第27話 お風呂 その2

 今、碧に身体を洗われている。


 気持ちいい。


 とても気持ち良くて、ぼんやりと夢見心地。


 湯舟の蒸気に碧と二人包まれて、思考が溶けてゆく。


「どう? 加減がわからないのだけど」


 碧の問いかけ。


 碧のタオルが、背中から足に降りてくる。


 それから碧が前に回って、俺の胸に手を当てる。


 碧の白くてすべすべの手が全身を洗い流してゆく。


「ああ……すごく……気持ちいい……」


「卯月君がまともじゃないこんな状況だから言えるけど」


「うん……」


「卯月君と一緒にいると、少しだけ……寂しさが紛れるわ」


「寂し……さ……?」


「そう。孤独。私の心の闇も一緒に流してしまえるんじゃないかって、思えてくる」


 碧の顔が近くにあった。


 綺麗な造り。うっすらと染まった頬。ピンク色の柔らかそうな唇。


 その表情に感情の色を見えないが、二人の間の時間が止まる。


 互いに見つめ合い続け……


 碧が何か言おうとして口を開きかけた場面で……


 ばたんっ!


 浴室の扉が開く音がして、その冷水に俺は驚いてそちらを見る。


 息を切らして、でもそのまなこに怒りの炎を燃やしている恵梨香。


 そしてドキドキとした顔で興味津々といった表情を浮かべているエミリちゃん。


 二人がドア口から飛び込んできたのだった。


「ちょっと! 碧っ! こんなとこで勝手になにしてるのっ!」


「碧ちゃん。抜け駆けはずるいですぅ。エミリも光一郎君と流しっこするですー」


 俺は、冷や水を浴びせかけられて、すっかり正気に戻っていた。


 恵梨香とエミリちゃんに嫌われる為とはいえ、俺、碧と雰囲気作ってしまっていた。


 マジしっかりしろ、俺!


 碧はそんな俺に背を向けて、二人に向き直る。


「来るのが遅かったわね。恵梨香さん」


 眼前に怒りの恵梨香と好奇のエミリちゃんがいるのだが、碧の冷涼な声は微動だにしていない。


「機会はまだまだ沢山あるわ。私と卯月君は同棲しているのだから」


「私とエミリもよっ!」


「貴女たちは同居よ」


「むきーーーーーーっ!!」


 癇癪声を上げた恵梨香に碧が勝ち誇る。


「卯月君は既に私を選んだこと、理解しておいて」


 そして碧が俺の前に顔を置いて、ふふっと目を細める。


「卯月君。今日は邪魔が入ったけれど、改めてイケナイことを二人だけでしましょう。今度は最後まで身体で繋がる感じで」


 言い終わると碧は二人を気にするそぶりもなく、浴室を後にして見えなくなった。

 まじか!


 碧、作戦とはいえ、やりすぎじゃないのかっ!


 呆然と碧の後ろ姿を見送る俺。


 恵梨香とエミリちゃんの二人が、その碧ではなくじっと俺を凝視しているのに気付いて疑問符を浮かべる。


「恵梨香……さん?」


「小さいとき一緒にこのお風呂に入ったけど……光一郎、昔と違って……ごくり……」


「……ごくりって?」


「興奮するわね。碧が突撃するのもわかる気がするっ……って、同意しちゃダメじゃない、私!」


「エミリは男の人の裸、ネットでしか見たことないけど、女の子と全然違うんだね」


「恵梨香もエミリちゃんも出てってくれ!」


 俺はたまらず言葉を浴びせかけたが、二人はその目を俺から離さない。


「光一郎。久しぶりに私と一緒に入らない? その……裸の付き合いってことで」


「光一郎君。その男の人の身体でエミリのこと……じゅるっ……」


「ダメ。俺正気に戻ったから」


「「意地悪……」」


 二人が同時にハモって、拗ねた子供のように俺のいる風呂場を後にするのであった。

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