4 誰がために歩きまわる
お
「頬撫ぜ……そうだ、バンちゃんを
と、どう受け止めていいか判らないことを隼人が言っている間に、ササッと奏さんはお汁粉の食器を片づけた。
高尾山の南側の
「んじゃ、行ってくるね」
車を降りて機嫌よく山道に入っていく隼人を見送りながら、奏さんが僕に懐中電灯を渡してくる。
「隼人には不要だが、バンには必要だ、この先、街灯がないからな。隼人のペースに巻き込まれるなよ」
奏さんは車に残って待つつもりだ。
「バンちゃん! ボクをひとりにしていいと思ってるのっ!?」
隼人の怒鳴り声に、僕は慌てて隼人を追った。
僕が追いつくと、いつもの事だけど、すかさず隼人が腕にしがみ付いてくる。僕の腕にしがみ付くと安心するんだそうだ。そしてやっぱりいつも、僕は止まり木になった気分がする。そう、いつも感じる。いつも……
奏さんが言う通り、山道に街灯なんかあるはずもなく、真っ暗だ。
両側に
すぐに
「頬撫ぜちゃん、元気ぃ? 隼人が来たよん」
「そうなんだ? まぁ、ここじゃ人通りなんかないよね……お腹空いてる? バンちゃんの事、撫でまくるといいよ……あぁ、舐めると効率がいいんだ? 舐めちゃって、思い切り舐めちゃって」
おぃ! 隼人、話が違う! 途端に頬を舐めまくられる感触が……うぎゃっ!
「ところでさぁ、うちの子たち……そそ、人狼の双子ちゃんがね……」
あれ? 隼人、ちゃんと朔たちの事、覚えてたんだ?
隼人がそこから声を
頬撫ぜは隼人と熱心に話し込んでいるようだったけど、僕を撫で、舐めるのをやめようとしない。時々、口元を舐められそうになって、僕は顔を
「うん、判った」
「あ、そうだ、うちのバンちゃんの顔、舐めるのやめてよね! バンちゃんの顔、舐めていいのはボクだけだから!」
おいおい、さっき言ったこと、すっかり忘れているよね?……
「さって、帰ろう。奏さんに言って、
―― いや、とろろが名物なんだが? いや、それ以前に、こんな深夜に蕎麦屋が
ガタガタ音を立て続ける祠を無視し、隼人は僕の背を押して小道を戻る。名残り惜しそうに頬撫ぜの指先が僕から離れていく。
「去って、帰ろう、だって……むふふ」
僕の後ろではダジャレ大好き隼人がコソッと
車に戻ると例によって奏さんが、方向転換を済ませて待っていた。
「隼人、ファミレの新作スイーツ、好評らしいぞ。帰りに寄るか?」
スマホを
「やった! 奏ちゃん、ファミレにレッツゴー!」
大喜びで隼人が答える。隼人の頭の中から蕎麦が瞬時に消えた。でも、コンビニスイーツが売り切れてるって、よくあるよね? 一抹の不安が残る。
しかも目的のコンビニに着いたら、珍しく『ボクも行く。この目で確認する』と言い出した。これで、もし欠品してたら、コンビニの中だろうがきっと怒りまくる。
「バンちゃん行くよっ!」
車で待っていようと思ったのに、隼人は許してくれそうもない。
「隼人、これだな」
と、目的のスイーツを奏さんが見つける。良かった、有ったんだ。
「うん、美味しそうだね。バンちゃん、買って」
買うのは僕なんだね……隼人は僕が会計をしている間、コンビニの中を物珍しそうにうろうろしている。
あれ? なんだか他のお客さんの近くを意識して歩いてないか? それにお客さんたち、隼人が通り過ぎてから、不思議そうに振り返ってないか?
隼人のリクエストのスイーツと、ホットケーキを二つ、奏さんにブラックコーヒーを買ってコンビニを出る。
車に乗る寸前に隼人が言った。
「頬撫ぜちゃん、そろそろ
―― 隼人、頬撫ぜを連れて来ていたのか? あの時、祠がガタガタ揺れたのは、頬撫ぜが隼人に
「ボクの記憶も千年分くらいは食べたでしょ? 急に食べ過ぎるとお
隼人が宙を追うように視線を動かす。頬撫ぜは無事、祠に帰れるだろうか。祠に帰りつくまでに、何人の頬を撫でるんだろうか?――
そのあとは、真っ直ぐ
たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーで、さっき買ったチョコレートと生クリームとオレンジピールと砕いたチョコクッキーの乗ったチョコレートプリンを食べて、さぁ、寝るよ、と言うかと思いきや、隼人、やっぱり食べ物の事は忘れない。
「バンちゃん、ホットケーキは?」
―― まだ食うか……
「あれは朝食用に買ったんだよ。
「ホント? んじゃ、早く寝よう。で、早く起きようっ!」
早く起きたって、朝が早くくるわけじゃないと思うけど、僕はわざわざ言わなかった。そう、いつも言わない。いつも、言えない……
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