魔女の昔話
柴野
魔女の昔話
『昔々、この世界は眩いほどの光で溢れておりました。花や草木が生い茂り、それはそれは美しかったそうです。
その時代はとても平和でした。人々は仲良く暮らし、まるで天国のようだったのです。
しかし、いつの時代にも人知れず悪というのはあるものです。その代表が、吸血鬼という化け物でした。
吸血鬼どもはこっそり人を殺してはその血を啜り細々と生きていました。しかし彼らは夜にしか生活できません。陽の光に当たることができないのです。彼らはそれがとてもとても不満でした。
そんなある日、吸血鬼の王が言い出したのです。「邪魔な光を消してしまおう」と。
そんなことができるのか、と思うでしょう。ですがそれができてしまうのです。天のはるか上、そこに輝く光の元を絶ってしまえば良いのですから。その為の闇の魔法というものがこの世界には存在しており、吸血王はそれを知っておりました。
しかし闇の魔法を使うには、一万の人間の命が必要です。吸血鬼どもはそれを奪う為、作戦を立て始めました。
その頃、夜の街に紳士が現れ、美女を魅惑してどこへともなく連れ去るという奇怪な事件が立て続けに起こっておりました。
失踪した美女はどうなったかは誰にも知られておりません。ただわかっているのは、誰一人として帰った試しがないということだけでした。
その少女も、元はといえばそういった美女の一人でありました。
紳士に連れられて、とある小屋へ向かいます。彼と一晩を共にすることになったのです。
「まあ、とっても素敵なお部屋」
「そうでしょう。さあさあベッドへ」
裸体になり、柔らかなベッドに横たわります。
紳士の静かな息遣いを感じながら、少女は快感を味わっておりました。と、その時です。
突然に紳士が乳首に噛み付き、なんとそこから血を吸い出したのです。
たらたら、たらたらと乳房を真っ赤な鮮血が滴り落ちていきます。
少女は悲鳴をあげました。逃げようとしますが、紳士だった男は牙を剥き出しにし離れようとしません。
「ああああああああああ」
叫びながら、やたらめったらに男を殴りました。これこそ鍛冶場の馬鹿力でしょう、不思議なことに細い少女の腕で首を締められた男は、呆気なく伸びてしまいました。
そして少女は、この紳士が実は吸血鬼という恐ろしい化け物の一人であること、そして彼らの陰謀を知ったのです。
最初は彼女も信じられませんでした。でも、それがとても嘘だとは思えません。
「なんとかしなくちゃ……」
少女は他の人々にそのことを話しました。しかしそんな話誰が信じるでしょうか。夢だろうと笑われてしまいました。
でも確実に、吸血鬼どもの魔の手は伸びているのです。このままでは平和は崩れてしまうでしょう。
悩んでいた彼女は、ある日こんな話を聞きました。
とある山奥に魔女と呼ばれる女性が暮らしており、彼女はこの世の全ての魔法を操れるというのです。
魔女であればなんとかしてくれるかも知れない、そう思い、少女は誰にも内緒で山へ行きました。
山の中の小屋の戸を叩くと、中から出て来たのは腰の折れ曲がった老女でした。生きているのが不思議なくらいの年齢に見えます。
「お婆さんが魔女?」
「いかにもそうじゃが、何用かね?」
少女は老女に助けを乞いました。しかし老女によれば、もう歳を取りすぎたのだというのです。
「わしはもはやまともに歩けもせぬ。この体では吸血鬼などという妖怪と張り合うことなど無理じゃろう。……じゃが、そなたに力を授けることはできよう」
それから毎日毎日、少女は老女に魔法を教えてもらいました。
なかなか練習も簡単なものではありません。失敗に失敗を重ね、もうすぐ習得できようという頃でした。
ある深夜、山小屋に吸血鬼の集団が襲って来たのです。
少女は命からがら逃げ切りましたが、魔女の方は少女を守ったが為に死んでしまいました。
少女は自分の無力に泣きました。けれど魔女の死を無駄にはできません。彼女は吸血鬼と戦うことに決めたのです。
それから毎日のように人の街に吸血鬼どもが出向き、牙を振るうようになりました。
しかし相手の好きにはさせていられません。少女、いえもう成長し立派な女になった彼女は魔法を使って、力の限り戦いました。その姿はやがて「魔女」と呼ばれるようになったのです。
ですが奮闘する魔女の努力は虚しく、状況は日に日に悪くなっていきました。
人々は吸血鬼を恐れ、逃げ隠れるようになりました。そこから不和が生まれ、同族の争いが始まったのです。
多くの人の血が流れました。
魔女も血と同じ量の涙を流しながら、尚も戦いました。
ですが現実は無情です。いよいよ必要な人間の血が溜まり、吸血王が行動を起こしたのです。
儀式を開き、光を消す為の呪文を唱えようとします。
バッタバッタと吸血鬼どもを薙ぎ倒し、そこに割って入った魔女は、吸血王を睨み付けました。
「させないわよ。今すぐお前と勝負をつける!」
普通であれば、牙しか持たない吸血王と数多の魔法を手にする魔女とではお話にならない程の力の差がある筈でした。けれど、
「ではこの人質がどうなっても良いのかな?」
人間の幼い少女。それが吸血王の胸に抱かれていたのです。
彼が牙を向ければ一瞬で死んでしまうでしょう。
こんな時、英雄であれば人質も世界も救う方法を考え、行動するものです。しかし魔女は賢くあれませんでした。
天使のような笑みを浮かべるその幼子の方を取り、世界を見捨てたのです。
吸血王の首をぶった斬った時、闇の魔法は発動されました。
生じた暗黒は世界中に広がり、恒星の眩い光を覆い隠してしまう暗黒の雲を作り出しました。とうとう世界から光というものが消え失せてしまったのでした。
赤子を胸に抱いた魔女は呆然とするしかありませんでした。
そして人々の街へ戻ると、自由奔放に飛び回る吸血鬼どもが大殺戮を行なっておりました。王がいなくなったおかげと言いますか、もうルール無用です。そのあまりの数に、さすがの魔女も手のつけようがありません。
一日にして人間はあらゆる尊厳、そして命を奪われ、絶滅しました。
たった二人で生き残った魔女と幼子は、山奥の小さな洞穴に身を潜めたといいます。
こうして吸血鬼どもは世界を我が物としm闇の中でその人生を謳歌するようになったのです』
「これでお話はおしまい。楽しかった?」
話を終えた私は、そう言って彼女の方を見た。
「うん、面白かった。でもちょっと悲しいお話だね」
「……そうねえ。確かに、どうにも救われないお話よ」
私ははぁ、と溜息を漏らしてぼんやりと外を見る。
カーテン越しの外は暗黒で、何も見えない。夜だからという訳ではなく、これが常時なのだ。
実はあの昔話は全部本当のこと。私の半生の全てを語り聞かせているだけ。
外では吸血鬼どもが飛び回り、今ものうのうと生き続けているだろう。
私が不甲斐ない魔女であったばかりに、救えなかった世界。
いつ、こんな地獄のような世の中が変わるのか。はたまた変わらず朽ちていくしかないのか。それは私にはわからない。
だがせめて、唯一この手で救うことができた我が最愛の少女になら、いつの日かなんとかできるかも知れない。
私はもう、彼女と違って先が長くないから、きっと見届けられないだろうけれど。
そんな希望を抱きつつ、今日も私は少女と眠りに就く。
この救われない昔話に続きが生まれることを、ただただ一心に願いながら。
魔女の昔話 柴野 @yabukawayuzu
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