第16話 浮気
「光一郎。今日も一緒にカフェテリアに行くわよ。エミリとは休戦したから、また三人でいちゃつくの」
「それがいいです。エミリも光一郎君と一緒にちゅっちゅするですー」
翌日の昼休みになって、また二人が俺の机のところにすぐさまやってきた。
無論、教室中の視線を集めて。
詳しく言うと、女子生徒は興味やゴシップとしての好奇の目が多く、男子生徒たちは嫉妬と憎悪の視線が厳しい。
「いくわよ」
「いきますです」
二人して意気揚々とまだ机に座っている俺の腕を引く。
その場面で教室が突然ざざっと波打った。
そのクラスメイトたちの視線が集まった先を、俺も恵梨香もエミリも見やる。
突然の登場。
黒板脇の出入り口に、別クラスの学園三大美少女の最後の一人、水瀬碧がまっすぐに立っていたのだ。
碧はその落ち着き払った態度のまま、二組の中に入り込んでくる。
生徒たちが動きを止めてその挙動を見つめる中、俺の脇にまでやってくる。
「卯月君。約束通り一緒にお昼を食べましょう。サンドイッチを作ってきたわ」
恵梨香やエミリちゃんの様な昂揚した態度ではない。
だが、その落ち着いた抑揚は確定事項だと思わせる強い力を感じさせた。
恵梨香は一瞬ぽかんとしていたが、表情を険しいものに変えて碧に向き直った。
「水瀬さん。何のつもりなのかしら。私たち三人の関係はもう学園中に知れ渡っていて、水瀬さんもわかっていることだと思うんだけど」
エミリもむぅと浮かべていた笑みをしかめる。
「そうですそうです。光一郎君は、エミリか恵梨香ちゃんを運命のパートナーに選ぶ選考中なんですよー」
二人して、突如現れた碧に邪魔だという視線を向ける。
「そうは言われても。卯月君と私は貴女たちが告白する以前から付き合っていたのだからどうしようもないわね。もちろん周囲には秘密の関係だったのだけど」
「「!」」
恵梨香とエミリが目を見張る。
同時に、クラス内が一瞬静まり、その後に「おー」という驚きの歓声が響き渡った。
碧の登場は、俺と仲良くやっていると思っていた恵梨香とエミリちゃんにとっては青天の霹靂。
クラスにとっては思いがけない事態、超展開で、嫉妬より興味が勝った様子だ。
恵梨香とエミリちゃんが俺にその混乱と困惑が治まらないという顔を向けてきた。
「光一郎、どういうこと。水瀬さんと付き合っていたって本当なの?」
「光一郎君。碧ちゃんが言っていること、ほんとですかー?」
俺は短く端的に答えた。
「本当」
俺の答えに、さらに教室中が、どよめいた。
昨日、五時間目に碧とカフェテリアで練った戦略だ。
家で覚悟は決めてきた。
決めてきたのだが、このクラスメイトたちの興味津々という視線。男子生徒たちの、修羅場になって俺たちの娯楽になった後、皆に捨てられろという目線は、厳しいものがある。
孤立無援(碧以外)。
なんという居心地の悪さ。
脂汗が全身から噴き出してくる。
恵梨香が俺に注ぐ視線が凍り付いていて、エミリはむぅと不満そうな顔をしている。
「で、どう落とし前つけてくれるのかしら、光一郎? 碧さんと付き合っていたことを隠して三股かけていた浮気男。今度は土下座じゃすまないわね。市中引き回しの上、さらし首かしら?」
「エミリは不満なので最終手段つかっちゃいます」
「私も切り札を使うしかないわね。光一郎が土下座して勘弁してと頼んでももう無理」
二人して最後通牒を告げてくる俺に助け船を出してくれたのは、碧だった。
「許してあげて。卯月君は美少女とみれば節操なく手を出す男のクズだから。理性ではなくて下半身の脊髄反射で行動するケダモノなの。だから、浮気や不倫はお手の物。日常茶飯事の挨拶みたいなものだから、私のことは気にしないで卯月君といちゃいちゃしてくれていいわ」
助け船になってなかった。
「安心してもらっていいわ。卯月君は性欲の魔獣だけど、私は何も許していないから。付き合っていたといってもプラトニックで、極親しい男友達みたいな関係。本物の彼氏彼女とはまだ言えないわ」
「「むぅ」」
二人が同時にうめいた。
「なら、私が光一郎を最初に落とせば問題ないってこと? それで水瀬さんは納得するの?」
「納得するわ。私も厳しすぎたと反省しているから、卯月君とはもっと仲良くなろうとするけれど」
「エミリは、恵梨香ちゃんや碧ちゃんとは関係なく、光一郎君とむちゅむちゅするです」
「ご自由に。エミリさん。私も自由にさせてもらうから」
「三股ね、光一郎」
「そうね。卯月君」
「エミリも愛人候補です」
三人の視線が絡み合い、みな不敵な笑みを浮かべた。
「すげー! 昼ドラかよっ!」
「ちょっと! ここまでくるともう最後までいっちゃってって思うけど」
「ところでお前、誰に賭けてる? 俺、エミリちゃんに全財産ベットしてるんだが……」
クラスの面々が三々五々と、にぎやかな声ではやし立てる。
どうすんだ、これっ!
恵梨香とエミリが俺を嫌って諦めてくれる方向性じゃなかったのか?
混乱に拍車をかけただけじゃないのか?
思うが、時すでに遅しという感じで碧が教室に向かって言い放つ。
「みなさん。私も卯月君争奪戦に加わることになりました。以後、落ち着いて成り行きを見守ってくださる事を望みます」
「「「おー!!!!!!」」」
教室中がそれに答えた。
「裏サイトで行われているブックメーカーのオッズが変わると思いますが、混乱のないようにと話はつけています」
なんだそれっ!
聞いてないよっ、俺はっ!!
つーか、俺、賭けの対象になってるの?
マジ?
呆然と状況を見るしかない俺に碧が向き直ってきた。
「これで堂々と私と卯月君はいちゃつけるようになったわね。以後、異性の関係としてよろしくお願いするわ」
ふふっとそのクールな相貌を崩してまるで悪女の様にわざとらしく口端を吊り上げる。
ちょっとやりすぎじゃないのか、と思う間もない展開に背筋がぞわりとした。
水瀬碧と言う女性はやっぱり何を考えているのかわからない。
女ってこえーよと思わずにはいられない俺なのであった。
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