金縛り
ぶいさん
一巻の終わり
誰もいない部屋の、押入から物音がしている。
カリカリ…カリカリ…カリカリ…カリカリ…
ねずみが木を齧るような音だった。というのも実家に住んでいた頃からたまに家にねずみに住み着かれた経験があるのだ。あの音によく似ていた。
人から聞いた話では、近くで家の解体や工事があるとそこに住み着いていたねずみや虫などの小動物が周辺に散っていくんだという。
その話の通り、今住んでいる家の近くで家を建てており先日などは近所を走るねずみの姿を見ている。
その時は「ウワ!ドブネズミって近くで見ると大きいな~!」なんて呑気に思ったものだが…。
同じ個体ではないにしろねずみあるいはそれに類する小動物が、押入か天井裏に住み着いてしまったことは今現在も鳴り響くカリカリ音から推測できる。
というかねずみ以外の…もっと大きい動物…たとえばハクビシンとか…だったら異音どころではない。夕方のニュースで害獣駆除の特集なんかで見た話だが、天井裏で運動会して天井ごと落ちてくるかもしれない。出会ったことがないので対処に困るし、そうなったら駆除業者を呼ばなくてはならないだろう。
ねずみの死骸くらいなら自分で処理もできるがハクビシンとなると自分ではまず無理だ。殺すことは駆除剤でどうにかできても死骸の処理が無理なのである。
変な話だが、ねずみであってくれ~と祈っている。
ねずみ退治ならデス〇アプロがおすすめだ。これは食いつきがよく速く効くと評判の殺鼠剤で、袋のままねずみがいそうな場所に投げ込んでおけばイチコロ!というもの。過去に何度もお世話になっているので今回もこれにした。
ちなみに私は背が低いのでベッドの上に椅子を置きそれでも届かなかったため、ゴミ用に買った長いトングを使って、押入れの上の戸袋とその更に上の天井裏に小袋を投げ込んだ。これで大丈夫なはず。周辺に猫のマーキング臭のするハーブスプレーをかけて念押しした。さて薬剤の効き目をしばらく待つとしよう。3日もすればいなくなるんじゃないかしら。
カリカリ音が気になって深夜から早朝にかけて起きていたものの睡魔には抗えずベッドに潜り込んだ私は、鳴り止まないカリカリ音にびくつきながら浅い眠りについた。
だが気付くと私はベッドに横たわっていた。体は金縛りにあったように身動きひとつできず、のどもかすれた吐息ばかりで声は出なかった。
目も閉じられなかった。しかし視線だけは自由に動かすことができた。視線をさまよわせて見えたものはいつもどおりの私の部屋だ。白い無地の壁紙に同じ色の天井、シンプルな作りの姿見、引っ越してすぐの頃に貼ったたくさんの動物の形のステッカーとその横に引っ掛けたラベンダーのポプリ、天井から吊り下げられた明かりの消えたキャンディライトとオレンジ色に仄かに光るナツメ電球、白地にかわいいブーケ柄のカーテン、友人からもらったアロマディフューザー。なにもかも見覚えがある。
そこは眠りにつく前に見たままの様相そのままだ、だから私は目が覚めたのだと思った。
押入からかじる音はしなかった。ただし代わりにもっと下の方、自分の体や頭と同じあたり…耳のすぐそばから音がした。
ねずみが天井裏から降りてきたのだろうか。もしそうならこのまま動けずにいたらかじられてしまわないだろうか?と不安になった。
カリカリ…カリカリ…カリカリ…カリカリ…
横たわる体の近くにあるものは少ない。押入は向かって正面に位置しており部屋にある家具はテーブルとソファのほかは小さなチェスト、それからベッドくらいなものだ。てっきり音は横たわる私のすぐ近く…一度は耳のそばで鳴っていると思ったが、音を聴き続けているとどうも違う。
これは…体の下から鳴っているような気がした。
そしてこれはかじる音ではない。まるで爪を立ててなにかを引っ掻いているような…一度考えた恐ろしい考えにとりつかれた私はよせばいいものを想像してしまった。
ベッドの下に仰向けになったなにかが潜んでいて、ベッドフレームを下から引っ掻いているのではないか?、ということを。
半泣きで…でも体は動かないので涙も出やしなかったが、視線を巡らせて無意識に目に入った姿見には、考えを裏付けするおそろしいものが映っていた。黒い影が横たわる私のベッドの下からゆっくりと這い出そうとしていた。
瞬きもできない視界の隅から黒い影がずるりずるりと這い出して、ベッドの上に私の体の上にのしかかってきた。ずっしりと重苦しい。息ができない。おそろしいのに目が閉じられない。誰かに助けを求めたくても声が出せない。身をよじらせて影から逃げ出したいのに身動きがとれない。なにものかがすぐそばに迫る。枕元にスマホがあるのにそこまで手を伸ばすことができない。指先さえ動かないのだ。
何者かの生臭い息遣いがすぐそばに感じられた。
あっ、これは殺されるやつだ。
直感的にここで私の人生は終わるのだと──
ザリッ…───
生臭い紙やすりのような舌が私を起こした。愛猫のタマが毛づくろいをしてくれている。痛い。胸の上にどっしりと陣取って顔を舐め回している。やめろ。起き上がれた。金縛りはいつの間にか解けていた。
夢だった。夢だったのか。おそろしいほどにリアルな夢だった。自分の体はじっとりと汗で濡れている。
起きてみて考えてみたらなんのことはない。有名な都市伝説だか怪談だかにある「ベッドの下の男」のようではないか。あれのオチってどうなるんだっけ…?
猫を体の上から追い払いながら、ホッと胸をなで下ろす。ふと姿見で自分の顔を見る。いつもどおりの私の姿だ。どこも怪我をしていない。鏡の中の私はすやすやと眠っていた。
私は安心して二度寝した。
金縛り ぶいさん @buichi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます