第26話 お風呂 その1
夕食後はお風呂の時間だった。
普通の自家風呂なので、二人も入れば満員になってしまう。もちろん一緒に入ることなどあろうはずもない。
時間をずらして、四人めいめい湯船につかることになった。
そして今、俺は風呂桶の中で湯に漬かっている。
今日一日、女の子たちと色々あった。その疲れが、徐々にではあるが癒えてゆくと感じられる。
一人になっていつも通りに身体を洗い流していると、落ち着いた自分だけの時間を実感できる。
心が休まる。
芯からリラックスできる。
今でも一つ屋根の下、彼女たちに囲まれて、サバンナの子羊の様な俺ではある。しかしそんなドロドロした恋愛沙汰からは無縁の、お風呂での賢者タイムは素晴らしいと再確認できる。
うん。心が洗われるようだ。
そんな俺の目端にちらっと移るものがあって、なんだ? と意図もなく見やる。
すりガラス越し。脱衣場に影が見えた。
人のシルエット。
誰だ? いや、この家には俺の他に、恵梨香とエミリちゃんと碧がいるのだが。
洗濯の時間じゃないはずなんだがという疑問とともに眺めていると、ガチャと浴室の扉が開く。
その人物の「姿」に思考が停止して、時間が止まった。
何を見ているかがわからなかった。
いや、見ているモノはわかるのだが理解がおいつかない。
「卯月君」
その落ち着きの中にも艶を帯びた表情に、頭が回転を始める。
徐々に理解がおいついてきて、心臓が鼓動を打ち鳴らしだす。
頭に血が上ってきて顔が熱を帯びてゆくのがはっきりとわかった。
なんと、白いバスタオルを身体に巻いた碧が入ってきたのだ!
「ちょっと! 碧っ! 何で入ってくるのっ!!」
俺は驚いて声を上げた。
いつもはクールな碧の顔が、うっすらと染まっている。
朝、俺を迎えに来た恵梨香たちの前にバスタオル一枚で登場した時以来の碧の柔肌。白く綺麗で、それでいて風呂の蒸気に薄紅色に色づいた、顔、手、太もも。真っ白なバスタオルの下のとても綺麗な形の胸の膨らみに、その肢体を想像してしまって、慌てて頭を振った。
なんてことを想像してしまっているんだ、俺!
つーか、碧、なんでここに入ってきてるの!
俺も凡俗だから、その俺の視界に移っている裸体、いや裸体じゃなくてバスタオル姿だけど。に反応してしまうのはどうしようもなくて!
――と。
「正直、女としての自信はないのだけど。卯月君には喜んでもらえたみたいね」
碧が、慌てている俺を見て悪戯っぽく笑った。
「なんでっ!」
「卯月君と一緒に入ってみたくて」
「マジ……ですか?」
「嘘。恵梨香さんたちを挑発するためよ」
ふふっと、薄紅色に色づいていた頬に、いつもの冷涼さを見せる。
「ごめんなさい。期待させてしまったかしら?」
「いや。そこまではない」
「ほんとう?」
「…………」
「…………」
「すいませんごめんなさい。少しだけ期待しました」
「素直でよろしい。お礼に、恵梨香さんたちが来るまで少しの間背中を流してあげるわ」
「マジですかー」
「湯船から上がって椅子に座って」
ちょっと躊躇したが、碧に微笑まれて覚悟というか、欲望に素直になることにした。
碧に導かれるようにして、俺は腰にタオルを巻きつけながら風呂を上がって椅子に座り、背中を向ける。
碧が俺の背を泡立て始める。
「今くらいは何も考えずに身を任せて」
「碧……」
「私の、罪悪感も一緒に流してしまいたいと思うわ」
「罪悪感?」
「そう。卯月君や恵梨香さんたちを巻き込んだこと」
碧の心の中は明確にはわからない。
しかし、恵梨香たちの前で傍若無人に振舞っている碧にも申し訳ないという気持ちが確かにあることは理解できた。
女の子の心は複雑すぎて俺ごときにはわからない。
身体に与えられている感触に頭の中を支配されてゆく。
考えるのをやめた。
背中を流されながら……
俺の心は碧の中に沈んでいった。
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