第23話 二人がやってきた その1

 翌日の放課後、恵梨香とエミリが大きなキャリーバッグを抱えてやってきた。


 エミリはトラックに引っ越し荷物を詰め込んで運んでもらうと言ってきたのだが、流石にそれは俺が拒否した。


 俺の家の空き部屋は一つなので、そこを恵梨香とエミリの二人で使ってもらうことで承知してもらっている。


 そして恵梨香とエミリが荷物を二階の部屋に運びいれ、片づけが終わってから四人で一緒に一階のダイニングでお茶をした。


 ここまではよかった。


 碧も恵梨香やエミリにちょっかいを出すことはなく、会話が弾むというお茶会ではなかったものの、一息つけたという印象があった。


 問題はこれからだった。


 四人一緒に階段を上り、「じゃあまた」という言葉で別れて、恵梨香とエミリは自室に、碧と俺は俺の自室に引っ込もうとしたときに事態が急変した。


 エミリが部屋に先に入っていって。続いて何の気なしに自室に引っ込もうとしていた恵梨香が、ドアノブに手をかけたところで動きを止め、気付いたといわんばかりにこちらを振り向いてきた。


「ちょっとまちなさい! なんで碧が光一郎の部屋に入るの!?」


「同棲しているからに決まっているわ」


 俺の部屋に入ろうとしていた碧が、ちらを恵梨香を見やり涼しく応答する。


「だから! あなたはあなたの部屋に行きなさいよ!」


「ここが私の部屋よ」


「そこ。光一郎の部屋なんだけど」


「そうね。私と卯月君の『愛の巣』よ」


 瞬間、恵梨香の顔が真っ赤になって、きいっと癇癪の表情に変わった。


「そんなもの認めるわけがないでしょ! どっか他に行きなさいよ! 私やエミリだって別の部屋なのよっ!」


「他の部屋は埋まっているわ」


「だったら物置にでも引っ込んでなさい」


 激高しているライオンと、それに涼しく対峙している虎の様。


 恵梨香の激怒と、それを軽くいなす碧の間に俺ごときが割って入る隙間がない。


 いや、ここは黙って大人しく嵐が過ぎるのを待つ場面だろうと俺の本能が判断している。


 猛獣二人の間に割って入ったら、子羊ごときの俺などあっという間に骨片になってしまう。


 すると碧が不敵に笑った。


「恵梨香さん。貴女やエミリさんが、卯月君にとって私と同レベルの女だと?」


「どういう……意味?」


「私と卯月君はもう既に恋人同士であると同時に、将来を約束した仲なのよ」


「それって! ヤッたの!?」


「さあ。どうかしら?」


「昨日まだしてないっていったじゃない!」


「男と女になるには一晩あれば十分だと、思わない?」


 どう? と問いかける碧の目線。


 挑発するような笑みを恵梨香に注ぐ。


「光一郎!」


 いきなりこちらに矛先が飛んできて、ビクリと背筋が震える。


「『寝た』の?! この女と!? 私の事を差し置いて!」


 俺は、ふるふると怯えた小動物の様に顔を振って否定の意志を示した。


「どうなの!? はっきりしなさい?!」


「してない。マジ。天地神明に誓って。俺、いまだに童貞!」


「ほんとなのね」


「ホント」


 俺の真剣な目線を受けて、ふうと恵梨香が落ち着きの息を吐く。


 そののち、再び碧に険しい視線を向ける。


「私が見ていないからっていい加減なことを言って。でもそれと同様にあなたが見ていない部分だってあるのよ。覚悟しておきなさい!」


「私が見ていないところで卯月君に手を出すと?」


「出すわよ! 出しまくるわよ!」


「でも卯月君は私以外は相手にしないわ。実際、話は元に戻るけど、私と卯月君は相部屋。恵梨香さんとエミリさんは別の部屋なのよ」


「それよ、それ! なんとかしなさいよ、光一郎!」


 恵梨香がシャーと俺を威嚇してくるが、碧との仲を見せつける計画は進めなくてはならない。


 隣にいる碧と目と目であいコンタクト。


 視線を絡ませてから、覚悟を決めて言い放つ。


「ゴメン。俺、碧と一緒がいいんだ。恵梨香とエミリは別の部屋で我慢してくれ」


 瞬間恵梨香の目が見開かれ、それから顔を鬼の形相に変えてゆく。


「光一郎っ! これで私が諦めると思ったら大違いよっ! 私はまだ切り札が残ってるんだからっ!」


「でもその切り札も、卯月君に防御能力がある内は無意味だわ」


「シャラップッ!! それはあなたも同じこと! 光一郎があなたに能力使ったら、光一郎は無防備になってあなたは負けるのよっ! ちょっと気に入られてるからって調子に乗らない事ねっ! まだ勝負はこれからよっ!」


 言い捨てた後、ドカンとドアの閉じる音を残して隣の部屋内に去ってゆく恵梨香。


 俺は碧と二人になって、ふぅと息をついた。

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