第5話 恵梨香に脅される
国道を進み、港南中央公園の緑脇を歩いていると、恵梨香からLINEが届いた。
用事があるから一時間目のホームルームの前に生徒会室に来るようにという連絡だった。
この時間帯、登校路に制服の姿はまばらだ。
丘上に続くスロープをゆるゆると進むと、真新しい校舎が見えてきた。
俺はそのまま昇降口で上履きに履き替え、ひとけの少ない廊下を進み、生徒会室にまでやってきた。
コンコンとノックすると、「どうぞ」という返答が返ってきて中に入る。
生徒会室の中には一人だけ。制服姿の女生徒がこちらに端正な背を向けて立っていた。
「ちゃんと来たわね。まあ来なくても二人だけの時間は作るんだけど」
そのサラサラロングの黒髪の女生徒、綾瀬恵梨香がセリフと共に振り向いてきた。
いつもの優等生美少女の端正な面立ち。
だが、何か含みというか、思惑のある表情に見える。
それを考えても仕方ないので俺は特に気にもしない。
「呼び出されたからな。なんか用事があるんだろ? まあ、雑用も嫌いじゃないからいいんだけどな」
「いきなりだけど……」
恵梨香は俺の反応を窺うように一拍置いてから、言い放ってきた。
「私と彼氏彼女の関係にならない? いまさらそれ言うのって感はするけど」
驚いた。
正直、驚いた。
驚いたのだが、同時にうーんと返答に困る。
「俺とお前って仲の良い友達、腐れ縁の幼馴染じゃなかったのか?」
恵梨香がバツが悪いというか、ちょっと気恥しそうに頬を染めながら目線をそらす。
「ずっと言いそびれてた。っていうか、言い出せないまま時間だけが過ぎてったってのが本当の所」
「確かに昨日、ちょっと下校時に会話したな」
「私、光一郎とずっと彼氏彼女の関係になりたかったの。だから副会長に指名して距離を縮めようとしてたの。男女関係的な」
「まあ、俺とお前。馴染みがありすぎて、恋人になるにはドキドキ感というか、初々しさが全くないからな。倦怠期の夫婦みたいな」
「そう! まさにそれ! よくわかってるじゃないの、光一郎! やっぱりパートナーにしたいって思い直している所、今!」
俺と意気投合して表情をほころばす恵梨香。
一拍置いてから、ニンマリとした笑みを浮かべてふふんと鳴らした。
「そしてそれをかなえる能力を手に入れたわ。彼氏彼女の関係から将来に至るまで。運命のパートナーになる力。『夢魔の能力』よ。なんのことかわからないだろうけど」
!
今なんつった?
『夢魔の能力』って言ったよな?
「光一郎がそれほど彼女が欲しくないことは知っているわ。でもどう、わたしは?」
恵梨香が両腕を広げて、学園二大美少女であるところの自分を披露する。
「『夢魔の能力』を使ってみたいところだけれど、でもそれは最終手段というところで。将来的な事は目標として置いておいて、まずは恋人関係から始めましょう」
また言った!
『夢魔の能力』!
なんでこいつがその言葉を発するんだ?
いやな予感がしつつも、恵梨香はそんな俺の不穏をわかるはずもなく続けてくる。
「はっちゃけると、小さいころから一緒に何げなく下校していても、いつも光一郎のこと考えてた。年頃になって女になってくると、いつも光一郎の顔が浮かんで、ベッドの中でも悶えて苦しんで。流石に私ももう限界。そんなときに私の元へ『アレ』がやってきたの。私も、光一郎との関係が進まないのはもう限界っぽくて、我慢しなくていいって思ってしまったわ」
恵梨香は『アレ』と言った!
俺のところには『クロぼう』がやってきた!
もはや間違いはないだろう。
恵梨香の所にも、夢魔がやってきて、運命のパートナーを作る契約をしたのだ!
あのクソ猫。夢魔と契約とか超絶ラッキーとかいって、目の前にもう一人『夢魔能力者』がいるじゃねーか!
どうすんだ、これ!
俺は胸中でうめきながら思考を巡らす。
恵梨香のアタックは俺の能力の自動防御で防げるが……
恵梨香はアタックが失敗したらどうすんだ?
怒るのか?
悲しむのか?
落ち込むのか?
恵梨香に哀しい想いはさせたくないという気持ちが働いた。
加えるならば、恵梨香の事は嫌いじゃない。友人として好きだと言ってもよい。
相手が恵梨香でなければ、即ごめんなさいというところなのだが、無下に拒絶するのはためらわれた。
「ちなみに俺が恋人になるのを断ったらどうするんだ? 運命のパートナー的な能力を俺に使うのか? 俺は、はっきり言って恵梨香の事は好きではあるが、恋人、さらには将来のパートナーになるかと言われると、どう答えてよいかわからない」
うーんと、恵梨香が腕組みをして考える仕草をした。
「正直、光一郎に断られた時の事は考えてないわ。感情のままに能力使ってパートナー契約結んじゃうかも」
「そうなると、俺と彼氏彼女の関係から将来まで……ということになるが、それでいいのか?」
「いい。無問題。というか、積年の思いがかなって私としては万々歳。さらにメリットがあって」
「なんだ? そのメリットってのは?」
恵梨香は、少し口に出すのが恥ずかしいという面持ちの後、上目遣いでこちらを見やりながら言葉にしてきた。
「運命のパートナーになると、その……相手の身体も拘束することができるし」
「え!? なんだそれ? 聞いてないぞ!」
「聞いてない……?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
「その……キスとか、それ以上の男女の最終的な事……とか。魔法の拘束力が働いてパートナーとしかできなくなるし」
さらに慌てて付け加える。
「いえ、いいのよ私は。私の初めての相手が光一郎で。私と光一郎が運命のパートナーでお互いに専用」
「………………」
俺はなんと答えてよいのかわからず押し黙る。
恵梨香の表情からは、羞恥と、さらに俺の反応をうかがう様子が見て取れる。
どう? わたしとじゃいや? というセリフが音にしないでも聞こえてくる。
いやまあ嫌じゃないんだが、俺はお前と馴染みの友人関係が心地よいわけで。
彼氏彼女の関係に改めましょうと言われても、はいそうしましょうという積極的な感情は湧き出さないのであって。
でも断ると『夢魔のパートナー契約』を使われるかもしれなくて――俺も能力者だから防御はできるが。
俺は最後に聞いてみた。
「別に嫌じゃないんだが、現状維持の選択肢はないのか?」
「私も女の覚悟決めて告白してるから、ダメなら最終手段の能力使うわ。どう? 彼氏になってくれる?」
「脅迫じゃん! 俺に選択権ないじゃん(いや、実は防御は出来るんだが……)!」
「そう! ないの!」
俺を押さえつけるような威圧するような恵梨香の視線が俺の目線と衝突する。
仕方なし。
恵梨香を混乱させるのは本意ではないし、能力バトルに踏み込むわけにもいかない。
当座は恋人同士として付き合う事を承諾する。
「……わかった」
俺が一言答えると、恵梨香の顔がぱあっと華やいだ。
「ただし!」
俺は一言付け加える。
「取り合えずお試しということだ。運命のパートナー契約の事はそれからでもいいだろ」
「ふふっ。今から私と光一郎は恋人同士」
恵梨香がニッコリとした笑みを返してくる。
「教室でもよろしくね(ハート)」
恵梨香はそのまま軽い足取りで「じゃあ教室で」と言い残して部屋を出てゆく。
独り残される俺。
脅迫されて、なし崩しに恋人関係に同意してしまったが……
どうするんだ、これ。
俺、恵梨香と恋人になって将来結婚するのが今の時点で確定してしまうのか。
いや、恵梨香の脅しを断ってさらには恵梨香の繰り出してきた夢魔能力のアタックを、同じ夢魔能力の防御で防げばよいのだが……恵梨香との間に大きなしこりが残りそうで踏み出せなかった。
何度も言うが、恵梨香とは幼稚園以来の腐れ縁。
小さいころは一緒に泥だらけになって遊んで、一緒にお風呂に入って洗っこした仲でもある。
仲違いはしたくはない。
「どうするんだ、これ……」
俺のひとりごちだけが誰もいない部屋に虚しく響く早朝なのであった。
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