黄泉の覗き穴

 男は物件を探して不動産屋にきていた。


「この部屋やたらと安いですね……まさか」

「はい。訳あり物件なんです」


「人が死んだとか?」

「いえいえ、そんなんじゃありません」


「じゃあ、幽霊が出るとか?」

「部屋には出ないんですが……まあ、それに近いですね」

「気になるなあ。一度内覧させてください」


 案内されたのは、ごく普通のマンションだった。

「ここですか。特に変わったとこはなさそうですね」


「では、玄関の覗き穴をご覧ください」

「これは?」


「はい。そこから黄泉が見えるんです」

「黄泉ですか」


「はい。もしですね、幽霊がチャイムを鳴らして、お客様が出られた場合、二度と現実に帰ってこれなくなります。幽霊以外だと出られても大丈夫なのですが……やめますか?」


「いや……ここにします」


 それから数か月後。

 チャイムが鳴って覗き穴を見ると妻が立っている。

 男はもちろん扉を開けた。そして二度と帰ってくることはなかった。

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