第1話



高校3年生の春。

勉強に疲れ、将来への不安や迷いを連れて、ふと外に出た、あの日。



自宅近くの、舗装された桜並木の道を歩く。

この道は、ゆるやかな坂道。

等間隔で設置された外灯が、夜の桜を艶めかしく照らす。



桜並木の奥にある公園の時計をみると、深夜12時26分を指している。



心地良い夜風が、昼間に火照った空気を冷ます。

その風にのって、桜の花びらがはらはらと散る。

幻想的な風景が、束の間の現実逃避と、穏やかな興奮を誘う。



私は、誰もいないこの夜道を、

気持ち良く1人歩いていた。




はずだった。




「…わっ!?」



前方に、桜を見つめて立っている男性が見えた。



思わず声を出してしまったが、幸い彼には聞こえていなかったようだ。



もさっとした黒髪で、細身で背が高い。

見た目だと、わずかに年上だろうか。



––綺麗。



私は思わず彼の横顔に見惚れる。




––♪〜♪〜





「…歌ってる?」



私は思わず小さく呟いた。



––♪〜♫〜




––あ、この歌…懐かしいな。昔、好きだった歌だ…。でも…彼の歌声……温かいのに…なんだか悲しい。



彼の、少し音痴で複雑な想いの詰まった歌声に、動くこともできずただただ聴き惚れていた。

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