虐められていた陰キャ(17歳)、生き別れた妹を見つけるために人喰い植物の黙示録に抗う〜スイッチの異能に目覚めた主人公はこれを武器に戦うようになる〜
知足湧生
序章 食物連鎖の下克上
「おい……何だよ、あれ……」
オレの真横で誰かが唖然としながら周囲の人間が大きな木を見上げていた。
いや、アレをただの木と呼ぶには不気味過ぎて、誰も言葉が喉から出て来ない。
何故なら10メートルにも及ぶその巨木の頂点には大きな口が開いていたのだ。
「──肉食植物だ」
その口からは紫色のような気体と共に、飢えた獣のように唾液が漏れていた。
更にその口の下から生えている無数の
その薄い緑色の蔓が何人かの人を捕まえて自分の口に放り込んでから悲鳴が出た。
「人が喰われたぞ!!」
「いやああああああッ!!」
「ば、化け物だあああああっ!!」
そう叫んだ男性に物凄い速さで伸びて来た蔓が男性の腹に巻き付いてから、口の中に放り込まれてガブリと丸呑みされる姿を見てオレは、両足がすくみながらも一生懸命にその場を離れて、中央公園から3分ほどにある実家に向けて走り出していた。
途中で車に突き飛ばされて死ぬ人、何だかよく分からない植物の怪物に襲われて食べられてしまってる人などを視界の端で捉えながら懸命に走る。質量を感じるほどの粉塵の空気を酸素と取り込みながら、肺が焦げるほどの炎の匂いを振り切って行く。
ぜえ、はあ。と肩で息しながらもようやく家に辿り着いた。しかし幼い頃から笑顔の絶えなかった実家は半壊してて潰れており今やコンクリの瓦礫と化していた。周囲の逃げ惑う人々の叫び声を掻き分けると、俺の母親が寝転がっている所を見つけた。
「お母さん……っ!」
しかしうつ伏せになってる母親の背中には鉄の棒がぶっ刺さっており何Lもの血液が玄関だったはずの床を赤黒く染めていた。もう長くは無いと知りながら情けなくもオレは、泣きながら母親に声をかけてきた。母はオレを見ると涙しながら微笑んだ。
「ラップ……良かった、無事で良かった……っ」
「今助けるからッ!! あつっ!?」
「駄目よっ! ラップ!!」
何とか母親に刺さっている鉄棒に繋がってるコンクリ部分を退かそうと考えて、オレの手が鉄柱に触れるのとお母さんが叫んだのは全く同じタイミングだった。鋭い痛みに貫かれたように感じると悲鳴を上げて、慌てて鉄柱から手を反射的に離した。
「クソっ、どうすれば良いんだよこれっ! …………なっ、」
お母さんを生きたまま脱出させる方法を考えてると、少し奥の方から何かしらの植物が動く音が聞こえて来た。それも先程に見たような巨大な化け物のようではなく、人間の形をしたような植物がゆっくり、オレとお母さんに向かって歩いて来ていた。
『おっ、オッオッオッオッオッオッオッ……』
そんな怖気を誘うような呻き声を発しながら近づいてくる。歩き方も人間にしては明らかに歪なもので、体の至る所から生えている蔓が触手のように動き回っていて『メキメキ』という音を立てている。全身の皮膚が大木のように茶色いのが特徴だ。
だが人生で初めて見る化け物の生命体に怖くなってオレは泣き崩れることしか出来なかった。早くここを立ち去らなければあの化け物に喰われるぞと脳内が危険信号を鳴らしている。しかしここでお母さんを置いて1人で逃げる選択肢がオレには無い。
「植物の怪物が襲ってくるわ……ラップ! もうお母さんのことは良いから、あなただけでも1人で逃げてちょうだい! 早くっ!!」
オレはその辺りに落ちてた捨て服を手に纏って何とかお母さんを貫いてる鉄柱を引き剥がそうとする。しかしお母さんが苦しそうな声を上げる上に服も燃えてしまい、諦めざるを得ない。こんなものに貫かれてまだ生きてるお母さんの状態が奇跡だ。
「オレだって逃げてえよ!! けどお母さんを絶対に死なせてやるもんかっ!!」
植物の化物が刻々と近づきながらオレはその辺に落ちている衣服の全てを手に纏って鉄柱を動かそうとする。服越しに手が焼け初めて白い煙が立つ。熱くて痛いせいでオレはうめきながら涙が止まらなかった。お母さんもボロボロ泣き始めてしまった。
「もうお母さんは鉄柱に貫かれて動けない……仮に抜けられても出血多量ですぐに死ぬわ……もう本当は分かってるでしょ?」
オレだって馬鹿じゃないからそんなことはもうとっくに分かっていた。それでも現実を受け入れられない自分がいる。恩返しもロクに出来ないどころかずっと反抗期だったオレを無条件で愛してくれたお母さんを見捨てられる勇気なんてオレには無い。
「オレが傷を塞いで血を分けてやるよッ!!」
「どうしてお母さんの言うことが聞けないのよ!? お願いだからっ。最後くらいお母さんの言うことを聞いてよ! このままだと2人が死んじゃう。ラップ……っ!」
涙しながらも吠えると、お母さんから人生で一番大きな叱り声が響いて肩がビクリとした。けれど最後にボロ泣きしながらも悲痛な声で名前を呼んでくれて更に涙を誘われた。植物の化物は今にも6メートル先のすぐそこまで段々と近づいて来てる。
「だったらオレがあの化物を倒して時間稼ぎしてやるよっ!!」
オレはその化物を睨んで良く観察した。すると触手のように動き回る蔓と木のような皮膚以外にも、体の表面から赤色の果実のようなものが生えてることに気づいた。アレが心臓に違いない。あれを5ヶ所とも全て壊したら無力化出来るんじゃないか?
「こんなときにふざけるのも大概にして頂戴っ!! ラップ、最後に渡したいものがあるからこっちに来なさい!」
「ヒッ……イヤっ、嫌だよお母さんっ!!」
しかし化物のあまりにも
「これはお母さんからの最後の希望だから今後も離さずに持っていて頂戴。そして今後は人と接するときに優しくしなさい! 本当は良い子なんだから。ラップくんは」
崩壊した涙腺から再び涙が流れ始めた。もうお母さんは生きることを放棄したんだ。最後にお母さんがギリギリ中腰状態になると両腕を広げて声をかけて来た。泣いたまま笑顔を向けられて、そんな母親を拒絶できる子供なんてこの世に居なかった。
「こっちにおいで、ラップ」
植物の化物が3メートル先に居ることに構わずオレはお母さんに抱きしめた。すると母親もぎゅっと抱きしめ返して最後の温もりを堪能して彼女の言葉に耳を傾けた。
「ラップ、不甲斐ない母で申し訳無いけれど今日まで生きててくれて有難う。あなたのことを凄く愛してるから、これから先もお母さんの分まで元気に生きてて頂戴」
返事しようとして──突然お母さんに突き飛ばされた。
あっという間に若干傾いた地面を転がって距離を置かれてしまう。
訳が分からずオレはお母さんのことを四つん這いになったまま眺めていた。
「ラップ……最後に暴力を振るってごめんね……傷付けて、ごめんね……」
お母さんが号泣しながら謝罪する間にも植物の化物がお母さんに近づいて行く。やがて到着すると化物がお母さんの後ろに跪いて身体中の蔓をお母さんの体に巻きつけた。そして肩に手を置く様子を見てもオレは何も出来ずに泣き叫ぶしか無かった。
「やめろ……やめろッ!! 殺さないでくれえええええええええええッ!!」
化物が人間の形をした口をガバアっと、顔以上の大きさにまでバックリ開いた。
口の内側は真っ赤で、粘性のある唾液と共に何百本ものとんがった歯が生えてた。
お母さんのことを頭から丸齧りする気なんだと一瞬で悟れたがどうしようもない。
「ラップ……」
自分の髪の毛に汚い粘液をかけられてなおお母さんが笑顔を崩すことは無かった。
「お母さん、愛してるから。ラップのことを誰よりも愛してるから……ずっと……」
それだけ言い残すと植物の化物が本当にお母さんの頭から丸齧りにして、首から上をそのまま『ブチャッ』と食い千切って血という血が辺りに飛んだ。咀嚼して飲み込む様子を見せた化物が一瞬いつも通りの人間の顔に戻るも今度は遺体に齧り付いた。
「はっ、うぁっ……うおああああああああああああああああッ!!!」
その光景を見て夕日が差す中、オレの絶叫が、しばらく辺りに鳴り響き続けた。
けれどこの出来事はまだまだ崩壊の序章に過ぎなかったのだ。
何故なら今にも世界各地でバイオテロが蔓延し、同じようなパニックが起きて──
その日に人類は思い出した。地球の覇者が自分達ではなく植物だということを。
母なる自然を怒らせてきた報いを受ける審判の日が今日こそ、やって来たと。
そう、人類史で初めて自然界の食物連鎖のヒエラルキーがひっくり返ったのだ。
まさか現実でこんなことが起きるなんて3時間前のオレは思わなかっただろう──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます