Re:第百七十八話

伊勢志摩を手に入れた信長は、伊勢~紀伊までの海域を支配していた志摩地域にある鳥羽城を拠点とした九鬼水軍の九鬼嘉隆へ、何回も書簡を送り織田家への従属を促すが尽くより良い返事を貰えず、交渉が難攻していた。



信長は書簡での交渉を諦め、信長の前世の記憶を思い出し、九鬼家との浅からぬ縁がある滝川一益に九鬼嘉隆の説得を託す為、稲葉山城に滝川一益を呼んでいた。



信長「滝川一益。そちに折り入って頼みたい事がある。」


「大殿!そのような物言いは、お辞め下さい!某は織田家の家臣でございますれば…」


「分かった。それより、鳥羽城の九鬼嘉隆の事を知っておるな?」


「某と九鬼嘉隆の事を知っておるとは、さすがは大殿でございまするな!(読めたぞ!某を誰にも付かせ無かったのは九鬼嘉隆を説得し、その下に付けと思っておるのだな?さすがは大殿だ!目の付け所が違うわい!)」


「そこで、だが…」

と、信長が言いかけると一益が

「大殿!皆まで申さずとも察しが付きまするぞ!直ぐに九鬼殿の説得に向かいまする!ご免!」

と、信長の話す事を最後まで聞かずに飛び出して行ってしまった。



信長は呆気に取られたが気を取り直して思いにふける。


(前世のワシなら手討ち物だが… さて、この交渉でもまだ断る様ならば、九鬼の好敵手である村上を説得する方がよいかも知れんな。)



その頃、伊勢志摩の武田信玄は北畠家の後処理等を任せていた真田幸隆らの報告を津城で受けていた。



幸隆「殿、まずは北畠家滅亡おめでとうございまする。」


「うむ。大殿の助けがあったので難なく伊勢志摩を手に入れられたのは良かったと言えるな。それより、後始末は上手く行ったか?」


「はっ!服部一門の伝手で京の商人を呼び、北畠家の家財等を売り払ったり、治安の悪化を防いだり、金品略奪や婦女暴行の罪人を打首にしたりと大変でございましたが、息子達が手伝ってくれたお蔭もあり、かなり早く終わりました。」


「うむ。幸隆の息子は優秀だと聞いていた通りだ!それもそうだが、大殿から頂いた太田殿はどんな働きぶりだ?」


「太田殿は、呆れるくらい良く働きまするぞ!大殿には感謝しかないでございまする。」


「おお!それは良い!まったく、お前達は言うまでもないが、大殿は良い家臣をワシに下さったものだな。」


「そうでございまするな。噂によると、九鬼水軍の九鬼嘉隆が大殿の交渉に難色を示してるとか…」


信玄の顔からも笑顔が消えて

「そろそろ、大殿の堪忍袋の紐が切れそうな気がせぬでもないが… さてさて、どう致すのか見物ではあるな。」


勘助「大殿は四国の三好家へ軍勢を進めたいと思っておられるとか… 某なら淡路水軍の安宅冬康を味方に付ける方が良いと思うのでござるが…」


信玄「それはどういう事だ?勘助。」


「安宅冬康は三好家当主・好長慶と深い間柄だとか…」


「ほう。それは大殿に伝えた方が良いな!勘助!すぐ大殿に知らせを送れ!」


「はっ!大殿なら平手様を通して風魔小太郎を使い、安宅冬康を詳しく調べる事も可能でしょうし… 直ぐに手配致しまする。」



勘助は早速、織田信長がいる稲葉山城へ早馬を走らせたのだった。



滝川一益は信長の話を最後まで聞かずに志摩・鳥羽城を拠点としている九鬼水軍の九鬼嘉隆と交渉を続けていた。



一益「嘉隆殿。北畠家より良い待遇で織田家に仕えるのに何がそんなに不満なのだ?」


「それは何回も申しておるが、ワシらは織田信長の訳の分からない攻撃で大敗したのだぞ?その織田家にどうして従えようか!」


「いや、それは嘉隆殿が北畠家と繋がっていた訳であって、神戸の要請で来たのを見過ごす馬鹿は居ないでござろう?」

と、平行戦な様相を呈していた。



一益「では、嘉隆殿はどうすれば織田家に付いてくれるので?」


「ワシは織田信長という男が、どうも好かん!すまんが、この話は無かった事にしてくれぬか?」


「どうしてもでござるか?」


「くどい!早々に帰られよ!」



鳥羽城の一室から出た一益は、九鬼嘉隆との交渉決裂で渋々帰ろうとしていた時

このやり取りの一部始終を密かに聞いていた人物が接触してきたのだ。


???「滝川様。滝川様。」


「ん?(何だ?この小童は?)そちはどなたかな?」


「某はまだ元服して間もない者でございまするが、九鬼守隆と申しまする。父のとの交渉を別室で聞いていたのですが…」


「ちょっと待て!貴殿の父とは九鬼嘉隆か?」


「はい。そこで、某と交渉して頂きとうございます。」


「何?元服して間もない貴殿に水軍を纏める事が出来るとは到底思えないが?」


九鬼守隆は一益の目をじっと見据えて

「いえ、某は父の方針には愛想が尽きておりますれば、何卒某を織田家にと思いまして滝川様に声をかけたのでございまする。」


「ふむ。その目… 何か案がありそうだな?よし!お前を大殿に引き合わしてやろう!直接、大殿と交渉してみよ!これから、直ぐにだ!」


「はっ!願ってない事にございまする!是非、お供致しまする。(よし、これで父上とワシのどちらが強いか、はっきりさせる事が出来る!今の織田家は強い!その織田家に個人的な恨みを持ってる時点で父上は頭(かしら)の器ではない!ワシが新たな頭として織田家に従い、ゆくゆくは全ての海域を支配してみせる!)」



こうして、一益は嘉隆の息子である守隆を連れて稲葉山城へと帰るのであった。



一益が信長の話を最後まで聞かずに飛ぶ出してから次の日くらいに、信長の命で伊勢志摩の正常化を進めている武田信玄の配下・勘助の要望書が稲葉山城の信長宛に届いていた。



信長はその内容を認め、服部一門に安宅に関する探りを入れる為に動いていた。



その情報がようやく上がって来た次の日、一益の帰還したという事が分かった信長は一益を城に呼びつけていた。



信長「おい!一益!ワシの話を最後まで聞かずに交渉へ行きよって!今度からは、先走らず最後まで話を聞け!次はないぞ!」


一益は信長に大目玉を食らって一瞬たじろいて

「も、申し訳ございませぬ。次回からはしっかりと聞きまする。」


「で、その小童は何処の誰だ?それもそうだが、交渉は上手く行かなかったようだな!」


「はっ!先に後者ですが大殿の申す通りでござる。で、この者は九鬼嘉隆を見限って某に付いて来た九鬼守隆と申す者でござる。ほれ、挨拶せぬか!」


一益の紹介で、少し怯えていた守隆は気をしっかり持ち直して

「そ、某は九鬼嘉隆の一子で名は守隆と申しまする。某は今、勢いに乗っている織田信長様に仕えたく滝川様に無理を申して付いて来ました。」


その発言に信長は腕組んで

「ほう… 勢いに乗っているときたか!で、それだけではないのだろう?」


「はっ!織田家の力を借り、日ノ本の海域に某の名を轟かそうと思っておりまする。それに操船技術は父より上手いですし…」


信長を前にして偉そうな発言に一益は慌てて

「これ!控えぬか!大殿の御前だぞ!」


信長は一益を目で見て制し「良い!」と一言申して

「ワシに対して大見栄を切るとは面白い!お前は父を倒したいのだな?」


「いえ、父なぞ所詮雑魚に過ぎませぬ!」


「雑魚か… 良くぞ申した!気に入ったぞ!そちを織田家に取り立て、お前の父である九鬼嘉隆を屠った後、改めて織田水軍いや、熊野水軍を名乗る事を許す!」


守隆は目を輝かせて

「某に熊野水軍を名乗らせて頂けるとは… 有り難き幸せ!」


「阿呆!そう急くな!まだ大元の嘉隆が健在だ!それより、面白い案件が信玄の配下の勘助から持ちあがってな、一益。」


「勘助殿からでございまするか?」


「うむ。安宅とか申す三好家の水軍の頭を調べて見たら、驚いたのなんの… なんと、三好長慶の弟だったのだ!でだ、何故安宅とか申す者を調べたかというとだな、九鬼水軍が織田家に従わなかったら村上にでも交渉してみるかと思った矢先に…」


「勘助殿の報告という訳でございまするな?なんという偶然でしょうか!それにしても、『九鬼水軍が織田家に従わなかったら』というのは初めて聞きましたが?」


「だから、話は最後まで聞けと申したのだ!馬鹿者め!お前の事だ、再三書簡を出した物よりも好条件を出して、なんとしても九鬼嘉隆を落とそうとしたのであろう?」


一益は後ろめたい様な表情を浮かべ

「は…い。危なかったですな… 大殿の申す通りでござる。」


「しかし、それでも九鬼嘉隆は断って来たのは、ある意味良かったとワシは思っておる。」


「最終的には良い結果という訳ですな?」


「馬鹿者!そっちの意味で申したのではない!まったく… 反省致せ!九鬼嘉隆の息子は分かるか?」


守隆「その九鬼嘉隆の息子というのは辞めて頂きたい!」


「おお!そうだったな… 九鬼嘉隆の息子は不本意だな。」


「はっ!有り難き幸せ!先程の意味は、その安宅を何らかの策を仕掛けて織田家を有利にするといったところでございまするか?」


「おお!守隆!ますます気に入ったぞ!概ね、そちの申す通りだ!今思ったのだが、当初の計画安宅に餌を与えて織田家に引き入れるのであったが、もう一つ付け加えて貴様にその水軍をくれてやろうかと… どうだ?」


「それは面白そうでございまするな… 喜んでお受け致しまする!」

と、信長の案に同意する守隆であったが、滝川一益は蚊帳の外であったのは言うまでも無いのだった。

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