第十二話 出発
まもなく八月が終わりを迎えようとしている頃。
最終週の日曜日。空模様は私の願いも空しく、呆れるほどに快晴だ。
午前九時。こんな朝早くにもかかわらず、喫茶ミニドリップには大勢の人間がいた。
「っしゃー海っす! バーベキューっすー!」
トレードマークであるサイドテールを揺らし、あからさまにテンションの高い白井さん。見慣れた金髪の頭上には、
そんなもの、一体どこで買ってきたんだろうか。
「いやー絶好の海日和だな!」
青テイストのアロハシャツ、そして黒のダメージジーンズ姿の沢崎さん。
そして首元には、サングラスがかけられている。やはり彼女も白井さんと同様にテンションが高い。そして何故、アロハシャツ……。
あと、皆してサングラスを持っているのもどうしてだろう。
「……皆さん、浮かれすぎでは」
そんな中、一人だけテンションが平坦の私。そこに白井さんが小さく耳打ちする。
「春姉ー私はわかってますよ。その白いワンピース、春姉のお気にっすよね?」
「っ……!」
不覚にも図星を突かれ、思わず私は目をそらす。
「さ、さあ。何のことでしょうか?」
「何だかんだ、春姉も楽しみにしてるんすね!」
「う、うるさいですよ……。これはその、人が多いからまともな服を選んだだけで」
「良いんですよ、春姉! なにせあの色男がいますからね、仕方ないっす!」
言いながら、白井さんは伊田さんがいる方向へ目線を向ける。
そこには伊田さんと、いつだったか来店してきた、男子二人の友人。
「あの人は……関係ありません」
「もっとアピールするべきっすよ! 座席で何とか隣になれるよう、私も協力するっす!」
「い、いいです、いいですからそういうのは」
止めなければ本気でやりかねない。そう思った私は、真面目な表情で白井さんに抗議した。
「いえーい! 皆、元気してるー?」
勢いよく扉を開いて登場したのは、この企画を現実にした張本人である武藤さん。
肩を露出した白のフリル付きブラウスに、デニム生地のホットパンツ。
右手首をみると、銀のブレスレットが輝きを主張している。
そして何故か、武藤さんまでもサングラスをかけていた。
「愛姉さん! 今日はありがとうございます!」
沢崎さんの快活な声に、白井さんが続く。
「あざまっす!! もう、今日は楽しみで寝れませんでしたっす!!」
まるで飼い主に尻尾を振るような子犬のごとく、白井さんが感謝を述べた。
「えっと、初めまして伊田と申します……今日は誘っていただき、ありがとうございます」
そんな中で、初対面であろう伊田さんが、武藤さんにたどたどしくも挨拶をする。
「あ、あの……きょ、今日はお誘いいただき、あ! ああありがとうございます!」
坊主頭の男子が、声が上ずりながらも挨拶を述べた。以前の陽気さはどこへやらといった様子。
「あ、ありがとうございます」
少し髪が長めのインドア系男子。緊張しているのか声が小さい。
「そんなかしこまらなくっていいよー! まあ、ちょっと女子比率多めだし? 緊張しちゃうのも、仕方ないとは思うけど☆」
ぱちんっと軽くウィンクをしながら腰に手をあて、ピースサインを目元にかざしながら、微笑み交じりに応える武藤さん。
何というか、武藤さんもテンションが高いな……。いや、この人に限ってはいつも通りかもしれないが。
「私のことは、武藤さんって呼んでくれていいからね! あ、気軽に愛さんって呼んでも怒らないわよ?」
そんな挑発的な発言に、取り巻き二人の頬がどことなく赤くなる。
これが大人の余裕ある対応か、二人はまんまと手玉に取られたようだ。
「……おい! 俊樹! ちょっとこっち来い!」
そう言って、二人が強引に伊田さんを端に連れていく。
「お前、何だよあのムッチムチでエロいお姉さん! 聞いてないぞ!」
「え、ええ! いや、それは俺も同じ気持ちっていうか、何も知らされてなかったっていうか……」
「あんなナイスバディのお姉さんと知り合いだったとか、お前ってやつは――」
「「最高の親友だ!!」」
坊主とインドア系が伊田さんの手をがっちり掴み、喜びを露わにする。
……まあ、武藤さんは性格を除けばスペックが非常に高い。そうなるのも無理はない、か。むしろ、男子高校生には、いささか刺激が強すぎるかもしれない。
特にあの、凶悪とも言える豊満な胸部は。
「はーい! じゃあ皆、早速車に乗っちゃってー!」
武藤さんの合図と共に、ぞろぞろとミニドリップから退店し、外にある黒のミニバンに乗り込んでいく一同。
一番最後に出て、私は店の施錠をする。
すると、私を待っていてくれたのか、伊田さんが入り口の前にいた。
「あ、あの、今日は……ありがとうございます」
どうしてか、緊張した様子の伊田さん。さっき武藤さんに対してそこまで緊張なんてみせなかったというのに。
そう思うと、自然と笑みがこぼれてしまった。
「どうして、武藤さんに挨拶した時より緊張してるんですか」
「だ、だって香笛さんとまさか海に行けるなんて、夢にも思いませんでしたから」
「私と海へ行くことに、それほど価値があるとは思えませんが……?」
それこそ武藤さんであれば、数多の男性が行きたがるのも頷ける。
「いやいや! めちゃくちゃありますよ!」
「あ、ありがとうございます……?」
伊田さんの勢いに圧され、少し恥ずかしながらもお礼を伝える。
ま、まあ……嫌な気分は、しないけど。
「……えっと、行きましょうか。皆さんも待っているでしょうし」
出来る限り冷静を装って、伊田さんと共に車へ向かう。
さっきよりも、これから待ち受けるイベントに……期待感が膨らむ。
実は昨日の夜から楽しみで眠れず、寝不足だということは心にしまっておこう……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます