天然のフリをして
三郎
一話
エイプリルフール。嘘をついて良い日とされているこの日だが、そんな日でも、吐いていい嘘と悪い嘘がある。その区別がついていない人間がここにも一人。
「これ、二人にやってほしい今年のエイプリルフール企画」
渡された企画書に書いてあった内容は、私とメンバーの
「……なるほど」
ふざけるな。同性婚が法制化されることを切実に望む人達を馬鹿にするようなこんな嘘、笑えないし炎上するに決まっているだろう。馬鹿なのか?
喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
今回一緒にドレスを着る彼女とは同期で、仲がいい。そこに目をつけたプロデューサーは『百合営業をしよう』と言い出した。最初はそれに従っていただけだった。だけど、いつしか私達の愛は本物になった。一過性のものなんて言わせない。私は営業として演じる前から本気だったから。彼女もそうだと言ってくれた。私も彼女も同性愛者だ。メンバーやファン達はもちろん、プロデューサーもきっと、それを知らない。知っていて営業としてやらせているなら人格を疑う。知らなくてもふざけるなと言いたいけど。
「……プロデューサー。これ、炎上すると思います」
怒りを抑えながら、意見を述べる。するとプロデューサーは「ポリコレなんてくだらない事言う奴には言わせておけばいい。オタクが勝手に火に油注いでくれるから」と悪びれる様子もなく笑う。炎上商法のつもりなのだろうか。呆れてものも言えないが、下手に意見すれば首が飛ぶ。アイドルは続けたい。出来れば穏便に、事務所を移籍したい。きっと、私たちのファンの中には私たちのような同性愛者も居る。その人達を裏切るような事を、これ以上したくない。私達の関係を、本当に営業にしたくはない。だけど、どうしたら——
「プロデューサー、一つ提案があります」
菜々子が真っ直ぐに手を上げて、意見を述べる。
「一日遅らせて投稿してもいいですか?」
「遅れて? なんで?」
「天然キャラなので。うっかりやらかした方が菜々子らしいかと思って。それだけです」
「なるほど」
頷くプロデューサー。菜々子は私に任せてと言わんばかりに、私の方を見て笑った。プロデューサーの意向で天然キャラでやっている菜々子だけど、本当の菜々子はしっかりしていて、頼もしい。天然キャラを利用して一日ずらしたのは、私達の関係を嘘にしないためのささやかな抵抗なのだろうか。本当にそれだけ? 彼女の真剣な表情の中には、まだ何か企みがあるような気がする。
「どうですか? プロデューサー」
「そうだな。じゃあ、菜々子に任せる」
「ありがとうございます」
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