取り返しのつかない毒

 ある日、国で新たな組織が設立された。一体どんな組織かというと娯楽が溢れる社会で問題となっている、その対象を休まずやり続けてしまう行為──要するにアルコールやタバコなどの『○○中毒』を規制する委員会を立ち上げたのである。


 その委員会は「中毒抑制委員会」と名付けられた。彼らに与えられた権限は主に、中毒者及び中毒の対象となった娯楽商業全体に規制や罰則を設けることができる、というものだった。


 設立当初は反発も大きかった。それもそのはずだ。好きなものを制限されると聞いて、すぐさま納得する者は少ない。いないと言ってもいいだろう。しかし、反発の声を次第に薄れさせるほど委員会は優秀だった。


 まず、中毒末期になり廃人となった人物を槍玉に挙げる。報道機関を使って大々的にその危険性を訴えるのだ。「彼はこの娯楽をしすぎたからこうなった」といった具合で。だがこれだけでは世論が多少動くだけで、まだまだ反対派はいる。そこで次の一手だ。


 彼が治療で治りゆく姿を見せ、その中で毎日一時間、中毒の元となった娯楽をやらせるのだ。それは「どれだけ抑制しようとも、毎日一時間は保証します」というメッセージを、暗に国民へ送っているのでもあった。


 するとどうだろう。反対派の中に「それならいいか」という声が出てきた。なにせ娯楽時間が与えられるのだ。仕事中だろうと家事中だろうと、その一時間は好きなことを保証される。また、それ以外の時間でもやりすぎなければ制限などはかからない。なんなら委員会が出来る以前より、時間が多く取れるとの意見もあった。


 こうなってくると、あとはなし崩し。中毒抑制委員会はさまざまな娯楽を抑制する。国民は「まあそれなら」と妥協する。想定以上にうまくいくものだから、国も委員会の予算を増やし規模をどんどん拡大させる。


 その効果は絶大だった。数年を経て、気づけば殆どの娯楽が中毒抑制委員会の抑制対象になり、世の中から娯楽中毒患者はほぼ居なくなった。


 けれど、国民の見えない場所で新たなる問題が発生していた。それは何を隠そう、中毒抑制委員会内部の問題だった。


 抑制対象が見つからなくなった今、内部は大混乱に陥っていた。委員会メンバーが次々と苦しみ、口々にこう叫んでいるのだ。「もっと、もっと抑制対象をよこせ」と。


 やがて、委員会がその謎の症状により機能しなくなると、国民にも同じような苦しみが広がりだした。日に一度、必ずあったはず娯楽時間が途端に消えたとあって、「抑制対象時間はどうした!」「なぜ今日は娯楽の一時間がないのだ!」と、各地では委員会に対するデモがしきりに起こり、一部ではデモ隊が暴徒と化して、機動隊が出動する羽目にもなった。

 

 事態を重くみた国は、新たな組織の設立を試みた。その名も「『中毒抑制中毒』抑制委員会」。目的は抑制中毒になった中毒抑制委員会の活動を抑制すること。


 大丈夫、やり口は彼らから学んだ。同じ方法で彼らの不満を抑えればいい。その法案は可決し、近日中にテレビ中継で発表された。


 国民は沸き立った。これで中毒抑制委員会の動きが正常化されれば、自分達は苦しみから解きはなたれるはずと考えていたからだった。


 けれども結局事態は改善されず、むしろ深刻化した。何故なら国民にはもはや、「中毒抑制中毒者」と「中毒抑制中毒抑制中毒者」の、二通りの中毒者しかいなくなってしまったのだから。

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