第二十話 思惑





すっかり辺りも暗くなった頃。ようやくお店、喫茶ミニドリップに到着する。


「はーい皆ー! 着いたよー! ほら、起きて起きて!」


武藤さんの快活な声に起こされ、一同がぞろぞろと後部座席から降り始める。


「武藤さん、運転ありがとうございました」


私の言葉に続いて、武藤さんを除く全員が一斉に感謝を述べる。


「はーい、どういたしまして!」


運転席に座ったまま、窓越しに返事をする武藤さん。


先ほどのこともあり少し心配だったが、どうやら杞憂だったみたいだ。


「じゃ、私はこの車返さないといけないから! まあほら、後は若い皆で楽しんで!」


そう言いながら笑顔で手を振る武藤さん、窓が閉まり、ゆっくりと車が走り始める。


車の姿が遠くなるまで見送ったのち、私たちは顔を見合わせた。


現在の時刻は十九時。まだ解散するには、どこか早い気もする。


そんな、どこかそわそわした空気の中、沢崎さんが口を開く。


「……どうすっか」


「もう夕飯時っすねー。姉御、いつものラーメン屋行きます?」


「お、いいね。行くか!」


白井さんの提案に、沢崎さんが笑顔で快諾する。


「坊主君も来るっすか?」


「え? お、俺? 良いの?」


唐突に誘われたことに驚き、慌てる谷村。


「ラーメン嫌いなら別にいいっすけど」


「いや! 全然好き! 行く行く!」


「ぶふっ! 何すか全然好きって!」


谷村の慌てっぷりに、白井さんが笑いながらツッコミを入れる。


「う、うるせ! よし、天野も行くぞ!」


「いや、俺は別に……」


「そうだな、お前も来い! ラーメンを食べればその貧弱な肉体も、少しはマシになるんじゃないか?」


「ラーメンなんか食ったところで、太るだけだ!」


沢崎さんのイジりに、食い気味ながら反論を示す天野。こればっかりは彼が正しいと思う。


「じゃ、春姉! そういうことで、うちらはラーメン食べてくるっす!」


「え? あ、はい」


あれ? 谷村と天野は誘われたのに、私は……?


この空気で私も行きたいとは言えず、どこか仲間外れの気持ちを味わいながらそう呟く。


すると、白井さんが伊田さんへ近づき、小声で耳打ちする。


「スク水君、後はお二人でどうぞっす!」


「えっ!?」


……あまりこんなことを言いたくはないが、近いので丸聞こえである。


「じゃあそういうわけで、春姉ありがとうございました! 今日は楽しかったっすー!」


それだけ言って沢崎さんたちを連れ、ラーメン屋に歩を進める白井さん。


半ば強引な形で、二人きりとなってしまった私と伊田さん。


「……えーっと」


頭をかきながら、気恥ずかしそうに戸惑う伊田さん。


「……どうします?」


「そう、ですね」


伊田さんの問いに、私も言い淀む。


「とりあえず、お店に来ますか?」


「あ、はい……!」


お互い緊張した空気の中、私はひとまずお店へ案内することにした。


入り口の鍵を開け、準備中と書かれた木製のボードはそのままに。


「お好きなとこに座っててください。お茶を出します」


ドアに付けられた入店を知らせるベルが、店内に鳴り響く。


「あ、ありがとうございます」


何故か恐縮した様子の伊田さん。店内に入り、そのままカウンターの端に座る。


私はまっすぐキッチンに向かい、冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出して、二つのグラスに注ぐ。


近くにあったアルミ製トレイに乗せて、伊田さんの待つカウンターへ。


「お待たせしました」


「あ、ありがとうございます」


伊田さんの前にグラスを差し出して、カウンター越しに向き合う。


何というか、いつもの立ち位置だ。


「今日はその……誘ってくれてありがとうございました」


「いえ、こちらこそありがとうございます。来ていただいて」


よそよそしい台詞を互いに交わしながら、何気ない会話、というものを試みる。


「おかげでとても楽しかったです。行きの車内は、どうなることかと思いましたが」


「俺も、最初は心配だったんですけど……最後は四人でラーメン食べに行くくらいには仲良くなったみたいなので、安心しました」


「やっぱりそうですよね。私も助手席にいながら、正直ハラハラしてました」


「っていうか、あれズルいですよー香笛さんだけ助手席に行って! 俺なんて、間に挟まれて大変だったんですからね!」


笑いながら声高に叫ぶ伊田さんに、私は思わず笑みを浮かべる。


「良いじゃないですか、普段モテモテのエリート人生を送ってるんですから。たまには苦行を味わうというのも、大切だと思いますよ」


「いやいや! そんなエリート人生送ってないですってば! しかも、香笛さんのせいでスク水変態野郎ってあだ名がつくし……」


「……そ、それに関しては、私にも非がありますね」


思わず吹き出してしまいそうになるところを必死にこらえ、声を震わせながら答える。


「わ、笑いごとじゃないっすよー!」


「でも、お尻好きかスク水好きかという選択肢で、スク水を選びましたよね」


にやりといたずらっぽい笑みを浮かべ、私は伊田さんへ問いかけてみることに。


「そ、それはだって、その……」


どこか恥ずかしそうに、言い淀む。


きっとこの反応になるだろうとわかっていて、さっきの発言をした私はやはり、性格が悪いのかもしれない。


「別に、スク水好きは悪いことじゃありませんよ」


「性癖はその、人それぞれですし?」


「ち、違います! 俺は別にスク水が好きなわけじゃなくて!」


必死に弁明する伊田さんをよそに、わざとらしく蔑む眼差しを向ける私。


何だろう、この感覚。まるで、新しいおもちゃを見つけたかのような……。


今の時間が楽しい、それだけは間違いなく言える。少なくとも、今の私はそう感じていた。


「さて、伊田さんの性癖話はおいといて、これからどうしますか?」


「いや、その話はおいとかないで、しっかり弁明しておきたいんだけど……」


未だ弁明をしたがる伊田さんを無視し、話を強引に切り替える。


「何かしたいこととか、あります?」


「え? うーん……」


「まあ、普通に解散でも良いと思いますけどね」


「い、いや! 何かやりましょう!」


淡々と話す私に、食い気味でそう提案する伊田さん。やることが思いつかないというのに、何を言ってるのだろうか。


「えーっと、カラオケ? ボウリング? 後は……」


何やら必死に案を引っ張り出そうとしている伊田さん。そんな時、何かが視界に入ったのか、思いついたように叫ぶ。


「――花火! 花火やりましょうよ!」


先ほど私が他の荷物と一緒に持ち帰った、ガタイのいい男性からもらった花火。


伊田さんがこれだ、と言わんばかりに店内の端に置かれた、それを指差す。


「そういえば、そんなものありましたね」


雑に置かれた花火を見て、私は思わずなるほど、と納得する。


失礼な話かもしれないが、言われるまですっかり忘れていた。


「……します?」


「え!? あ……えっと、はい」


私の平静な問いに、何故か顔を真っ赤にして答える伊田さん。


……? 今何か、変なことを言っただろうか?


「では、準備して近くの公園に行きましょうか」


――そうして、私と伊田さんは近くの公園で、急遽花火をすることに。


時期的にも、きっと最後の花火だろう。それこそ以前、彼と共に見た打ち上げ花火は、まだ記憶に新しい。


どこかあの日にも似た期待感が――私の中で膨らみ始めていた。

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