハァッ!!」
拳で俺の鳩尾へと強烈なパンチが叩き込まれてついに少量の血が口から溢れた。
相変わらず容赦の欠片もない馬鹿力で嫌な気分になってしまうものだ。
「おいおい高村、もうそこまでにしたらどうだ? 流石に吐血はやべえっしょ」
「大丈夫に決まってんだろぉ。こんな絞りカスのことを気にかけてるヤツなんていねえよっ!」
「キャッハハハハ!! マジでウケるんだけどぉ〜!」
数人の派手な格好と身体を見せびらかせてる女子が携帯で俺の写真を撮ってくる。
その様子を面白そうに観察していた高村が何かを思いついたのか醜く微笑んだ。
「そうだ! せっかく写真を撮るなら全裸で撮ってやろうぜ、なあオイ!?」
「おっ、良いじゃん良いじゃん! 明日から一躍有名人にしてやろー!」
「おーっしじゃあ、知り合いの全員にスキャンダルを暴露してやろうぜ!!」
「ッ!! させるかっ!!」
拘束してる男を利用して下半身を持ち上げると目の前の高村にキックをお見舞いしてやった──と思いきやギリギリ蹴りをかわされて拘束してた男が俺を地面に叩きつけて来た。高村が俺のお腹の上に足を下ろして体重をかけるようにして睨んできた。
「テメエが喧嘩で一度もオレに勝てたことも無えくせに不意打ちで倒せるわけねえだろ、バカかテメエは!? これだから外国人ってのはただの
「グオっ!?」
全身の体重をかけられてグリグリされては流石に受けるダメージがキツくなった。意識が
「大体、あだ名がラップの癖にラップも出来ねえなんてクソしょうもねえじゃねえか!! ……アン? 何を笑ってやがんだよこのクソ生意気な害児があああッ!!」
「グ……っ。ボ、ゴホッ……」
再び吐血するも高村の言う通りに口元の笑みが剥がれることが無い。何故ならオレは虐めの本性を知ってるからな。本当はキラキラ輝いてる人間に嫉妬をしてて劣等感に苛まれている人間が、こんな虚しい方法でしか気持ちを伝えられないのだから。
「どうしたパイナップル野郎? 何をそんなに怯えてやがるんだ?」
「んだとテメエ!?」
「成績が優秀で充実した日々を送ってる人間を見下そうとするも、本当に見下してるのは自分自身だろうからな。こんなことをしても得られるのは一時の快楽だけだと」
「黙れ!」
「そのだらしない服装も一緒だ。ルールを破ってる俺カッケーと思いつつも、周囲の人間からは本当の意味で愛されてなどいないからこそ爪弾きにされるのが怖いだろ」
「黙れって言ってんだろ害児風情がッ!! 黙って俺の力に屈しろおおおおッ!!」
「グハアアっ!?」
今度は横から脇腹へと途轍もない裏蹴りが飛んできて苦痛に顔を歪めてしまう。こんな無駄なことで部活で培った技術を自慢しやがって。ぜえ、はあ……と息を整えつつもオレは再び笑うとありったけの侮辱を込めて高村を見下しながら語りかけた。
「力に屈したら男に生まれた意味が無いだろ。男は何度やられても何度でも立ち上がって見せられるものだ。今日この場ではお前が勝っても明日はどうだ? 飯を食ってたりクソしてる時は? 彼女とヤってる最中だとしてもオレはお前に仕掛けてやる」
「ハッ、言ってろ負け犬の遠吠えが。そんときはこうしてやるまでだろうがッ!?」
「グッ!? いってえな……っ!」
鳩尾に強烈な膝蹴りを叩き込まれて流石に吠える体力も奪われてしまった。とうとうオレは高村たちの手で裸にされていきスッポンポンにされた。意識がボンヤリとする中で下半身の風当たりが良いように感じた。まさか本当に全裸にされるとはな。
「へ〜実は結構鍛えてあるじゃん?」
「チッ、どうせ見せかけの筋肉だろうが。こんなのただの飾りにすぎねえよ」
「それね〜。所々に傷が結構ついてて醜いし気持ち悪いっしょ〜?」
ぼんやりとした意識で高村たちがオレの鍛えられた身体に頑張ってイチャモンをつけようと頭を必死に回してることがわかった。そりゃ先程オレを締め上げていた男には到底叶わないが、筋肉というものは破壊と再生の繰り返しでより強く大きくなる。
それは人生でも同じで、人生がもたらす災難が弱まることは無いが自分自身が強くなれば良いのだ。結局対人戦の格闘術を極めてる人間にはまだまだ叶わないようだが、こんな風にオレを鍛え上げた高村達には感謝すら覚え始めてるレベルなのだ。
「おっし、んじゃ今日はもうお開きにすっか野郎ども!」
しばらく周囲からシャッター音が響き渡ると高村はメンバーに向けて口を開けた。
それからオレを見下して笑みを深めると──。
「おらっ!! 吹き飛べやこの汚い包茎野郎がッ!!」
「グアッ!?」
最後に顎に強烈な蹴りを叩き込まれるとついにオレの意識は無くなってしまった。
目覚めると周囲には誰もおらず白色だった太陽がオレンジ色に変わっていた。荷物を確認してみるとチャリはパクられ、財布は生徒手帳以外すっからかん、教科書も破られ、制服も泥まみれになっていた。体操服だけ無事だったのがせめてもの救いだ。
「クソっ……あいつら……良くも好き勝手にしやがって……」
体操服に着替えながら逆襲の算段を考え始める。しかし同時に悲しくもなり始める。どうして名前がカタカナだからという理由だけで人間はこうも過敏になりたがるのだろうか。オレに悪意を向ける特別な理由は何も無いと思うにだがな。本気で。
何故ならオレから彼らに何かをした覚えはないのだ。オレの方から彼らに酷いことをして謝らなかったら虐められても仕方が無いが事実は違う。それともオレは単純に生きる場所を間違えてるのだろうか。いくら問いかけても答えは見つからなかった。
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