第18話 幼馴染×一目惚れ その1
俺の家の玄関先でクロぼうに混乱させられたが、時間はとっくに登校時刻になっていた。
玄関先に立ちつくしているという訳にもいかず、そのまま三人で学園へという流れになった。
三人の間に流れる微妙な空気。
それを打破しようと俺が何かを口にすると、二人からジロリと睨まれてヘビににらまれるカエルの様に俺は押し黙る。
そう言った機会が二度三度続いて、三人無言で足だけを進める時間が過ぎていたが……
「こうして光一郎君と一緒に登校するの、エミリは初めてで興奮します」
エミリちゃんがその気まずい空気を打ち破ってくれた。
「なんでそこで興奮なの、エミリ。まあ私は何年ぶりかで懐かしいって感じかな?」
国道沿いに進んで港南中央公園脇を通り、スロープを昇る。
止まっていた時計が進みだし、二人の会話が流れ出す。
俺の趣味から始まって、女性の好みやその女の子に対する姿勢にまで及んで、俺は背筋の冷や汗が止まらない。
この娘たち。俺を取り合っている能力者として敵対関係だと先ほどクロぼうにバラされたばかりなのに、結構仲よかったりするんじゃないのか?
女の子同士の関係を不思議に思ったりもする。
いや、碧も含めて美少女三人に迫られて、普通の男なら喜び勇んで仲を深めようとするところなのだが、この娘たちには運命のパートナーという脅しを入れられている状況なのであってそういう訳にもいかない。
かなり楽しそうに俺に関する問答を交わしている二人を眺める。
この子たちといきなり将来にわたってのパートナーというのではなく、親しい異性の友達関係から始められるのなら大歓迎なのだがと思いを馳せる。
実際問題としては、俺も含めて三人共に人間の欲望を実現できる能力者なのが、話を複雑にしている。
人間は欲望の生き物だ。
食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求。
もちろん平穏と安寧を愛する俺にも愛欲はある。
所詮、無理筋なのか……思っていると、恵梨香の問いかけが耳に入ってきて、俺の思考を打ち破った。
「エミリはどうして光一郎の事が好きになったの?」
「そういう恵梨香ちゃんは? 幼馴染だから?」
そうね、と恵梨香が相槌を打ちつつ話を続ける。
「光一郎とは幼稚園の頃から一緒で。最初は活発な私と大人しい光一郎の間に接点はなくて」
「うんうん」
「そんな女々しい光一郎が嫌いでちょっかいを出すというか、虐めているという関係がしばらく続いたの」
「なるほどね~」
うんうんとエミリが恵梨香の話しに相槌を打って先を促す。
「そんなとき、私が年長の男子グループに囲まれた事があって」
「やばい感じ。それで?」
「男の子も女の子も誰もそばに寄ってこない所に、光一郎が『やめなよ』って近づいてきたのが私と光一郎の馴れ初め」
「すごいねー。白馬の王子様にきゅんきゅんきちゃうねー」
「それからなし崩しに一緒に遊ぶようになって。実際に遊んでみると漫才のボケと突っ込みみたいに結構気が合うことがわかって。小学校になってからも日が沈むまで公園の砂場とかで泥だらけになったりして二人して遊んだわ」
恵梨香が昔を懐かしむように遠い目をして遥か虚空に目をはせる。
「で……肝心の思春期の部分がまだなんですがー」
エミリがニマニマとした笑みを送ってくると、恵梨香は照れたように下を向いた。
「気づいたら異性として好きになってたというのが、正直なところ。小学校までは汚れた後に一緒にお風呂にはいっていたくらいなんだけど、私も光一郎も成長期になって大人の階段を上り始めると、互いに成長しつつある身体が気になるようになって……」
「お風呂とかいつまで一緒に入ってた?」
「小六まで……かな」
「それならもう立派に男と女だね~。恵梨香ちゃん、よく我慢できたね~。私ならしちゃってるかも?」
「互いの気持ちが、単なる親友では治まらないことを実感しながら、この年にまでなったという訳」
うんうんと恵梨香の隣のエミリが、いい話ね~という感じで頷いているって、ちょっと待て!
「互いの」ってなんだ?
俺はそこまで恵梨香を女としては意識していなかったぞ。
いや、最後の頃にお風呂に入った時は、徐々に若い果実になりつつある恵梨香の事を見るのが気恥ずかしかったのは覚えているが。
でもそれから、女の子と男の子としての関係はそれほどなくて、心地よい親友関係が続いていたと俺は思っていたのだが、実際は違ったのか?
「じゃあ、恵梨香ちゃんは小学校高学年の頃から光一郎君を男の子として見るようになったんだ?」
エミリの問いかけに、
「そう。それからずっと『女』として狙ってた。光一郎は鈍感だから何も気が付かなかっただろうけど」
正直に返答した恵梨香に、「知らなかった!」と俺は驚愕していた。
俺の事、『女』として狙ってたってマジか?
確かにこのゲームが始まったきっかけになった脅迫混じりの告白の時点でそんなことを言っていたのは覚えている。
しかし俺の方は、気のいい女友達として見ていたのであって、だからこそ中学の時も高校になっても周囲の目を気にせずに平穏な心持ちで一緒に会話してお茶してご飯を食べていられたのだ。
草原にいる子羊の様な俺の傍で、こいつはうまそうだと狼の様にずっと狙っていたみたいな言われ方は、ちょっと気の知れた親友と言えども怖さがあった。
いつの間にか口腔内に溜まっていた唾液をごくりと飲み込む。
女は女に生まれるのではない、女になるのだと言った人の記憶があるが、俺の知らないうちに恵梨香は女の子から女に成長していたのだ。
うわー、ちょっと女ってすげーよ、俺のかなうところじゃねーよ、ぜってー勝てねーこのゲームとか思ってしまってどうしようとこんがらがる。
そんな俺を後目に今度はエミリが語り出した。
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